第21話 小さな恋の、 に
相変わらずの日常が、半月くらい過ぎた頃。の放課後。
お嬢様方は、全くもって諦めてくれる気がないらしい。
サージュにも、「早く婚約者を決めるしかないかもね」と、困り顔で言わた。
それが手っ取り早いのは理解している。しているけれど、今、そんなに軽い気持ちで決めたとして。相手に情を持てる自信がないのだ。
未練がましいと言われたら、そうなのか。
ダリシアを取り返したいなどとは、全く思わない。彼女の笑顔を壊すようなことはできない。
けれど、長年の情は、想像以上に厄介なもので。自分でも処理仕切れない気持ちが燻っている。
もう一年?まだ一年?
周りから見たら、もう、なのだろうな。
「……情けないなあ」
「はい?何か仰いましたか?アンドレイ様!」
「あ、いや、何も」
しまった、お嬢様方に囲まれている最中に頭が違うところへ行っていた。
「そろそろお時間も空きませんか?お仕事ばかりでもお疲れでしょう?当家の薔薇が見頃なんですのよ。お茶会などはいかがですか?」
「あら!薔薇は王家が一番ですわよね!新しくできた茶寮にご一緒しませんか?」
「あら、でしたら……!」
誤解がないように言っておくと、俺は別に積極的な女性が苦手な訳でも、嫌いでもない。寧ろ、自分には出来なかったことだし、尊敬に近い気持ちすらある。俺に対してなのか、王太子に対してなのか、とかは置いておいてさ。
でも、ごめん。まだ、まだダメなんだよ。
誰にも心が動かなくて。
ぐるぐる、ぐるぐる。思考が纏まらなくなってきた。周りの声が遠くに聞こえる。俺は今、どんな顔をしている?
「あの、皆様、大変申し訳ございませんが……。アンドレイ様はこの後、卒業パーティーの取り決めの話し合いが、生徒会の方でございます。差し出がましいようですが、もう暫くはお忙しいかと……」
自分で思っていたよりも追い詰められていたらしい俺は、その聞き慣れた声に安堵する。
「……アリシャ嬢」
「本日は、先生方の許可を取る件もございましたよね?」
先生方に?まあ、いずれ取ることもある。でも、今日でなくとも構わないものだ。そもそも、卒業パーティーの準備も始めたが、まださほどでもない。
それに、いつも感情を顔に出さないアリシャ嬢が、いつもより緊張しているように見える。僅かな感覚だけれども。
……ああ、これは、助けてくれたのだ。彼女が割って入ってくるなんて、初めての事。それほどまでに、情けない顔になってしまっていたか、俺。
「あ!ああ、そうだ、そうだった。私としたことが、忙しくて失念していたよ」
俺の言葉に、彼女がホッとした表情をしたのが見てとれた。やはり、助け船を出してくれたのだ。
急ぎではない仕事だけれど、このまま本当に進めてしまうのもいい事だし、乗っかろう。
「ごめんね、皆。また落ち着いた頃に誘って貰えるかな?アリシャ嬢、では行こうか」
「は……」
「なんかズルいのではなくて?アリシャ様」
アリシャ嬢の返事を遮るように、一人のご令嬢が言葉を被せて来た。
「申し訳ありませんが、生徒会の……」
「生徒会も、分かりますのよ?でも、毎日ご一緒なされていて、ねぇ?」
「そうですわ」
「たまには、会長もお休みを取らせて差し上げても、よろしいのではなくて?」
「まあ!本当にそうですわ!」
アリシャ嬢の言葉を無視するかのように、口々に令嬢達が騒ぎ出す。
「重ねて、大変申し訳ありませんが。会長がいらっしゃらないと、採決が決まらないことが多々ございますので。皆様が遺憾に思われるのはごもっともですが、本日はご容赦いただけますか」
そのような中でも、アリシャ嬢は背筋を伸ばし、しっかりはっきりとした、でも威圧的ではない口調で話し、令嬢達に頭を下げた。
その所作が、凛としていて美しくて。思わず見とれてしまった。他のご令嬢たちも、一瞬気圧されたように見える。
はっ、違う違う。いや、アリシャ嬢は美しいけれど、この場を彼女任せでは申し訳ないし、情けない。自分も前に出なければ。惚けるな、俺。
「みな……」
「そ、そんな風におっしゃられて、ご自分もアンドレイ
様とご一緒したくて生徒会に入られたのではなくて?」
「?!」
何だ、何を言い出すんだ、この人達は……。
「そうよ、ずっとご一緒ですものね?その為にお勉強を頑張られていたのね、アリシャ様!」
「それも浅ましくありません?」
「本当ですわ!」
俺が言葉をかける前に、悔し紛れのようにまた騒ぎ始める。積極的なのはいいが、これはいただけない。
「アリシャ様も、アンドレイ様のお隣を狙ってらっしゃるのでは?」
「!そんな……!」
「まあ!今まで大人しくされていたのも、わざとだったのかしら?」
「まあ、いやらしい。アンドレイ様、やはり私達と……」
「そう、だとしても、だ」
自分でも思っていた以上に低い声が出た。ご令嬢達が驚いた顔をして、黙る。
「もし、皆の言う通り、アリシャ嬢がそのようなことを考えていたとしても。彼女から誘いを受けたことも無ければ、彼女が仕事を疎かにしたこともないよ。
私の為に勉強を頑張ってくれたと言われるのも、本当であるなら光栄だが、事実としてあるのは、彼女が優秀であると言うことだけだ」
そう。アリシャ嬢は、いつも変わらずに淡々と控えめな笑顔で。迷惑をかけてしまっても、大変な時はお互い様ですよ、と、当たり前のようにフォローしてくれて。
ずっとずっと、静かに支えてくれていた。
もし、動機が俺だったとしても。……悲しいくらいに無さそうであるが。ん?悲しい?まあ、ともかく、将来も国を支える力になってくれるであろうくらいには、真面目で努力家で、優秀だ。外交官を目指していると言うだけあって、語学も堪能であるし。
それを、揶揄するような発言は見過せない。
俺の発言に、令嬢達は我に返ったようだ。生徒会は先生方の推薦も必要で、入りたいから入れるというものでもないのだ。ばつの悪い顔をして、恥ずかしそうにアリシャ嬢に謝罪をした。
アリシャ嬢は控え目な姿で、どこか申し訳なさそうに謝罪を受け入れていた。
そして俺達はようやく教室を出て、生徒会室に向かって歩き始める。皆にああ言った以上、きちんと仕事を進めないとな。
「……アリシャ嬢、済まなかった。私のせいで」
「いえ、そんな!……私の方こそ、出過ぎた真似をしまして、申し訳ありませんでした」
「いや、情けない話だが、助かったよ。だがアリシャ嬢にとっては、謂れのないことを言われて不快だったろう」
「…………」
そこで、ふとアリシャ嬢の足が止まる。
生徒会室は、もう目の前だ。
「アリシャ嬢?」
「……すみません、私、生徒会室に行けません」
「え?急用でも思い出した?」
「いえ、そうではなく……生徒会役員も、辞めさせて下さい」
「は?!何を?ちょ、ともかく、中で話そう。ね?」
俺は半ば強引に彼女を生徒会室に入らせて、いつもの席に座らせる。
まだ、他のメンバーは来ていないようだ。
「それで、どうしたの?急に。私の補佐が嫌になった?」
「いえ!そんなことは!ただ……」
「ただ?」
「…………………………なんです」
彼女は数十秒ほど黙ってから、絞り出すように小さな声で言った。
「ごめん、聞き取れなかった。もう一度……」
「ですから!皆様が仰った通りなんです、私。ずるいんです!!」
「は?皆様?って、さっきの話?」
「……そう、です。わ、私は……昔から、アンドレイ様をお慕いしておりました。アンドレイ様がダリシア様を想われていたのも、存じております。わ、私は勝手にお二人が共にあるのを見守り支えて行けたらと、ずっと思っていて……!それを目標に勉強もマナーも頑張って、生徒会に推薦していただけて」
「……ずっと、って……」
「あの、最初のお茶会からです」
「最初の……」
あれか、周りがダリシアを俺の婚約者筆頭候補と認識した茶会。自分で散々ダリシアを罵った後、俺に乗っかってダリシアをつついた子息に逆ギレした、あの黒歴史。
「……あれで?」
「はい。一途にダリシア様を守るアンドレイ様が素敵で、憧れました」
あれは守ると言うのか?ただの拗らせた独占欲だ。
「……綺麗な言葉で飾ってもらえて嬉しいけど、そんなに美しいものでもなかったよ」
「そんなことはないです。ダリシア様を見つめるアンドレイ様を、ずっと見ていましたから。……だから、どれだけダリシア様を想われていたか、分かります。か、勝手に、ですけれど!だから……どれだけ傷ついただろう、って……」
「アリシャ嬢……」
「黙って、ずっと支えて行こうって。私にはそれしか出来ないから。そう、思って、ずっと……。でも、皆さんの仰る通り、動機を隠して側にいて、ずるいですよね?私。それに、急に気づいて……すみません、アンドレイ様を困らせたくはないんです、こんな勝手な」
「いや、困らないが」
まだ、燻っている気持ちが完全に浄化された訳ではないけれど。今まで誰にも感じなかった嬉しさのようなものを感じる自分がいる。
そもそもそんな感情が、自分勝手になりがちなのを俺は知っている。それでも別の方向を向いている相手に努力をしてくれるなんて、言葉にし難い嬉しさを感じる。
「いつもと違うアリシャ嬢の一面を見られて、嬉しいよ。さっきも言ったけど、仕事に支障は出ないでしょ?」
「~!でも、私の動機はずるいので」
「ずるくないよ。寧ろ、俺の為の努力なんて光栄だって、言ったよね?」
そうだ、さっきはそうじゃないと思っていたから、俺は少しがっかりしたんだ。
……何だ、無自覚に、心が動いていたじゃないか。
まだ、小さな、小さな気持ちだけれど。
大切に、育てて行けそうな予感がする。
ーーーその、ドアの外にて。
「わあ、出たよ、兄上の天然人たらし」
「でも良かった。アリシャ様が伝えられて。兄さまもいつもと違って満更でもなさそうだし」
「そりゃそうでしょ。無意識にあんなに甘えててさあ」
「「これから楽しみですね」」
入るに入れなかった、他のメンバーに聞かれていたと知るのは、後の話。
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