1-6 花火大会 ─side 晴也─

 雪乃には本当に、いろいろお世話になった。

 初めて会ったときの対応はもちろん、その後もほとんどだ。だから自然と仲良くなって、小樽に知り合いも増えた。両親を地元に残すことに心配はあったが、今も元気に暮らしているらしい。なかなか連休が取れないので家族旅行もできないが、来年あたりは帰省しようかと雪乃と話している。

 十五年前、大輝に呼び出されて二人で飲んだ夏。

 小樽に来ていたのは引越し先と仕事を探すため──雪乃にはそう伝えていたし、それは本当だった。しかしもう一つ事情があったことを、雪乃は知っていたはずだ。

『単刀直入に聞きますけど、正直、ユキのことどう思ってるんですか?』

 僕を呼び出した大輝は、真っ直ぐに聞いてきた。

 彼は子供の頃から雪乃のことが好きだったようで、しかし雪乃は彼には興味なかった。後から現れた僕が雪乃と仲良くなった──もちろん、最初はそんなつもりはなかったが──それで彼は、雪乃を諦める決心がついたらしい。

『好きか嫌いかだったら、好きですよね』

 雪乃は俥夫たちにも人気があったし、一緒に出かけても楽しかった。当時はまだ付き合ってはいなかったが、周りからはそう見えたかもしれない。そう見られても良いとは思っていた。そして実際、僕が小樽に来た理由は、雪乃に気持ちを伝えるためだった。NORTH CANALに到着したとき彼女は不在だったので理由を聞くと、母親が『用事で札幌に行った』と言っていた。僕が来るから迷っていたそうだが、おそらく雪乃は僕への返事に迷っていたのだろう。

『正直、川井さんが仕事見つかるかは、そんなに興味ないです。ただ、ユキを諦めた身として……』

 雪乃には幸せになってもらいたい、その相手は僕だと、何度も言われた。

 それから何度か雪乃と二人になることはあったが、話を切り出すことはなかなかできなかった。再会したときなんとなくぎこちなかった雪乃はだんだん普通に話してくれるようになったが、それは僕が何も言わない事に諦めを感じたからだろうか。

 全てを終えて一旦小樽を離れるときも、雪乃はいつも通り見送りに来てくれた。途中の中央橋で大輝を見かけたとき、彼は僕に向かって敬礼していた。あれはおそらく、雪乃を頼む、ということだろうが、その時もまだ雪乃には何も言えていないままだった。

 僕がようやく言ったのは、電車発車の数分前だった。雪乃には嫌われていないと思うがもしものことを考えると怖くて、言うだけ言ってそのまま改札を通った。ものすごく後悔した。何のために来たのかと、何度も自分を責めた。雪乃とはずっとLINEをしていたのに、それからぴたりと来なくなった。


「え? なに、どうしたの?」

 家の近くで花火大会があったので、家族で見に来ていた。混雑していたのもあってすぐ隣に雪乃がいて、手を握ると不思議そうな顔をしていた。若い頃はよくつないだが、明鈴が大きくなってからほとんどなくなった。ちなみに明鈴は友人たちを見つけたらしく、今ここにはいない。

「いや、別に。ただ……ありがとう」

「何が? ……変なの」

「十五年前。こっちに引っ越したとき、雪乃、走って来てくれたやろ?」

「ん? ……だって、早く会いたかったもん」

「正直、返事聞かんかったから、怒ってるかもな、って思ってた。でも、来てくれて……嬉しかった」

 雪乃に出会った頃は悲しい事情を抱えていたが、出会ってからは良い方に転がった。雪乃は僕の事情を受け入れてくれて、おかげで彼女を好きになることができた。当時の悲しみは今でも消えることはないが、雪乃は隣で支えてくれている。

「こないだの、昇悟君のこと、明鈴に話す? 明鈴は、お礼が言いたい、って言ってるけど」

「うーん……黙っとこう。隠すことでもないけど……。今日、寄ってく? あの店」

「行こうか、久々に。烏龍茶あるし、明鈴も一緒に」

 花火大会が終わってから、三人でレンガ横丁の『やんちゃ』に行った。僕と雪乃が「友達がいるかもしれないから行く」と言うと明鈴は戸惑っていたが、渋々と付いてきた。いつもは俥夫たちが大勢で集まっているが、今日は静かな店内だった。

「おっ、いらっしゃい、空いてるよ」

「こんばんは。──あれ? もしかして……」

 店の奥にいた先客になんとなく見覚えがあった。彼を見た雪乃も驚いていたので、おそらく当たりだろう。彼も僕たちに気付いたようで、持っていた箸を置いた。

「あ──こんばんは。……元気になった?」

 彼が聞いた相手は、最後に入ってきた明鈴だ。

 しかし明鈴は、彼が誰なのかわかっていないらしい。

「こないだ助けてくれた、昇悟君よ」

「えっ……、あの、えっと……」

 お礼が言いたいとは聞いていたが、ここで会うのは想定外だっただろう。明鈴はすこし挙動不審になりながらも、昇悟にきちんとお礼を言っていた。昇悟は「良いよ良いよ」と笑いながら、店主と一緒に席を勧めてくれた。店内は満席になって話も弾んだ──けれど僕と雪乃はまだ、昇悟との関係を明鈴に話すつもりはなかった。

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