EP5 桜の本性

「へぇ〜走馬って言うんだ。高校2年生ねぇ。いいなぁ〜」

 椿さんと話して10分くらいしか経っていないはずなのに、どうしてだろう、すごく楽しい。椿さんと俺は、観点がきっと近いんだろうか。とても考え一つ一つに納得ができてしまう。もしかしたら…椿さんになら、俺の知りたいことを話してみてもいいのかな…。


 『アイツとは絶対無理だわ』

 『アイツはサイコパスだから関わらない方がいいぜ』

 

 そうだ。これは俺だけの問題なんだ。他言は厳禁。中学の頃このせいで痛い目見たじゃないか。何馬鹿なことしようとしてんだよ。いいんだ、椿さんはただの話の合う他人。自分のことをアレコレ言うなんてことしなくたっていいんだ。

「もしかして風邪ひいてる?」

「え?」急に顔を覗いてきたものだから思わずのけ反って、素っ頓狂な声を出してしまった。

「なんか、急に口角が落ちたような気するし、あと、辛そうだったよ。」

「椿さんって、メンタリストかなんかなんですか?」あまりにも明確な理由を述べられたため、左側の口角がひきつった。

「そんな大層すごいもんじゃないよ。でも、些細な気持ちの変化を感じ取るのが得意なんだ。わたし。」

「そうなんですか。でも大丈夫です。ちょっと寝不足なだけなので。」

「ふーん、そっかそっか。じゃあ今日はぐっすり寝た方がいいね。」

「そうします。」こんなふうに言われたけど、きっとこんな雑な嘘ではきっと騙せてはいないだろうな。あまり介入しない。椿さんもなんとなくわかっているのかもしれない。

「ねえ走馬、この木を見て走馬はどう思う?」

「木って、これのことですか?」

「そうそう。この大きいやつ」

 この木は、椿さんが歌っていたところに一本だけポツンとたっている桜だった。

「周りには、たくさんの桜があるというのに、ここに一本だけたっている、なんだか寂しそうな気もします。」

「うんうん」

「でも、俺は桜の気持ちがわかるわけではないです。もしかしたら独りが好きなのかもしれない。孤高のソロアイドルだったりするかもしれない。」

「ソロアイドル?」

 うっかり先ほどの自分のスターの例えでものを言ってしまい恥ずかしくなった。

「ああいや、これは俺のなんていうか、比喩で、桜はこの季節にとってのスターだなと思って。」

 すると椿さんは相槌をとり、理解をしたのか、ふーんと返し笑みを浮かべた。

「面白いねそれ。だったらわたしもそれに便乗した考えを挙げていい?」

「ど、どうぞ」

「アイドルってキラキラしてるよね。わたしも子どもの頃夢見たよ。輝くステージでさ、フリフリの衣装着て踊って歌うキラキラアイドル。当時はお母さんにゲームコーナー連れてってもらってなんかアイドルにいろんなカードで服を着せてコーディネートするゲームやったもん」

 ああ、あるよな。そういうの。

「そんくらいアイドルってのは偉大なんだよね。でもさ、知ってるかな、大きいものは大きさに比例して闇も大きくなる。実際アイドル業界のスキャンダルとか、蹴落とし合いって絶えないでしょ?アイドルって腹黒いんだよね。」

「は、はぁ。で、それは桜がアイドルと同じくらい腹黒いってことですか?」

 俺はまだまだ椿さんの話が見えていない。

「走馬、この木の花弁をみてどう思う?」

「どうって、白くてキレイな桜ですけど。」

「だね〜。じゃあ、あっちの並木たちと比べてみたら?」

「比べてみたら…あれ、なんか薄い…、他と比べて花の開花具合が遅い気がする。」

「そう!ザッツライト!!」日本語の後に英語バージョンも元気に言ってきた。

「この桜はね、オオシマザクラっていうんだ。あっちの桜たちはみんな知ってるソメイヨシノだけど、こっちは少し咲くのが遅い種類なんだ。」

 そうか。だからあっちは五分咲きのとこ、これは三分咲きくらいなのか。

「この桜が満開になるのはね、大体あっちのソメイヨシノたちが葉桜になるあたりなんだ。ちょうど入れ替わりなんだよね。」

「なるほど、見事にバトンを受け渡すってわけですね。例えるなら、ソメイヨシノのグループがパフォーマンスを終え、オオシマザクラのソロに切り替わる。ステージをさらに盛り上げるのか。」

「そうだよね。上辺はね。さっきも言ったよね、アイドルは腹黒い。」

 俺はその言葉の理由が今完全にわかりハッとした。

「オオシマザクラはソメイヨシノが散る時期にそれを塗りつぶすかのように、真の花形を飾るために遅くでる。本当の本当に自分だけを見させるために。もう、このステージは、彼女の独壇場なのだから。」

 あまりにもグサッときたので、笑いが腹の中から込み上げてきた。それに釣られて椿さんも緩んで笑った。

「なーんてね〜。こんな感じだったら面白いよね。花の世界。」

「ほんと、こんな時間に成人女性と高校二年生が何話してるんやら。」

「ね〜。あ、そういえば走馬、こんな時間だけど、あんた大丈夫なの?」

「え?」と笑いながら椿さんの差し出した携帯を見ると、画面は7:40と表示されていた。身体中から血の気が引いていく。

「全然大丈夫じゃないです!」

 走りだした俺に椿さんは大声で、言った。

「今日はずっとここにいるから!」

 俺はそれをしっかりききとり、学校へ向かって全速力で走って去った。

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