第70話 13人いる!

「そういう話なら、この色欲セット免罪符の3年パックがお買い得だぜ!」


 モルザークの隠れ宿屋で男爵家当主セシルの襲撃を受け、まんまと子種を搾り取られて今後も妊活をする羽目になった翌朝、チェックアウトした僕たちはまず近くにある中央教会へ足を運びました。贖宥状(免罪符)を買うためです。


 この国の宗教にはいくつもの禁忌があり、それはエロ方面にも及んでいます。

 後背位(バック)、婚前交渉、姦淫、同性愛、自慰などもろもろに至って。

 僕なんてそのタブーを破りまくりですから絶対に必要なんです。

 その罪を贖うためのお札が。


 禁忌なんて僕は気にしませんけど、僕の相手をする女性が気にするんですよ。

 そんな訳で教会に来たら、売店のおじさんが聖職者なのにやたらと俗っぽい売り込みをしてくるんで、脳内で盛大に草を生やしてるところです。


「お買い得というと?」


「よくぞ聞いてくれやした! 色欲セット免罪符は有効期限が1年で金貨1枚なんだが、なんとこの3年パックは金貨2枚ポッキリ!1年分が無料だぜ!」


「買った!」


「まいどありー! 名前を書き込むから、何処の誰か教えてくんな」

「クルーレのエロオだ」

「クルーレの………エロオと……その上に……この紋章印を押して…完成だ!」


 出来立てホヤホヤの免罪符と金貨2枚を交換した僕は、護衛のエマ、エドガー、ビアンカと共に教会を出て修道院に向かいます。

 さあ、文字通り免罪符を手に入れたから、これまで遠慮して出来なかったことをセーラさんたちとヤリまくるぞー。

 そんな不埒な想像をして前かがみに歩を進める僕でした。




「13人いる! 一人多いぞ、十三人いる!」


 修道院に着いて移民12人とシスター・プリティアと合流したのですが、いざクルーレへ向けて出発という段で点呼を取ったら、ビックリ仰天させられた。

 なんと、移民が1人増えてるじゃないですかっ。

 移民たちもプリティアも何事もなかったように受け入れてるから、まったく気付きませんでしたよ。一体これはどういうことなの?


「あ、それ、俺です俺、ジンっていいます」


 移民の中の一人が手を上げて悪びれずにアッサリ白状してきました。

 ここから13人目の犯人探しが始まると思ったのに肩透かしですね。

 それはさておき………確かに初めて見る顔だ。

 怪我もしてないようだし、身なりもひどくない。

 それで、YOUは何しにクルーレへ?


「すいません、コイツ高校の同級生だったんですけど、バッタリ修道院で会って話したら自分も行きたいって言うんで、同行させてやってください」


 えーと、そういう君は誰だったっけ?


 今、何気に高校って言ったけど、少卒が当たり前のこの異世界で高卒ってメッチャ高学歴じゃないですか。ロカトールに奴隷落ちさせられそうになってた移民の中に、なんでそんな逸材が紛れ込んでいるのか?


 ちょっと情報の整理が追い付かない。

 移民たちから事情聴取してたエマさん、お願いします!

 説明よろしくと目で訴えると、女戦士は記憶力の良さを発揮しました。


「今しゃべってたのがミトゥで、隣にいる左腕を骨折してるゼンと友人だよ。二人はエリンの高校の同級生で同じ大きな商会に就職したんだけど、戦後のドサクサで悪さした商会が役人に摘発されちまってね。後はお決まりの転落人生って訳さ」


 なるほど。そんな事情でしたか。

 その二人の同級生となると、高学歴だから欲しい人材ではありますね。

 

「ジンっていいましたっけ。君はクルーレに行ってどうするつもりなの?」


「良いトコだったら俺も移住しちゃおうかなって思ってまっす」


 それは有難い話だけど、なんか軽いなぁ。

 移住って人生の大決断のはずなんだけど………ま、いっか。


「そういうことなら大歓迎だよ。ミトゥたちと同じ幌馬車に乗るといい」


「あざっす!」


 チャラい、やっぱりちょっと不安になってきましたね。

 だがもう遅い。エマさんのボディチェックを受けたジンは、そのまま大型の幌馬車へミトゥたちと乗り込んでしまった。


 ────ま、チャラ男の一人ぐらい増えたところで問題ないか。


 な~んて思っちゃってました。この時は………




「あのジンという男、気を付けた方がいいぞ」


 モルザーク男爵家の兵士12人が前後を挟んだ移民護送団という趣きの僕たち一行は、モルザークの市壁をくぐると街道を西へ進む。

 その広くて整備された道を幌馬車に揺られながら風景を楽しんでいると、護衛の冒険者エドガーが神妙な顔で警告してきました。


「えっ、あの男、何か危険があるんですか?」


「あまりにも登場するタイミングが良すぎますわ」


「あぁ、言われてみれば確かに怪しいですね」


 健康な若者が用の無い修道院の診療所で偶然同級生と再会して、ちょっと話を聞いただけでそのまま見知らぬ町まで付いて来る……うわ、これって完全に…

 

「恐らく、エルマン派のスパイだろうな」


「同級生のミトゥとゼンもグルってことでしょうか?」


「さすがにそこまでの仕込みはエルマン派もできないと思う。君の同行者に探りを入れたら、手の者にたまたま同級生のジンがいたから選ばれたんだろう」


 そんなところでしょうね。

 しかし、次から次へと頭の痛い問題が出て来るなぁ。

 移民を連れ帰ってからが本格的に忙しくなるっていうのに……


「エルマンというのは、たしか男爵家の嫡男でしたね。貴方、そんな権力者とトラブルになっているのですか?」


 しっかりと僕たちの話を聞いていたシスター・プリティアが、痛い所を遠慮なく突いてきました。あぁ、この人も何とかしないといけないんだった。

 ここで逃げられる訳にはいきません。フォローしておかないと。


「トラブルだなんて大袈裟ですよ。エルマン様はちょっと勘違いしてるだけなんです。僕が母親の愛人だって。ホント有り得ないですよねえ。アハハハハ」


「モルザークの領主と貴方がですか………確かに有り得ませんね。ただ、火のない所に煙は立ちません。日頃の行いが悪いせいです。反省なさい」


「まぁ、教会で色欲セット免罪符の3年パックを買う必要がある男ですもの、日頃の行いなんて推して知るべしですわね」


 あれれれれ、ビアンカさん僕の味方になってくれたんじゃないんですか。

 マイセンのティーセットを入手するまでは仲間だと思っていたのに、後ろから撃ってくるなんて僕が何をしたっていうんですかぁ?


「君の昨夜の情事が隣の俺たちの部屋に筒抜けでね。軽々しく茨の道に踏み込んだとご立腹なんだよ。護衛の仕事が大変になるからな」


 エドガーが僕の耳元でヒソヒソと教えてくれました。

 でもね、あれは僕だって苦渋の選択だったんですよぉ。

 あぁ、セシルのせいで多方面で話がこじれていく。

 これ以上、影響が広がらない内にとっとと懐妊させて片を付けないと……


 ふぅ、塩シスターが話に割り込んできたので、ジン対策は保留になりましたが、ともかく奴の動向を探るしかないですね。スパイ返しです。

 それで、クロだと判明した時は、ふん縛ってセシルに送りつけましょう。




「はーい、これから部屋割りをしますから呼ばれた者は前に出て下さ~い」


 モルザークから3時間半ほどかけてクルーレに無事到着しました。

 本来なら、真っ先に領主であるセーラさんの屋敷に向かって報告と連れて来た移民を紹介するべきなんでしょうけど、まだ怪我人が複数いるので彼らを先に宿屋へ収容することになりました。


 フル装備の兵士12人が護送しているので、村民たちは何事かとざわめきましたが、2台の幌馬車の中に僕やエマさんや見知らぬ男たちを見つけると、あぁ本当に移民を連れて来たんだと今度は色めき立ちました。皆さん噂では聞いてたけど、本当にこんな過疎村に移民が来るのかと半信半疑だったんでしょうね。


 エロオ雑貨店の前を通りかかった時には、予想通りベルちゃんがトランプで遊んでた店頭のテーブルから駆け寄って来たので、簡単に事情を説明してセーラさんへのメッセンジャーになってもらいました。


 ちょっとしたパレードになったメインストリートの行軍が終わり、目的地である宿屋へ入ると二日ぶりのお客たちを従業員が迎えてくれます。

 僕は受付に行き、予定通り4部屋確保されていることを支配人のフリーダに確認すると、リニューアルした綺麗な内装を見ている移民たちを集合させました。


「リックとカイの兄弟、それにゴゾとウロップの兄弟」


 返事をした4人の少年が僕の前に並んだ。

 この中でウロップだけはまだ怪我を治してないので、骨折している右手を痛そうに左手でかばっています。申し訳ないけど明日まで我慢して下さいね。


「君たちは2階の1号室、部屋番201だ。これが鍵だよ」


 真面目で責任感が強そうなリックに部屋の鍵を渡しました。

 この15歳の少年にはかなり期待してます。 

 どこか漫画の主人公ぽいキャラなので、必ず村の復興に貢献してくれるはず。


「次は、ショーとヴァンとシンラの3人」


 彼らは18歳前後で少年というより青年に近いですね。

 エマさん情報によれば、同じ村の出身なんだそうです。

 憧れた都会に来たものの、田舎者あるあるパターンで身を持ち崩した模様。


「君たちは2階の2号室、部屋番202だ。はい、鍵」


 一番しっかりしてそうに見えるシンラに鍵を渡しておきました。

 ヴァンはまだ怪我人だし、ショーはどこか天然ぽいので。


「次は、ミトゥとゼンとジンの3人」


 彼らは全員20歳で、出発前にひと騒動あった通り、同じ高校の卒業生。

 高学歴なので期待度は高い。

 信頼できる人間性だと分かれば、村の重要なポジションにつけたいところ。


「君たちは2階の3号室、部屋番203だ。鍵はこれね」


 消去法でミトゥに鍵を渡した。

 ゼンはまだ怪我を治してあげてないし、ジンはスパイ疑惑があるから。


「次は、ダンとゴドーとゴンの3人」


 僕の前におずおずと出てきた彼らは若いというか幼い。

 12歳と13歳の少年たちだ。やはり同じ村の出身らしい。

 新成人(12歳)なって集団就職のような形で港湾都市エリンに来たが、就職先がブラックだったようで怪我をしたら使い捨てにされたそうな。


「君たちは2階の4号室、部屋番204だ。これが鍵だよ」

 

 これまた消去法でダンに鍵を渡しました。

 ゴドーとゴンは重傷者に比べて怪我が軽かったのでまだ治癒してないのです。

 ただ、3人の内2人が怪我人だと辛いからゴンは直ぐに治しておこう。


「看板娘のリンダが部屋に案内してくれますから、ついて行って下さい。荷物を置いたらまたすぐ降りて食堂で昼食にしまーす」


 この異世界では女性美のモデルとされている光エルフと同じ緑色の髪を、お尻に届くまで伸ばした14歳の美少女は、笑顔でこちらですよーと愛嬌たっぷりで移民たちを2階へ先導していきました。


 その某ファミレス風の制服を着てもらってるリンダに真っ先について行き、階段を登りながら小尻とスラっとした美脚を鑑賞しているのがあのジンです。

 しかも、リンダに声をかけてナンパしてるじゃないですか。

 そして、秒でフラれるとダメだったわーとミトゥたちに軽く報告してますね。


 ─────なんか全然スパイぽくないな………ただのお調子者なんじゃ…?


 その辺どうなのと振り向いて僕の背中を守るエドガーを見たら、ちょっと困った顔をしてお手上げだというジェスチャーを返されました。


 敏腕冒険者が見極められないものを僕が分かる訳がないよね。


 そう開き直り、考えたら負けとジンを忘れて先に進む僕でした。

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