1-2 BBQの大人と子供

 診断の結果、明鈴は軽い熱中症だった。頭を打っていないかも念のため検査して、幸い悪いところは見当たらなかった。半袖を着ていたので腕を擦りむいてはいたけれど、すぐに治るはずだ。

「お母さん、私を助けてくれたのって、どんな人?」

 数日経って、明鈴の体調はようやく回復した。母・雪乃ゆきのは昼間は実家のゲストハウスを手伝いに行っているけれど、明鈴が体調を崩している間はずっと家にいた。

「どんな人って? 二十歳くらいかなぁ」

「どこに住んでるの?」

「さぁ……近くで一人暮らししてるって言ってたけど」

 二十歳で一人暮らしだったら大学生だろうか、それとも高校を卒業して働いているのだろうか。明鈴は母親の影響もあってか町で働く人たちをわりと知っているけれど、彼が働いているところに遭遇したことはない。もちろん、表に出ずに裏方で働いている人もいる。

「実家ならわかるから、聞いてみようか?」

「い、いい、それはいい!」

 本当は知りたいけれど、親まで巻き込んで大事にしたくはない。

 わざわざ連絡をとって訪ねて行くほど、大袈裟にしたくもない。

「明鈴は何がしたいん?」

「お礼……言いたい」

 もし倒れているところを見つけてもらっていなかったら、症状は悪くなっていたかもしれない。昼間で影はほとんどなかったので、明鈴の荷物から下敷きを出して扇いでくれたらしい。もちろんそれは明鈴の許可を得たらしいけれど、明鈴は覚えていない。

「ふぅん……。そういえばこないだお母さんから、みんなでバーベキューしよう、って連絡あったけど行く? 翔子しょうこちゃんたちも誘ってるって」

「うん、行く!」

 雪乃の実家のゲストハウス『NORTH CANAL』に宿泊客がいないとき、たまにそういう連絡が来る。川井家の三人と雪乃の両親で集まることが多いけれど、稀に別の一家も呼んでいる。翔子は雪乃の友人で、人力車の俥夫だ。ちなみに彼女は同じく俥夫をしていた坂本大輝さかもとだいきと結婚し、一人娘で中学三年の知奈はるなは明鈴の親友だ。


 バーベキューの準備は大人たちがするようで、その間、明鈴と知奈はNORTH CANALのリビングで待っていた。棚に置いてあるアルバムを出してきて、両親が若かった頃の写真を見た。

「わっ、何これ、ははは!」

 明鈴が見ていたのは、常連客と両親が変な顔をしている写真だ。写真の横に貼られたメモには『変顔選手権』と書いてあった。日付は十三年前の二月だ。当時いつも男女四人で来ていた彼らは、今でもたまに泊まりに来てくれる。

「確か、この二人が結婚して、私らくらいの男の子がいるって」

「へぇ。会ったことある?」

「あったかなぁ? 幼稚園か小学校低学年くらいの頃に遊んだような……」

 そんな話をしているうちにバーベキューの準備ができたようで、明鈴と知奈は外に呼ばれた。大人たち、特に父親二人が既にビールの缶を開けてしまったようで、少々出来あがっている。

「大輝君と初めて飲んだのも夏やったよなぁ」

「そうでしたっけ?」

「うん。僕がまだ──雪乃に何も言ってなくて、説教されたわ」

 そんな大輝と晴也の会話の意味が、明鈴と知奈にはわからない。大輝が雪乃に片想いしていて幼馴染だったとは聞いているけれど、雪乃と晴也の出会いはゲストハウスだったとは聞いているけれど、三人とも出身が関西だとは聞いているけれど、詳しいことは聞いていないので不明だ。

 食べている間しばらくは、明鈴と知奈も参加できる話をしていたけれど。

 やがて話の内容が大人にしかわからないことになったので、明鈴と知奈はリビングに戻った。

「そういえば知奈ちゃん、近所に昇悟っていう名前の大学生いる?」

 明鈴が倒れたのは坂本家の近くだったので、もしかすると知奈が知っているかもしれない、と思った。

「大学生? いたかなぁ? あ、それって、明鈴ちゃんを助けてくれた人?」

「うん。名前はわかるけど、顔を覚えてなくて」

「それ、すれ違ってもわからないってやつ?」

 残念ながら知奈は、家の近くでそれらしき人物を見たことがないらしい。

 中学生にとって大学生はもう大人なので、見かけても区別がつかないかもしれない。

「あ、うちのお父さんなら何か知ってるかも。聞いてみるよ、いろんな人知ってるから」

 若い時から知識が豊富で予約が多かった大輝は、今ではちょっとした有名人らしい。

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