第78話 初めての戦闘のお約束をブチ壊しました

「こんな小さな川が、人間と魔獣を隔てる境界線さ」


 エマさんが木製の跳ね橋を下ろしながら、ここから先は魔獣の住み家になるから気を引き締めな、と真剣な眼差しで無言の警告をしてきた。

 

 女戦士の言う通り、川は天然の水堀にして『魔獣返し』なんだそうです。

 人里や街と知りながら襲ってくるゴブリンやオークなどの好戦的な魔獣は泳げない。しかも二足歩行が人間と比較して下手だから、流れる水の中を上手く歩けずに転んで溺れてしまうので川には入ってすらこない。


 だから、モルザーク市のように居住区をグルッと城壁で囲むことのできない町や村は、そのほとんどが水に囲まれた中洲で生活しているのです。


 ここクルーレ騎士領も例外ではありません。

『S』の字を左側に傾けた形で蛇行する小川の下のカーブを、鏡写しにしたようなラインで水路を作って円形にした中洲の領地を作りました。

 そして中洲内の危険な魔獣を駆逐すれば、安全な領土のできあがりです。


 ただ、先日の川辺で越冬したはぐれモズクガニや、それを狙って川を越えたカニクイギツネのようなケースがたまにあるので、川岸の巡回・監視は重要。

 その任務にはベルちゃんが就いているそうです。

 あの元気娘の足がメチャクチャ速い理由の一端が分かった気がしますよ。


 皆が小川を渡った後、エマさんが今度は跳ね橋を巻き上げてから、小川の真ん中にある置き石を利用してジャンプでこちら側にやってきました。

 ビキニアーマーで軽いとはいえ、さすがの身のこなしですね。


「土地勘のあるアタシが先頭、次にキャシー、真ん中にリヤカーを引いてるリック、その後ろにエロオ、殿しんがりはエドガーとビアンカ、これでいくよ」


 そう、キャシーもこの魔獣戦闘訓練に付いて来ちゃいました。


 最初は僕と護衛のエドガー&ビアンカだけの予定でしたが、セーラさんにこの計画を話すと自分も同行すると強く主張してきたのです。

 でも、こんなことで領主を外に連れだす訳にはいきませんから、女戦士エマとキャシーも護衛につけるということで妥協点を見出しました。

 リックは警備隊に配属する前の訓練として同行させてます。


「そうしてくれ。俺たちはこの辺の森に入ったことがないからな」

「虫の多い場所は避けて頂けると有難いですわ」


 モルザークのギルドに所属する冒険者二人に異論はないようだ。


「アンタくらい魔力を持ってる人間には虫なんて近寄りもしないだろ」


 魔力を持たない野獣や虫は人間を恐れて逃げるか服従する。

 近づいてきたり襲ってくるのは、人間同様に魔力を持つ魔獣だけの模様。


「虫は目に付くだけで不快ですもの。死滅すればよろしいのに」


 酷い言い草を聞いたエマさんは、やれやれとジェスチェーすると前を向いてこの魔獣討伐即席パーティーを先導し始めた。

 ここはもう魔獣の領域なのに、何故か幅2メートルほどの荒れた道がある。


「エマさん、この道は?」


「この先に村が一つあったのさ。戦中に潰れちまったけどね。今日の目的地はそこだよ。お目当てのハゲウサギがたくさん巣を作ってるんだ」


 ひたいが見事にツルピカなウサギの魔獣がいるという。

 ハゲウサギと呼ばれているが、老化による抜け毛ではない。

 頭突きで攻撃するから毛が抜けてハゲ上がるのだとか。


 好戦的な割に強くはないけど、クリティカルを喰らうと骨折必至。

 それが運悪く、首だったりしたら死んでしまうわけで……

 奴らもそれを分かっていて、持ち前の跳躍力で首を狙ってきます。

 逆に言えば、首への攻撃さえ注意すればいいので、初心者が度胸試しに戦闘するにはうってつけの魔獣と言えるでしょう。


「……止まって下さい。土の魔法を使います」


 10分ほど荒れ果てた道を進んだところで、キャシーが立ち止まった。

 後ろを振り返って僕たちに注意すると、マジックワンドとバトルメイスが融合したような、殴れる魔法使いの杖を地面に突き立てる。


 ────ンゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!


 す、凄いものを見ましたっ。

 この先の凸凹か酷かった道が僅か数秒で整地されて平たくなりましたよ。

 ていうか、何でやった本人のキャシーまで驚いてるんでしょうね……


 ともかく、これでリックが引いてるリヤカーが楽に通れます。

 その15歳熱血少年は目の前にいるキャシーにお礼を言ったんですが、そっけない返事をされて困惑してますね。

 同じ15歳の爆乳少女はコミュ障だから気にするなと後でフォローしないと。


 そんな感じでキャシーが荒れた道を整地したり、エマさんが道に落ちてる倒木や大きな石を処理したりしながら進むこと小一時間。

 かつて村だった跡地が見えてきました。


 そして、その上空には真っ赤なビックリマークが。


「ブレイクチャンス!」


 ここでフラグ破壊のスキルが発動しましたよ。


 だけど一体どんな異世界のお約束なんでしょうね。


 廃村で起こる異世界あるあるというと……野盗が棲みついてるとか?

 いや、廃村あるあるとは限らないのか。

 これからやる予定の『初めての戦闘あるある』なのかもしれない。

 その場合は………あ、アレかっ。


 ────雑魚狩りのはずが、ボスキャラと遭遇して戦闘になるお約束だ!


 きっとこれですね。間違いない。

 ともかく、ボスキャラ戦にしろ野盗と戦闘になるにしろ、こっちはド素人の僕とリックがいるし、キャシーだって戦闘向きとは思えません。

 という訳で、ここは回避の一択でしょ。


「プロミスブレイカー」


『フラグを壊しますか?  <はい> <いいえ>』


 目の前に出現した空中タッチパネルの<はい>を迷わずポチっとな。

 よし、廃村の上に浮かんでいた赤いビックリマークが消えた。

 これで、お約束のフラグがポッキリと折れたはずです。


 その2分後には、かつて魔獣返しの水路で今は干上がったただの溝を超えて廃村に入りました。朽ちた石造りの家並みがツタで覆われ緑一色になってます。

 もっとみすぼらしい光景を予想していたのですが、人工物が自然と同化したこの姿は、どこか幻想的で美しくすらありました。


 ────これなら草食系のウサギが棲みついていても不思議じゃないな。


 家も道も広場もすべて植物に飲み込まれてる。

 自然の生命力というものを痛感させられる光景ですよ。


「エロオ、空き家には近づくんじゃないよ。特に鳥がいる家は危険だからね」 


 先頭を行くエマさんからシリアスな声で忠告が飛んできました。

 とりあえず返事をしておいたけど、何で空き家が危険なんでしょうね。しかも鳥がいたらどうだっていうんでしょう?

 答えが知りたくて後ろにいる敏腕冒険者に教えてと目で訴えてみました。


「人がいない廃村の空き家ってのは鳥にとって格好の棲み家になるんだ。鳥は空き家の中に巣を作って卵を産む。すると、その卵を狙って小型魔獣がやって来る。さらにその小型魔獣を狩ろうとゴブリンなんかが潜んでたりするのさ」


「へぇ、何かちょっと感動しちゃいました。こんな人の姿が絶えた廃村にも、それに代わるいろんな生き物の営みが続いてるんですねえ」


「ここは感動するところじゃありませんわよ。迂闊に空き家に近寄るなという警告ですのに、貴方ちゃんと理解されてますの?」


「もちろん忠告は心に刻みました。絶対に空き家には近づきません」


 君子危うきにノータッチ。触らぬ神に祟りナッシン。

 地球でも遥か昔から教訓になってますから。

 



「さあ、ここだよ。もとは畑だったこの辺り一帯がハゲウサギの根城さね」


 ここに畑があったなんて言われないと気付かないですよ。

 どう見ても、ただの草原ですもん。

 僕たちはそんな面影ゼロの元農地のど真ん中にやって来ていました。

 

「エロオ、休憩の必要が無かったら直ぐに始めるけど、大丈夫かい?」


 昨日レベルアップして魔力値が729になってから、これまで以上に体が疲れにくくなった。いや、疲れててもそれを感じなくなったというべきか。


「僕は平気です。だけど、リックはずっとリヤカーを引いてきたから、少し休んでから戦闘に参加した方がいいよ」


「俺なら平気です! 港で朝から晩まで重い荷物の上げ下ろしをやってましたから、これぐらい朝飯前ですよ!」


 あぁ、そうだったね。

 君たち兄弟は港湾都市エリンの港で荷役の仕事をしてたんだった。

 その現場で大きな荷物が落下してきて弟のカイが両足を骨折した………


「分かった。じゃあリヤカーからバトルスタッフ(戦杖)を取って戦闘準備だ」


 リックは大きな声で返事をして言われた通りにする。

 僕は、エマさんにいつでもどうぞとうなずいて見せた。


「まずキャシーが土の魔法で小さな地震を起こす。それにビックリして巣穴から出てきたハゲウサギをエロオとリックが倒す。アタシとエドガーとビアンカは、ハゲウサギの誘導とエロオたちのバックアップだ」


 女戦士エマの言葉に誰も異議はなかったので速やかに作戦開始となった。

 キャシーは荒れたでこぼこ道を整地した時のように魔法の杖を地面に突き立て、目を閉じて集中すると何か呪文めいた言葉を呟いた。


 ────グラグラ、グラグラグラッ、グラグラグラグラグラグラッ!!


 おおっ、確かにちょっと揺れてる、と思ったのも束の間、急に揺れが激しくなって立ってるのさえおぼつかなくなってきた。

 

「ちょ、貴方やりすぎですわ!」

「そ、そうだな。ここまでする必要はないと思うぞ」

「確かに気負いすぎだね。ま、アタシはそういうの嫌いじゃないけどね」

「リ、リック……君は割と平気そうだね…」

「船に乗ってればこれぐらいの揺れは日常茶飯事ですから!」


 港の荷役だけじゃなく、船員の経験もあるのか。

 まだ15歳だってのに人生経験が豊富すぎでしょ。ホント逸材ですよ。


 最大で震度5ぐらいあった揺れがピタリと止まりました。

 キャシーが土の魔法を解除したようです。


「………すいません。どうも今日は魔力の制御が上手くいかなくて……」


 ドンマイ。そんな日だってありますよ。人間だもの。

 僕は気にせずに許してあげましたが、絶対に許さないと殺気立つ者たちがいました。それも数えきれないほどの大群です。


「こりゃあちょっと計算が狂っちまったようだね」


 エマさんが言葉とは裏腹に楽しそうな声で言い放ちました。


「ざっと200匹はいそうだな」

「ハゲウサギの大群に囲まれるなんて、気味が悪くて仕方ありませんわ」


 冒険者の護衛コンビはウンザリしてる様子ですが、恐れは微塵も感じてないようです。雑魚は何匹いようと敵じゃないということでしょうか。


「リック、こんな状況になってしまったけど大丈夫か?」


「もちろんです! 町の警備隊を務めるんですから、この程度の試練は軽く乗り越えてみせますよ!」


 君は本当にカッコイイですね。

 僕なんて最初に魔獣と遭遇した時は、恐ろしくて体が動かなくなったのに。


 だけど、今は違いますよ!


 レベルアップして気力が人並みに増えましたし、ケタ違いの魔力のお陰で視力が常人を超えてしまいました。

 落ち着いて冷静に対応すれば、ハゲウサギに後れを取ることはありません。


 それに、何と言ってもここには頼りになる仲間たちがいるんだから。



 ────あぁ、これから魔獣の大群と戦闘だというのにワクワクしてきたぞ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る