第2話 ルーエン=カリタス

俺はルーエン=カリタス。グリーク王国カリタス公爵家の嫡男で、魔法省の副長官だ。


昔から魔法研究が好きで。若き日に世間を少し騒がせたとはいえ、天才肌で優秀なエトル長官の論文に感銘を受け、魔法省に入省した。


魔法省での所属は、魔法捜査官、いわゆる魔法を使った犯罪を取り締まる部署だ。グリーク王国の国民は全員、大なり小なり魔力があるので、残念ながらそれを使っての犯罪も微罪も含めるとそれなりにあるのだ。貧困層も大部分無くなり、そこへの支援も惜しまないこの国で、何をそんなにとも思わなくもないが、より富を、であるとか、楽して富を、などと考える輩は一定数は存在するものらしい。


そして現在、検挙率と捜査用の魔法道具の開発力が認められ、副長官までになったのだが。




本日、今までにはない面倒事を押し付けられそうになっており、大変困っている。


「引き受けてやりなよ、ルーエン。陛下と侯爵の頼みじゃないか」


仰々しく言いながら、目が笑っているエトル長官。


本日はそれぞれの省庁の長官が集まる、月に一度の会議の日。もちろん、陛下もご臨席だ。宰相も。


どうしても長官確認が必要な、少し急ぎの書類ができてしまった俺は、その会議が終わったのを見越して来た訳だが。会議終了後に、陛下と宰相と農林省長官のイデシス侯爵とエトル様が四人で残られて、雑談している場面に突入してしまった形だ。それぞれ一年ずつくらい学年はずれるが、学園で彼らは同世代だ。なんだかんだ、四人で懇意にしている。


そして俺は、急ぎは急ぎではあるが、火急と言うほどではない書類ものを持ちつつ、長官が戻るまで待っていれば良かったと後悔しているところだ。



───数分前。


俺が会議室に入ると、何やら四人で画策している様子だった。訝しく思いながらも、エトル様に声をかけると。


「お、ルーエン、ちょうどいい所に。ジーク様、ルーエンでどうです?」


「ほう、ルーエンか…なるほど」


「いや、何でしょうかね?」


嫌な予感に、多少?不敬気味だが、この四人でいる時は許されたりする。と、いうより、許されないとやっていられない。


詳細を聞くと、かなり馬鹿馬鹿し…コホン、荒唐無稽と言うか、何と言うか……。


一言で言えば、御子様たちの婚活問題だ。


王家と侯爵家は、アンドレイ王太子殿下と、ダリシア嬢を婚約させたいらしい。幼馴染みで仲は良いが、どうにもそこから進まないようで、親同士で気を揉んでいるとのこと。


「王命で出されたらよろしいではないですか」


「そんなにとでもしたら、逆に意地でも拒否される」

「……うちの娘も、そうだと思います」


まあ、だいぶ昔とは変わったからな。親に言われては抵抗感もあるのだろう。しかし、王命にも逆らうって……それも時代か、うん。


そしてなんだかんだと話した結果、障害を作ればいんじゃね?的な話になったらしい。いや、何それ。


「今流行っている乙女小説からヒントを得たらしくてね」


と、宰相のトーマス様が補足してくれる。昨今のグリーク王国では、身分差を乗り越えてのハッピーエンドの物語であるとか、幼馴染みものであるとか、初めは犬猿の仲だった二人が恋仲になるとか、いわゆる夢物語のような話が、乙女小説として人気らしい。


「アンドレイの婚約はどうにかならないかと王妃と話していたらな、その小説でライバルが出てきてから幼馴染みに対しての自分の気持ちに気付き、二人が結ばれる話が多いと言っていてな。そしてそのライバルもいい男じゃないと駄目らしい」


「私がいい男かは存じませんが。なるほど、ともかく私にその当て馬になれと」


「とはいえ、王妃は親が口出しをすることではないと言うが。そろそろ候補くらいは決めておかんとな」


さらっと流して話を進めるし!


そしてさすが王妃様。賢明な貴女がおかしいと思いました。そうですよね、例えでおっしゃったのですよね。まさか陛下旦那が本気で話を進めるとはお考え無かったですよね。


「そう申されましても、私ごときでは荷が勝ちすぎますので……」


「そんな事はないだろう。『バイオレットの君』」


陛下が楽しそうに宣う。


「止めて下さい……」


公爵家は王家に近いので、ほとんど皆金髪だ。そしてカリタス家は菫色の瞳が多い。自分では分からないが、この顔の造りは女性受けするらしく、あちこちから声がかかった。女性がどうしても苦手であるとか、そういったことはないが、優先順位が魔法研究と仕事が先の俺は、それらを全部蹴った。


魅力的に思う女性もいなかったし。


そうしたら、それはそれでクールだとか素敵だとか何だとかで、遠目に見られ、変な通り名を付けられた。困る。


そして、冒頭のエトル様の言葉だ。他人事だと思って楽しんでいるな。いやそれより、違うな、確信犯で俺を巻き込んだな?!


俺はジト目でエトル様を見る。


「いいじゃないか、協力してやっても。お前、このままじゃ俺の相手の最有力候補になるぜ」


「は?!」


「それも小説で流行っているらしい。何でも禁断の恋とかで。恋愛は自由だから、それはそれで構わないのだが…君とエトルは、いい題材みたいだね」


トーマス様がまた補足してくれる。個人の好みに文句はつけないけれど、何だそれ……。


「眩暈がします」


「俺もだ。だから、でもお見合いしろ」


「エトル様が先にご結婚されたらいかがです?そうだ、エトル様で良くないですか?障害!」


「アホか、俺じゃ歳も離れすぎだし、昔から知ってるダリシアに今更感が丸出しじゃねぇか。真実味がないんだよ」


「でも……」


「……うちの娘は会うのも嫌かい?ルーエン君」


ふいに、今まで黙っていたイデシス侯爵が口を開く。


「イデシス侯爵!いえ、決してそんな訳では!」


「モレスでいいよ。いいんだ、うちの娘の世間の評判は分かっている……私にとっては、可愛い娘だが」


ダリシア嬢の評判……確か、無駄美人とか研究バカだとか……お転婆とも聞いたな。しかしそれ以上に、優秀な研究者であることも周知の事実だ。無駄がつこうが何だろうが、美しいのであろうし。俺は(それと想像だが彼女も)あまりパーティーの類いに参加していないので、顔は見たことがないが。


いや、幼い頃にはあったな。数える程度だが。そうだ、アンドレイ殿下の遊びに付き合っていて……目を離した隙にサージュ殿下も巻き込んで三人で木登りしていたな。そしてサージュ殿下が降りられずに大事になって、アンドレイ殿下とダリシア嬢がかなり怒られていた。


「ふふっ、確かにお転婆姫だ」


懐かしさに、つい笑みが溢れる。


「ルーエン君、やはり……」


「違いますよ、モレス様!幼い頃にお会いした事があったのを急に思い出しまして!」


しゅんと項垂れる侯爵に慌てて弁明する。


「ああ、時々アンドレイ達を相手にしてもらっていたな、懐かしい」


陛下が懐かしそうに目を細める。


「ええ。元気で可愛らしいお嬢様でした。もう10年位はお会いできていないと存じますが。魔法研究者としても、大変優秀であると聞き及んでおります。昨今の流れを見ましても、ご婚約を急がなくてもよろしいのでは?」


「それでは王家うちが困るんだ、ルーエン」


「あ、そうでした」


「引き受けてくれないか?」


陛下の圧。うん、昔とは違うとは言え、陛下に改めて直接頼まれるとやはり断りにくい。


が。人の恋路に足を踏み入れるとロクな事がないのは分かる。


俺が唸っていると、


「やはり、うちの娘は嫌か……」


モレス様がぼそっと呟く。


「ですから、嫌では!あれ?そもそも殿下とダリシア嬢の話ですよね?俺とではなく!」


「そうだけどね、そこまで拒否をされると……」


「……拒否と言いますか。お二人を騙すのも、どうも……」


あまりよろしくないと思うが。


「うまく当て馬をやって、殿下とダリシア嬢が纏まれば問題ないだろ?」


気楽にエトル様が言う。


「他人事だと思って……!」


「俺も親の干渉はどうかと思うが、現状滞っているとなると仕方ないかなとも思う。頼みだしな」


トーマス様も苦笑気味に言う。


俺は四人の顔を見回し、項垂れる。味方はいない、分かっている。


「……分かりましたよ、引き受けます」


俺は渋々承諾した。


「やってくれるか!」

「助かるよ、ルーエン君」


満面の笑みの、陛下とモレス様。


「……上手くいかなくても、がっかりしないで下さいよ?!」


大丈夫、大丈夫って、そんな皆で気楽に……。


「そしたらルーエン。暫くは現場は無しでいいよ。長期研究したいと言ってたろう?ちょうどいい機会だし」


「!ありがとうございます!」


それは嬉しい。自白をさせる魔法道具を、ずっと研究したかったのだ。


こうして、ご褒美半分、何となくの後ろめたさ半分に、ダリシア嬢とのお見合いが決まった。




────そして、後で後悔をするのだ。

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