第3話 お見合いと木登り

さて、お見合いの当日になりました。


さすがの私も、いつもより重めのドレスを纏い、淑女然としている…はず。


本日は、カリタス公爵邸にお招きされている。……久しぶりの社交のようなものにドキドキしているのは内緒だ。


「ああ、ダリシア。うん、綺麗にしてもらったね。美しいよ」


「ありがとうございます、お父様」


支度を済ませ、エントランスに降りた私を見て、父が目を細めて言ってくれる。


「ダリシア、本当に可愛らしいわ。それであなた、本当に私共は参らなくてもよろしいのですか?」


「ああ、まだ正式な事ではないからね。先方もご承知だし、ダリシア、先日も言ったが、乗り気で無かったら断っても構わないからね」


「はい。承知致しております」


母も出てきて、再度確認する。先方は公爵家だし、やはり気になるのだろう。昨日のディナー中も、何度も確認していた。そして父は、何度も同じように大丈夫と答えていた。


「お母様、お父様がこう言っていらっしゃるのだもの、大丈夫よ。私も、あまりボロが出ないように、魔法の話を中心にするつもりですし」


「……安心材料ではないけれど……ほどほどにしていらっしゃい。間違っても、あちこち登ったりしたらいけませんよ!」


「えっ、お母様の評価も酷い!」


さすがによそ様のお家ではそんな事しませんよ!

昔は王城でやらかしましたけど……。


「僭越ながら、奥様の仰る通りだと思いますわ、お嬢様。公爵家の馬車がお迎えに到着されました。参りましょう」


私の専属侍女が、お迎えに来ながらサラッと厳しい!


「リズ。いつも悪いわね。今日もお願いするわね」


「勿体ないお言葉です」


「ちょっ……」


「ほら、先方をお待たせしてはいけないよ。行ってきなさい、ダリシア」


二人の会話にケチを付けようとした私を、父がやんわりと遮る。確かにお待たせするのは失礼だ、急ごう。ちょっとモヤモヤしますけど!!完璧にこなして、二人にどや顔してやるんだから!



「はい、行って参ります」



慣れない淑女の笑顔で言葉を飲み込み、私はリズと共に公爵家の馬車に乗り込んで公爵邸へと向かった。



◇◇◇



「ようこそ、カリタス家へ。イデシス侯爵令嬢」


公爵邸で出迎えてくれたルーエン様は、想像以上の美丈夫だった。これは、社交界でお姉さま方が騒ぐわけだわ……。浮いた噂もないようだし(リズ情報)。笑顔が眩しすぎるし。


「お招きありがとうございます。ダリシア=イデシスでございます。どうぞ、私のことはダリシアと」


私はカーテシーをして、挨拶を返す。腐っても侯爵令嬢、これくらいはできますのよ!


「私のこともルーエンと。どうぞこちらへ、ダリシア嬢」


スマートにエスコートして連れてこられたのは、色とりどりの夏の花が咲き誇る、公爵邸の見事な庭園だった。


その庭園が綺麗に見渡せる東屋に案内されて、腰を降ろす。


テーブルにセッティングされているティーセットも見事だ。アイスティーも用意されている。ふふ、何を隠そう、私の研究の成果で、グリーク王国では昨今、夏でも氷がたくさん作れるようになったのだ!えっへん。


「ダリシア嬢のお陰で、夏でも冷えた飲み物がいつでも飲めるようになりましたよね。感謝しております。花々が霞むほど美しく、さらには優秀な研究者であられて、尊敬致します」


私がじっとアイスティーを見ていたのに気づいたのか、ルーエン様が穏やかな笑顔で声をかけてくれる。明らかなお世辞にも思わずドキッとしてしまう。社交から離れていた私には、辛い眩しさだ。空気さえもキラキラしているようだ。


「そんな大袈裟ですわ、でも、そう言っていただけると嬉しく存じます」


私も負けじと笑顔で返す。キラキラ感は出せないと思うけれど。研究の成果を誉められると素直に嬉しい。


そしてそんな間に、公爵家の侍女の方々が手際よくお茶とお菓子を目の前に並べてくれて、さっと去って行く。



「どうぞ召し上がってください。それに、そう固くお話されず、どうかお気楽に。…実は、初めましてではないのですよ、私達」


「そうなのですか?!」


ルーエン様の爆弾発言に、手にしたアイスティーを落としそうになる。よく堪えた、私。


それはともかく。え、やばい、覚えていないんだけど!


「も、申し訳ございません、私…」


「ああ、覚えていなくても無理はありません。意地悪でしたね。まだダリシア嬢が幼い頃にですので」


「幼い頃……」


よ、良かったと心の中で息を吐き、改めてアイスティーをいただこうとする。


「ええ。アンドレイ殿下とご一緒に木登りをされていて。あの日はサージュ殿下も巻き込んで、大騒ぎでした」


またしてもの爆弾発言に、アイスティーを吹き出しそうになる。ギリギリ飲み込んだ私。誰か褒めて。


「お二人とは少し歳が離れていますので、そう頻繁にお会いすることはなかったのですが、私が登城した際にはお相手致しまして。あの時は盛大に怒られましたよね。庇いきれずに申し訳ありませんでした。その後も私が学園に入って忙しくなるまでは、時々ご一緒したのですよ」


懐かしそうに、楽しそうに困ったように微笑まれるルーエン様。……あの時、そうだ年上のお兄ちゃんが来てくれて。サージュ殿下を抱えて降りてくれたのだ。サージュが無事で安心して泣きじゃくった私を、ずっとよしよしと頭を撫でていてくれた。


「……もしかして、ルー様ですか?」


「おや、思い出してくれた?嬉しいな」


私の言葉に、少し砕けた話し方になるルーエン様。


だ、だから、笑顔が眩しいって~!


瞬間、顔が熱を持ったのが分かった。きっと今、私の顔はトマトより赤い。……実は、ルー様は私の初恋の人なのだ。あわーい、あわーい、ね。


「あの後もダリシア嬢は元気だったよね。かくれんぼをして見つからなかったり。……国宝の壺の中にいた時はヒヤリとしたけど……」


全然、淡くなかった。そうだ、ルー様に構って欲しくて、お転婆に拍車が掛かった気がする。……ダメ過ぎる歴史だった。


「そ、その節はご迷惑を……」


「迷惑じゃなかったよ。可愛い妹と弟が増えたようで楽しかったよ」



優しい。



でも、これで確定だな。そんな、いろいろとやらかした私に縁談なんて。公爵家との家格と、年齢しか考えられない。


当たり前だ。元々、自分でもそう分かっていたじゃない。何だか少しがっかりしてしまうなんて、おかしい。


「ダリシア嬢?」


少し沈黙してしまった私に、心配そうに声を掛けてくれる。ルー様の優しさをますます思い出してしまう。


「すみません、懐かしくて。私もいろいろと思い出してしまいました。恥ずかしいですわ」


私は、精一杯の笑顔で誤魔化す。


「……もう木登りはしていないの?」


だ、だから何で飲み物を含んだ時に、そういう発言を!わざと?わざとなの?!


「い、いやですわ、そんな、もう大人ですので……」


むせそうになるのを堪えて、濁す私。世間にはばれていそうだけど、何となく。……正直に話すと、母と侍女リズに怒られそうだし。……それに、何となく、だ。


「うちのあの木からの眺めもなかなかなんだ。当時、ダリシア嬢が楽しそうにあちこち登るから、私も気になって登ってみてね。景色が変わる、非日常的な感じがいいと思ったよ。視界も拓けて、気分転換にもなるというか。まあ最近は…」


「そう!!そうなんですよ!通る風も気持ち良くて、ちょっとくらいの嫌な事なんて吹き飛びますもの。研究が行き詰まった時も……」


ルーエン様の思わぬ共感に、前のめりに発言してしまい、ハッと気づく。微妙に、いや、盛大にやらかした気がする。いや、やらかした。


「えっ、と、そう、子どもの頃はそれが楽しくて……今は、家の者にも心配されますし。大人ですしその、ですから今は」


無駄とは思いながら、しどろもどろに誤魔化す私。少し離れて控えているリズの目が怖い。


お転婆なんて、いつもの事なのに。何故だか顔が上げられず、俯きながら話してしまう。

すると、「ダリシア嬢」と、優しい空気を纏った言葉で、ルーエン様が私を呼んだ。私が顔を上げると、とても優しい顔をしながら、手招きをする。お互いに少しだけ、顔を近付ける。


「じゃあ今度、内緒で案内するよ。小さいダリシアと約束したのを思い出してね。もちろん、危なくないようにして」


小声でこそっと、イタズラっぽい笑顔で話すルーエン様。やばい、私、いろいろとまずい気がする。いや、きっと初恋を思い出して、ちょっとおかしくなっているだけだ。大丈夫だ。


「はい、楽しみにしています」


でも少しだけ、昔のように甘えさせてもらおう。





その後はお互いの魔法研究の話で盛り上がり。



また後日お会いする約束もして。……魔法研究の話が途中になってしまったから、というのが大きいのだけれど。



どこか嬉しい自分がいて。


長いようで短い1日が終わったのだった。


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