第9話 ルーエン=カリタス 久しぶりの執務
「お、ルーエン。少し振りだな?どうだ、研究は進んだか?」
「エトル様。ご無沙汰でございました。お陰さまで順調です。ダリシア嬢が想像以上に優秀で、予定より早く完成させられそうです」
ここは魔法省の執務室。ダリシア嬢が夏期休暇の間は半分休みで半分研究に(結局は3:7くらいになっていたが)してもらっていたので、少し久しぶりの執務室出勤だ。
「ダリシアが優秀なのは結構だが、何だ、彼女は助手か?例の…」
「彼女が助手?!とんでもないですよ!」
「え?あ?そこ?じゃなくてな?」
「じゃなくないですよ!下手をしたら、こちらが助手になってしまいますよ。あの若さで、あの知識の深さは大したものです。研究バカとかいう奴等がバカですよね。それにあの発想力!本人は王妃様と聖女様のアドバイスのお陰と謙遜していましたが、本当に素晴らしい」
「お、おお、そうか、それは済まなかった。認識を改めるよ」
俺の剣幕にエトル様が驚いているのが分かるが、ダリシアは立派な研究者だ。対等でいたいと思える位の。エトル様が悪気があるわけではないのも理解しているが、聞き流せなかった。
「分かって頂けまして、ありがとうございます」
「ああ、それで、その調子で例の方は大丈夫なのか?」
俺の返事に何故か苦笑しながら、エトル様が言う。
「例の方?…あ!はい、…たぶん?」
「たぶん?おいおい、本当か?頼むぞ、バイオレットの君」
「それは本当に止めて下さい」
そうだ、そっちがメインだった。そしてその呼び名は心から止めてほしい。
「すみません、ダリシア嬢との研究があまりに有意義で、意識がそちらに」
「頼むぞ。と、言いたい所だが、実際どうだ?無駄美人様は」
その言葉に、カチンとする。
「お言葉ですが。ダリシアは昔から可愛くて美しい令嬢ですよ。無駄とか言い出した奴等は、きっと無能なんですよ。エトル様ともあろうお方が何です?そんな奴等と同じですか?」
「だーっ、違ぇよ!俺だってダリシアは可愛い姪くらいの気持ちでいるよ!何だ?今日はやけに突っかかるな?」
エトル様に弁解されながら、指摘される。そう、先ほどから、エトル様が本気でそんな風に思っていないのは分かっているのに、どうしても気に入らないのだ。
「…申し訳ありません。あれだけのご令嬢が、好き勝手に言われるのが納得できなくて……お転婆は、確かですけれど」
「まあ、貴族令嬢でお転婆ってだけで、結構なマイナスイメージではあるけどな。……って、一般論だ!そうだろ?その、魔法を使いそうな顔、止めろ!」
「……それは、そうかも知れませんが」
ダリシアを知れば、そんなことは些末なことだ。
侯爵令嬢だけあって、マナーはとてもしっかりと叩き込まれていて完璧なのに、ちょっとつつくとすぐに可愛い素が出てきて。それを隠そうと頑張る姿がまた可愛くて。
かと思えば研究には真摯で。決して諦めず、地道に理論を重ねて。その辺の半端な研究者より一人前の矜持があって。……没頭する癖は俺と同じで、侍女たちに迷惑はかけるが。
「……得難い女性だと思いますよ」
「それは、王太子妃として?」
「!……勿論、です」
「そうか、それは何よりだ。アンドレイ殿下には頑張って頂かないとな」
「そう、ですね……」
そう答えながら、俺は先日出掛けた『ファータ・マレッサ』での彼女を思い出す。オーナーご夫妻の思い出のお菓子に感動しながら、自分はヒロインになれないだろうけど、などと卑下するものだから、そんなことはないと共にいる時間は正しく春の宵だと心から言った。
その時の驚きを含みながらの照れた笑顔も、花が咲いたようだった。その後、すぐにいつものように戻ってしまったけれど。
春の宵……
花は香り、月は朧、春の宵は真に情趣があり、
一刻が千金にも値する素晴らしい心地である、という意味らしい。
「本当に、値するな……」
思わず一人言る。
「ん?何がだ?」
「いえ。話が長くなってしまいましたね。仕事を再開しませんと」
「おう、そうだな。やることは沢山あるぞ」
「ほどほどでお願いします」
軽口を言い合って、二人で書類に向かう。
「こりゃ、ミイラ取りが……かねぇ」
仕事に集中した俺には、エトル様の一人言は聞こえなかった。
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