第22話 リズリー

 村に着いたオレはすぐにソレに気がついた。気がついたというか自然と目に入って来た。ソレは熊だった。ただ大きい。4メートル、いや5メートルはあるだろうか。二本足で立ちあがったその姿は、隣にある家屋よりもずいぶん高い位置に頭がある。その頭が特徴的だった。頭が二つある。


「まさかリズリー!?」


「知ってんのか?」


 知ってるも何もゲームでは割と有名なNM(ネームドモンスター)だ。


 ツインヘッド:リズリーはナルバレンタ大森林に極稀に出現する名前付きモンスター、NMだ。ナルバレンタ大森林に出現する同じ熊モンスター、ナルバレンタベアに比べると倍はある大きさと二つある頭部が特徴だ。戦闘力もナルバレンタベアに比べるとかなり高くなっている。


 倒すと極稀にリズリーピアスという耳装備を落とすことで知られていた。もしかしたらリズリーピアスの方が有名かもしれない。リズリーピアスは耳装備では珍しく、物理攻撃力の上がるピアスで物理アタッカー垂涎の品だった。当然お値段も高い。リズリーはピアス目的の者やピアスを売って一獲千金を狙う者が常に複数人狙っており、かなり人気のNMだった。


 リズリーは両腕を頭上に掲げると家屋にのしかかる様に両腕を叩き下ろした。木製の家屋はバキバキと音を立てて屋根、壁が押しつぶされ崩れ去る。リズリーの一撃に家屋は半壊した。中に人がいるのか?だとしたらまずい…!


「出でよ、ライエル」


 空間の歪みから現れたのは全身鎧を着こんだドガス族の<聖騎士>だ。大きい、同じドガス族の<魔剣士>ディアゴラムも大きかったけど、さらに大きい。ライエルは現れたのと同時に、リズリーに向かって走りだしていた。


「ウヌの相手はこのワシだー!!」


 腰の長剣を抜き、盾を前面に構え、大声を上げてライエルがリズリーに突っ込んでいく。リズリーの顔がこちらを向く、ライエルの存在に気が付いたようだ。突っこんで行くライエルに対して、リズリーは立ち上がり両腕を頭上へ掲げた。家屋を半壊させた一撃を放つつもりだ。


 ライエルが無造作にリズリーの間合いに入り込んだ。すかさずリズリーの太い丸太のような腕がライエルを屠らんと打ち下ろされた。


 瞬間、ライエルはサイドステップしリズリーの攻撃をギリギリで躱し尚も前進する。リズリーの両腕が空を切り地面に叩きつけられた。ドスンと重苦しい音がかなり離れているこちらまで聞こえてくる。リズリーが両腕を地面につけたおかげで、二つある頭が先程より随分低い位置にある。それでも地面から2メートルはありそうだが。前進を続け、リズリーの懐に入り込んだライエルがリズリーの顔に長剣を走らせた。


「Gau!?」


 ライエルは前進した勢いのままリズリーの脇を抜けてリズリーの背後に出た。そして振り返り長剣を自分の盾に叩きつけ挑発する。


「どうした?その程度か!!」


「Gurururururu!」


 リズリーはノシノシとライエルの方を振り返り、歯をむき出しにして威嚇している。どうやら顔を斬りつけられて怒っているようだ。リズリーは前足を使ってライエルに横薙ぎ、打ち下ろしを繰り出し、ライエルはそれを躱し、いなし、隙があれば反撃に腕を斬りつけた。


 顔への攻撃もそうだが、ライエルの攻撃はリズリーに対して有効とは言い難い。良くて体表を浅く斬りつける程度だ。致命傷には程遠い。


 でもこれで良いのだ。ライエルの役割はタンク、敵の攻撃をその硬い防御で一身に受けることにある。攻撃は他の仲間に任せれば良い。リズリーの注意は完全にライエルに向いている。チャンスだ。


「出でよ、ディアゴラム」


<魔剣士>ディアゴラムをアタッカーとして召喚する。ディアゴラムはリズリーを見ると「熊か…。」と呟いて駆け出して行った。どうやらリズリーでもお気に召さないらしい。


 リズリーはライエルに夢中でこちらに背を向けている。ディアゴラムは走りながら背に背負っていた大剣を引き抜き、まるでバットでも振るかのように走っていた勢いそのままリズリーの後ろ足に叩き込んだ。


「GUAAAAAAAAAAAAA!?」


 今まで一番のリズリーの悲鳴が響き渡った。ディアゴラムの一撃はリズリーの左後ろ足に3分の1近く食い込んでいる。今までで一番のダメージだ。


 リズリーは下手人を確認しようと後ろを向こうとするが、そうはさせじとライエルがリズリーの目を狙い突きを放つ。リズリーはライエルを無視できず、後ろを向ききれないでいる。その隙にディアゴラムはリズリーを斬りつけていた。


 もっと火力が必要だ。

 ディアゴラムだけじゃ足りないのは分かっていた。オレは追加で召喚をする。


「出でよ、リリアラ、アイリス」


 空間が歪み、二人の姿が現れる。二人は現れるや否や魔法の詠唱に入っていた。


<族長>リリアラはルドネ族の女性だ。かつて一族を率いて魔族との戦争で活躍した人魔大戦期の女傑だ。見た目は細部にまで刺繍が施された豪華な衣装を着ている5歳くらいの幼女だが、風の魔法と雷の魔法では他の追随を許さない強力な魔導士だ。


<大魔導士>アイリスは全ての属性を高いレベルで扱えるオールマイティーな魔導士だ。目深にローブのフードを被っており、その顔は窺い知れない。おそろいだね。


 先に魔法を完成させたのはアイリスだった。アイリスが杖を天に掲げ、リズリーに向けて振り下ろす動作をした。すると、リズリーの頭上高くに巨大な氷の塊が形成され、高速で降ってきた。氷の塊はリズリーの右の頭に命中した。右の頭から右肩まで押し潰してリズリーを地面に叩きつける。


 リリアラの魔法も完成し、空気が爆発したような大きな破裂音を響かせながら一条の雷がリズリーを貫いた。雷が去った後残っていたのは右上半身が潰れ、全身から煙を吐いているリズリーだった。


 やったのか?


 いつの間にかリズリーに接近していたディアゴラムが、リズリーの首を大剣で斬り落とした。


 終わったっぽい?流石に二つとも頭がなくなれば死んだってことで良いんだよな?


 ディアゴラムもライエルも剣を収めているし、アイリスとリリアラも魔法を詠唱しようとしない。どうやら本当に終わったぽい。ゲームで討伐したときはアイリスとリリアラの魔法を少なくとも5発づつは撃ち込まないと倒せなかったんだけど…なんで倒せたんだ?まぁ嬉しい誤算だからいいんだけどさ。



 村を襲っていた脅威、リズリーがいなくなったというのに村人は姿を現さなかった。オレをここまで連れて来た村人もいつの間にか姿を消している。当然歓声なんてない。皆息を潜めて新たに現れた村の脅威の動向に注目している。


 まぁこうなることはなんとなく予想はついていた。お互いの為にさっさと消えるとするか。村人が恐怖しているのだとしたらかわいそうだし、オレも怯えた目なんかで見られたくない。


 なんだかせっかくの出発にケチがついてしまった。モヤモヤした気持ちを無理やり飲み込み、ため息をつきオレは村を後にした。

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