第79話 1匹だけ毛色の違う魔獣がいました

「アタシは突っ込んで斬りまくって奴らの注意を引く、キャシーは魔法で壁を作っておくれ、エロオとリックは壁か味方を背にして戦うんだよ。エドガーとビアンカは好きに動いてくれればいいさ。じゃ、みんな頑張んなよ!」


 そう告げた女戦士エマは、鞘から大剣を抜いて正面のハゲウサギの集団へ突撃をしかけた。キャシーもすぐ魔法で背後に大きな土の壁を作ろうと杖を突きたてる。

 また腹に響く重低音がすると一瞬で高い壁ができた。高すぎるぐらいだ。

 5メートルはありますよねこれ………

 魔獣とはいえ、ウサギ相手にこれはちょっとやり過ぎかなぁ。


「もォ、貴方の魔法は不正確で不安定すぎますわ。あとはわたくしたちに任せてエロオさんの護衛に徹して下さいませね」


 同じ魔法使いのビアンカからダメ出しを食らったキャシーは、しょぼんと肩を落としていつも以上に暗い顔をしている。

 とりあえず尻揉み10回で元気を注入しておきました。


 その間にエドガーとビアンカは行軍中に着ていたフード付きのマントを脱ぎ捨てて、それぞれが武器を手にして身構える。


「俺は正面、ビアンカは右、リックとエロオ君はリヤカーを盾にしながら左だ。キャシー嬢はエロオ君を頼む」


 エドガーは簡潔に指示を出すと、真っ先に前に出てハゲウサギを切り倒し始めた。エマさん同様に自分がヘイトを集めるつもりのようです。


 敏腕冒険者の剣さばきは、やはり見事でした。


 派手さとか華麗さはないんですが、無駄がなくていとも簡単に倒しているように見えます。超一流のスポーツ選手が難しいプレーを簡単にやってしまうので、自分にももできるんじゃないかと素人に錯覚させてしまうタイプの動きです。


 一方、ビアンカは真逆に派手さと華麗さの融合した戦闘をしてました。

 魔法石が仕込まれているブーツをカツーンと鳴らして仁王立ちすると、僕には聞き取れない呪文を凛とした声で高らかに唱える。


 地面から吸い上げられたいくつもの土の塊が、ビアンカの周りをまるで衛星のように漂い、そのコブシ大の土塊は次第に3つの輪になって公転していく。

 その異様な光景を見たハゲウサギは攻撃を躊躇し、ビアンカに近づけないでいた。これは睨み合いになるのかなと思ったその時、ビアンカが動いた。


 ツンツン魔導師の体を中心に公転していた土塊の内の六つが、急に衛星軌道から外れて猛スピードでハゲウサギに向かって行った。

 六つの弾丸はそれぞれが意思を持つかの如く逃げようとする獲物を追ってひとつ、またひとつと標的に激しく命中して砕けていく。

 六匹のハゲウサギが草原に屍を晒すのにかかった時間は僅か6秒ほどだった。


 ビアンカはさらに六つの土塊を魔獣に放つ。


 仲間がやられたのを目の当たりしたハゲウサギは逃げ惑う。

 それをホーミングミサイルのように追いかけて命中する土の弾丸。

 これって何かで見たことがあるなぁと記憶が疼いてたけどやっと思い出した。


 ────某アニメの板野サーカス!


 この技は、ビアンカサーカスと勝手に命名してしまおう。

 うんうんと一人勝手に納得して感慨に耽っていると、隣に立つリックからただならぬ気配と声が飛んできました。


「エロオさん! 来ます! リヤカーの向こうから4匹!」


 興奮と僅かな恐怖が混ざった警告で我に返った僕は、まずは向かってくる魔獣を確認する。先頭に1匹、それに従うように3匹のハゲウサギが走っていた。

 この4匹の攻撃が成功したら、さらにもっと多くのハゲウサギが弱点だと見抜いて襲ってくることになるだろう。


「先頭の1匹は僕がやる。リックは10秒ほど耐えてくれ。その間に倒して加勢する。キャシーはもし僕たちが手こずってる間に他のハゲウサギが来そうになったら、壁を作って防いでくれ」


 二人の返事を聞いている内に僕の獲物がすぐそこまで迫って来る。

 僕は、自分でも不思議なくらい落ち着いていました。

 全集中した僕の目には、ハゲウサギの動きが緩慢に見えたからです。

 これならイケる!

 僕はバトルスタッフを握る両手にキュっと力を込めました。


 リヤカーの後方2メートルにいる僕の所へ、ハゲウサギはどのルート選ぶ?


 リヤカーを飛び越えてから来るのか、下をくぐり抜けて来るのか、それともリヤカーの上に乗ってから来るのか………実際にはそのどれでもなかった。


 ハゲウサギの本気の跳躍力は僕の想像を遥かに超えていて、リヤカーを飛び越えた勢いのまま僕の首めがけて一直線に飛んできたのだ。

 そうきましたかー。これはちょっと想定外でしたよ………

 

 ────ドゴォオオオッ!


 ま、余裕で反応できますけどね。

 ただでさえゆっくり見えるのに、首しか狙ってこないことが分かってれば対応は容易です。僕は向かってくるハゲウサギの首を逆に横からの打撃で狩りました。


 肉をブッ叩いた感触の直後に骨をブチ折る手応えを感じる。


 左側に吹き飛んだハゲウサギの体はキャシーの作った土の壁に激しくぶつかると、そのまま壁伝いに落下して地面に横たわり二度と動かなかった。


 ────あぁ、この手で魔獣を初めて殺した………


 体温が上がるほどの高揚感と達成感が体を駆け巡る。

 でも、視界に次の獲物が映った瞬間に体が動いた。


 斜め下からアッパーのように跳んで来るハゲたひたいに反応した僕は、半身になり膝を曲げて体を沈めると、がら空きのボディを下から全力でしばきあげる。

 上空へ吹き飛んで行くハゲウサギ。

 持ち前の跳躍力でも、これだけ飛び上がったのはきっと初めてのことでしょう。


 勝利の余韻に油断していると判断したのか、リックを襲っていた二匹の内の一匹が僕の首めがけて跳躍してきました。


 既に二匹を倒し余裕の上に自信が加わって体がキレキレになってきた僕は、ギリギリでハゲウサギの突進をかわしながら首を上から叩き落す。

 もの凄い勢いで地面に衝突した小型魔獣は、ダーンと60センチほど弾んでからまた地表に落下し腹を上に向けて絶命しました。


 その時、さっき空に向かってしばきあげたハゲウサギが落ちて来たので、右手で掴んでリックと戦っている個体に投げつける。

 あ、完全にまぐれだけど当たりましたね。

 ひるんだ敵の隙をついて、リックがやっと致命傷を与えて倒しました。


「怪我はないか、リック?」


「はい! それよりもエロオさん凄いじゃないですか! 素早いハゲウサギを全部一撃で倒すなんて、とても素人とは思えません。さすがです」


 何がさすがなのか分からないけど、よく見てるじゃないか。

 僕のことを気にしながら戦ってたから手こずってたんだな。


「見ての通り、僕のほうは心配いらないから今後は自分の戦いに集中してくれ」


「了解しました!」


 その後、僕たちが担当する左サイドを襲ってきた6匹の集団も難なく討伐できたので、そろそろ訓練を次の段階に移そうと考えました。


「リック、しばらくの間ここを一人で守ってくれ。僕は正面に行ってエドガーさんと一緒に戦ってくる」


「任せて下さい。エロオさんには、俺のことなんか気にせずに暴れて欲しいです」


 尊敬の眼差しで見つめてくるリックに戸惑いながらうなずく。

 

「キャシー、リックのフォローを頼む。さばき切れないと思ったらすぐに壁を作って、左側も封じてくれればいいからね」


 キャシーの返事はいつも通り小さかったけど、目は頑張りますと強く訴えているので大丈夫そうです。お尻をペロンと触ってから僕は正面に向かいました。



「エロオ君、初めてとは思えない戦いぶりだったな。正直、驚いたよ」


 そういうエドガーの周りには20匹以上のハゲウサギの死体が散乱していて、恐れをなした他の個体は近寄ろうとせずに遠巻きに警戒している。


「僕も自分で驚いてます。だから、どれだけ戦えるのか試そうと正面に来たんですけど、睨み合いになっちゃってますね」


「そんなところだ。こっちは楽で助かるけどな」


 エドガーは左前方で駆け回りながら楽しそうに戦っているエマさんを見た。

 いやあれは、もはや戦いにすらなってないですね。

 逃げ回るハゲウサギを追い回して狩ってるだけですよ。

 

 ハハハと乾いた笑いを漏らしながらフィールド全体を見渡すと、動いてる標的はあと80匹くらいで、その中に毛色の違う生物がチラッと目に入りました。

 ハゲウサギはどの個体も茶色の毛をしているのですが、そいつだけは灰色の毛をしていて少し大きいのです。しかもハゲてない。レア種でしょうか……


「エドガーさん、右前方にいるあの灰色のハゲてない奴は何ですか?」


 凄腕の冒険者は僕が指差した方向を見て目を細める。


「んん、いや随分遠いな。エロオ君にはアレがハッキリと見えるのかい?」


 あぁ、しまった。

 魔力値がフルで729ある今の僕は、視力が常人離れてしていて目をこらせば望遠2倍くらいで見えるんでしたよ。


「え、ええ。僕って目だけは良いんですよ。アハハハハ」


「動体視力が良いのはさっきの戦いぶりで分かってたが、遠くのものまでよく見えるんだな。それで、その灰色の魔獣は他にどんな特徴がある?」


「顔が白と黒のツートンカラーになってますね」


「顔が白黒の二色だってーーーっ!?」


 うおっ、エドガーが普段の冷静さを失って大声をあげた。

 あの顔だけパンダってそんなにレアな魔獣なんだろうか……ゴクリ…


「足は? 足は何色だ!?」


「えっと、足は4本とも黒で────」


「オオアナグマだぁぁぁあああああああああああ!!」


 ついに絶叫するエドガー。

 かつてこんなに興奮したエドガーを見たことがあったろうか、いやない。

 そんな相棒の声を聞いたビアンカが鋭い声で確認をしてくる。


「オオアナグマだなんて本当ですの? きっと見間違いに決まってますわ」


「え、そんなに珍しい魔獣なんですか?」


「大陸の北側に生息してる魔獣ですのよ。南側の国で目撃された事例はほとんどありませんわね」


「だが、皆無じゃない。絶対に確認するべき、いや、捕獲するべきだ!」


「……分かりました。僕の依頼である戦闘訓練はここで一時中断とし、ただちにオオアナグマ捕獲に移行します」


「よしっ、ビアンカ、お前はここでキャシー嬢とリックの護衛を頼む。俺とエロオ君はオオアナグマを挟み撃ちだ」


「何を言ってますの! ド素人のエロオさんにそんなことさせられる訳ないでしょう。貴方ちょっとオカシクなってますわよ」


「僕なら平気です。やれます。キャシー、正面にも壁を築いて守りを固めてくれ。ビアンカさん、二人をお願いします。リック、生きてさえいればどんな怪我でも治してやるから絶対に死ぬんじゃないぞ」


 キャシーとリックから対照的な了解の返事を得ました。

 ビアンカさんはまだ呆れ顔で憂慮していましたが、相棒の入れ込み具合を見てどうしようもないと諦めてくれたようです。


「ハァ~、これだから男は………もぉ勝手にするとよろしいですわ。ですが、わたくしが止めたことを決して忘れないで下さいませね」


 ビアンカの消極的なGOサインを頂いたのですぐさま行動開始です。


 まずキャシーが背後だけでなく、正面にも同じ土の壁を魔法で作りました。

 エドガーと僕は壁に挟まれた陣地を右側から飛び出し、オオアナグマのいる場所へ早足で移動をしていく。そして途中で二手に分かれました。

 エドガーは背後に回り川への退路を断つ陣取りをしに。

 僕はオオアナグマをエドガーと挟む格好になる場所へ向かいます。


「間違いない! オオアナグマだっ!」


 移動の途中で灰色の魔獣の正体を確認したエドガーから、ハイテンションが隠せてない声が飛んできました。

 僕はサムアップで答えながら、たまに襲ってくるハゲウサギを油断せずにアッサリと倒しつつ所定の位置に急ぎます。


 配置についたエドガーが片手をあげて合図して来ました。


 こちらも準備完了と片手をあげて答えました。


 エドガーは即座に動いた。

 あっという間にオオアナグマに詰め寄り剣を振るう。

 これで終わったと思いきや、どっこい生きてるオオアナグマ。


 エドガーはレア魔獣と戦いながら僕の方へと追い立てていきます。


 僕も自分からその戦場へ近づいて行き、バトルスタッフを構えました。


「殺しちゃダメだ。生け捕りにするんだ!」


 あ、それで苦戦してたのか。

 そういえば、捕獲するって言ってましたよね。


 いやでも、どうやって生け捕りにすればいいんでしょうか?


 エドガーは殺さない程度にダメージを追わせて捕獲しようとしてる模様。

 でも、剣でそれをやるのはかなり難しそうだ。

 僕のスタッフでも当たり所が悪かったら死んじゃうし、素人の僕にはどのぐらい手加減すればいいのか分からない。


 うーん、困りましたねえ………


 あぁ、深く考えてるヒマもない。この方法で行きましょう。



「エドガーさん、オオアナグマって毒は持ってないですよね?」

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