第87話 沼⑤

「うへ~…」


 相変わらず酷い臭いだ。硫黄でも混じっているのか、腐った卵より質の悪い悪臭がプンプンする。腐れ沼は今日も絶好調らしい。


 オレは今日、腐れ沼ことホルスの沼地に来ていた。マリアドネ達の姿は無い。オレ一人で来た。今パーティは休暇中だ。冒険者と言っても、常に冒険しているわけではない。そんなことをすれば体を壊してしまう。時には休暇を取って、次の冒険に備えて英気を養うのだ。


 アルクルム山地での稼ぎが予想以上に良かったので、オレ達は長めの休暇を取ることにした。長期休暇を取っても生活に困らないほど良い稼ぎだったのだ。そこで長めの休暇を取って、これまでの冒険の疲れを一気に抜いてしまおうという考えたのだ。


 本来ならばオレはこんな所に来る必要なんて無い。どころか、冒険の疲れを抜く為の休暇中に冒険するとか本末転倒も甚だしい。マリアドネに知られたら怒られてしまうかもしれない。


 それでもオレはホルスの沼地に来た。金の為か?違う。いや、金は欲しいけどさ。今は懐が温かいけど、金はいくらあっても困らない。欲しい物はいくらでもある。


 特に服が欲しい。早くこの蛮族スタイルを卒業したい。でも服って高いんだよなぁ。まず布が高い。この世界、まだ産業革命は起こっていないのか、布がめちゃくちゃ高い。全部手織りみたいだから仕方ないね。オレが技術者とかだったら、この世界に産業革命を起こして大金持ちになれるのに。生憎、オレにそんな知識なんて無い。なんだかすごい悔しい。ちくしょうめ。


 話を戻そう。オレが何故ホルスの沼地にやってきたのか。それはトムソンの為だ。


 オレ達がアルクルム山地から帰って来て、トカゲの尻尾亭で打ち上げをした時、トムソンが零していたのだ。「リザードマンの尻尾が品薄で手に入らない」と。


 でもこれの真相はちょっと違う。確かにリザードマンの尻尾は品薄なのだけど、供給自体はあるのだ。問題はトムソンが競り勝てないことにある。トカゲの尻尾亭のような個人経営の小さな店は、資金力でどうしても大きな店に負けてしまう。売る方もなるべく高い値で売れた方が良いから、大きな店に高い値で買ってもらいたいわけだ。


 リザードマンの尻尾の場合、売り手は冒険者ギルドになる。冒険者から買い取ったリザードマンの尻尾を、冒険者ギルドは店に卸すのだ。


 この店に卸す際に、冒険者ギルドは、まずは大きな店に声を掛ける。いつも高値で買い取ってくれるお得意さんに声を掛けるわけだ。トムソンのトカゲの尻尾亭のような小さな店に声を掛けるのはいつも最後である。リザードマンの尻尾はいつも、トムソンに声が掛かる前に売り切れてしまうのだ。それでトムソンがリザードマンの尻尾を買えない訳である。この辺の話はアリエルにも確認したから間違いないと思う。


 トムソンが可哀想な気もするが、冒険者ギルドも慈善団体ではない。利益を出さないといけないので仕方ない部分もある。トムソン贔屓のオレとしては憤慨ものであるが。


 そこで、オレが直接トムソンに卸してやんよ!とリザードマンを狩りにホルスの沼地にきたわけだ。トムソンには色々とお世話になっているからね。数々の店を出禁にされたオレを温かく迎えてくれたのもトムソンだ。トムソンのおかげでオレは飯にありつけるのである。ここいらでその恩に報いるのも悪くない。


 それに、このリザードマン狩りはオレにもメリットがある。聞いたようにリザードマンの尻尾は現在品薄だ。その分高く売れる。まさに今が狩り時である。服を買う為に少しでも金が欲しいオレとしては、見逃せないチャンスだ。


 トムソンに卸すと言ってもちゃんと代金は貰うしね。相場ぐらいは貰わないとトムソンに気を使わせちゃうからさ。だいたい冒険者ギルドに売るのと同じかちょっと安いぐらいで売ろうと思う。ちょっと安く売るのはトムソンへの日頃の感謝だ。それでもトムソンからしたら、冒険者ギルドの中抜きが無い分、安く買えるはずだ。


 あとは、オレがリザードマンの尻尾を食べたいというのがある。大半の店に出禁を食らっているオレにとって、トムソンのトカゲの尻尾亭は、唯一リザードマンの尻尾を出してくれる店だ。トムソンの店にリザードマンの尻尾が無いなら、自分で獲りに行くのも辞さない覚悟だ。


 トムソンは良い奴で、オレがリザードマンの尻尾を持っていくと、いつもオマケしてくれるんだ。そんなトムソンだから、困っているなら力になりたいと思う。 


「出でよ、ハインリス、エバノン、ライエル、リリアラ」


 リザードマン狩りの、いつものメンバーを呼び出す。4人は呼び出された瞬間に構え、周囲を警戒し、そして顔を顰めた。


「くっさ~い。またここなの?」


 リリアラが頬を膨らませてお冠だ。英霊は臭いも分かるようだ。高性能過ぎない?


 だが、その高性能も此処では裏目に出る。此処臭いからね。できれば嗅ぎたくない臭いだ。


 そう言えば、最近リリアラを此処でしか呼んでない気がする。毎回臭い場所に呼ばれたら嫌気も差すだろう。今度は違う場所で呼んであげよう。


「…アルビレオ、またか?」


 流石のハインリスも嫌そうだ。ちょっと顔が引き攣っている。そうだね、ハインリスは此処ではいつも囮役だもんね。そりゃ嫌になるか。


「まただけど頼める?囮役で申し訳ないけど……」


「なに、構わんさ」


 ハインリスがやれやれと肩をすくめて了承してくれる。本当にハインリスって良い奴だよな。良い奴過ぎてついつい頼み事をして甘えてしまう。甘えすぎないように注意しないとな。


「じゃあ皆、今日もよろしく!」


「おう!」


「あぁ」


「うむ」


「まっかせときなさい!ほら、あんた達行くわよ!キビキビ歩く!」


 何故か仕切りだしたリリアラを先頭に、オレ達は沼へと向かうのだった。

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