1-5 両親の過去

「ねぇ、お母さんとお父さんは、どうして結婚したの?」

「どうしてって、何よ今更?」

 明鈴が両親にそんなことを聞いたのは、夏休み終盤の日曜日の午後だ。

 NORTH CANALで出会ったとは聞いているけれど、実際に何があったのかは聞いたことがない。住んでいた雪乃はともかく晴也は関西の出身なのに、どうして小樽にいるのかも、聞いたことがない。

「お父さんは、お客さんだったんでしょ?」

「まぁ──そうだな」

「ねぇ教えて! 聞きたい!」

 明鈴のお願いに両親は顔を合わせて少し困ってから、やがて雪乃が口を開いた。

「十五年くらい前の二月やったかなぁ。雪が降ってた日。予約してくれてた人がなかなか来なくて、実は道に迷ってたらしくて、翔子ちゃんが連れてきてくれた。それがお父さん」

 道に迷っていたと聞いて、明鈴は思わず笑った。

「あそこ、ちょっとわかりにくいやろ? そんな人、他にもいたよ」

 それでも迷子になるのはダメだったなと、晴也は苦笑した。

「用事があって一人で来ててねぇ。他のお客さんは楽しそうにしてるのに、妙に暗かったんよ。でも、そのときは事情を聞かんと別れた」

「えっ、何もなかったの?」

「そうよ。だってお客さんやし。……でも、気になったからゴールデンウィークに会いに行った」

 雪乃は結婚前、NORTH CANALに事情を抱えて泊まりに来た客に、しばらくしてから会いに行くことがあった。晴也に会いに行くことは、彼が到着したときにほぼ決まっていたらしい。

「そしたら、すっごい元気でさ! 何も気にすることなかったし!」

「ははは、思えばあれが初デートやったんかな」

 晴也は職場のある神戸に住んでいたけれど週末だけ和歌山の実家に戻っていて、雪乃はそこへ訪ねて行った。特に予定は入れていなかったので、パンダが生まれたと話題になっていたアドベンチャーワールドに行った。

「そこから付き合いだしたの?」

「いや。そんなつもりは全然なかったな」

 晴也が言うと、雪乃も頷いた。

「だってそもそも、元気にしてるかな、って思って行っただけやし、連絡先も聞いてなかったし。お父さんは次の冬も泊まりに来てくれて──その時からかな。気になりだしたの。でもその時も連絡先を聞いたくらいで特に何も無くて、また来年かな、って思ってたら、夏に来てくれて」

「ずっと、お母さんに出会う前からこっちに移住しようと思っててな。家と仕事を探す間、一ヶ月くらい泊まったな」

「ちょうど増築工事してたから他のお客さんいなかったのに、話す機会もいっぱいあったのに何も言わんと帰ってったって、明鈴どう思う?」

「え? どういうこと? お父さん……お母さんの片想いだったってこと?」

「ううん、違うよ。あんまりお父さんが何も言わんから、知奈ちゃんのお父さんに呼び出されて、はっきりしろ、って説教されたって。こないだバーベキューのとき言ってたやろ?」

「ちゃんと言ったやんか、最後に駅で」

「あれは反則よ、電車の時間ギリギリに、しかもストレートな言葉じゃなかったから気付いたとき改札通ってたし!」

 当時のことを思い出して、雪乃が晴也を叱る。もっと早くに言ってくれれば思い出も増えたのにと、今さら怒っているが既に手遅れだ。

「泣いたわぁ。だから、お父さんが小樽に引っ越し完了したって聞いたとき、走って会いに行った。そこからかな」

 晴也は多くは語らなかったけれど。

 両親がお互いに気になりだしたのは、おそらく同じ時期だ。

 具体的に何に惹かれたのかは正直わからない。晴也が小樽に来ていた理由にも全く触れていない。それでも二人の絆はとても強いと、見ていていつも思う。お互いが外見だけで惹かれたわけではないと、明鈴は断言できる。

「こっちに知り合いがいなかったのもあるけど、お母さんには助けられたよ。あと大輝君にも……。あの店、まだあるんかな……レンガ横丁の『やんちゃ』」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る