第63話 孤児院のお約束をブチ壊しました
「この中で怪我が一番ひどいのは誰ですか?」
僕の言葉の意味は分かっても、その意図が分からない移住希望者たちは、答えても大丈夫なのかと躊躇し、何人かがチラチラと視線だけで答えてくれた。
ふむ、まだ新成人(12歳)になって間が無さそうな少年ですね。
怪我は………うわっ、確かにひどい。
両足が曲がっちゃいけない方向に曲がってますよ。
「弟をどうすつもりですか?」
頭に包帯を巻いた15歳ぐらいの少年が僕の前に立ち塞がった。
エマさんが動く気配が背後でしたので、右手で制して目前の兄に話しかける。
「怪我を治してやるつもりだよ。もちろん条件付きだけど」
「……本当に弟を治療してくれるなら、俺は何でもやります!」
くっ、マリアちゃんを思い出させるようなことを言うじゃないですか。
それなら、僕の答えもあの時と同じですよ。
「いいでしょう。君と弟には町の復興のために身を粉にして働いてもらう。その代わり、君たちの怪我は僕が必ず完治させる。それでいいかな?」
「誓います。だから弟を、弟を助けて下さい!」
必死の形相で詰め寄る兄を何とか宥めて、地面に横たわっている見るも無残な弟の前に両膝をつき、背負っているリュックを下します。
そこへ、エマさんやエドガー、ビアンカ、マルテも大怪我を治すなんて安請け合いしてどうするつもりなんだと寄ってきました。
マルテの護衛兵士も僕たちと怪我人を囲むような配置を取りながら、興味津々という顔でこちらをうかがってる。その中にあのヒゲの兵隊長もいます。
兄弟以外の10人の移住希望者は、本当に治してくれるのかと祈るような顔で僕を見ています。自分たちの生死にも関わってくるのでそりゃ真剣です。
皆の注目を一身に浴びているのをヒシヒシと感じながら、僕はリュックから三角のフラスコを取り出します。中に入った黄色い液体がかなり怪しげに映る。
まぁ、ただのメローイエロー(炭酸ジュース)なんですけどね。
ともかく、それを見た周囲の人たちがザワついていますが総スルーです。
キュポンと三角フラスコのガラス蓋を外し、皆に見せつけるようにあえて高い所から不自然に曲がっている両足めがけて謎の液体を振りかけていきます。
それと同時に、レベルアップしてから初め使う魔法の呪文を唱えました。
「ハイヒール……(ボソ)」
神々しいまばゆいほどの温かい光が、弟くんの両足だけじゃなく全身を包んでいきます。怪我であればどんなものでも治癒させる奇跡の輝きは、10秒ほどで弾けるように霧散しました。
「「「「「「 あ、あああ、ああああああああああああああ!? 」」」」」」
弟くんの有り得ない方向に曲がった両足が、少しずつ人間の形に戻っていくのを目の当たりにした面々は、その感動を言葉にできずに呻くしかない………
その驚愕に目を見開いた顔が見たかった!
奇跡の全快を遂げた弟くんは感極まった兄と抱き合って泣いてます。
うんうん、この兄弟はしばらくそっとしておいてあげま────
「エロオ殿ぉぉぉおおおおお! それは一体何ですかっっっ!?!?」
奇跡の衝撃から再起動したマルテに耳元で叫ばれました。
こうなると分かってて用心してたけど、その上を行かれて鼓膜がツライです。
「何と言われても、ポーションに決まってるじゃないですか」
「おいおい、あんな完治できるかも分からない大怪我を一瞬で治しちまう特殊薬なんて、エリクサーぐらいのものだろう」
呆然自失から立ち直ったエドガーも僕の作り話にツッコんできましたね。
「エリクサーは大袈裟ですって。あれは欠損した肉体まで復活させると聞いてますよ。このポーションにそこまでの効果はありませんから」
「そんな貴重なポーションを今日会ったばかりの赤の他人に使うだなんて………あなた、正気ですの!?」
ビアンカこそ驚愕から復活した途端に人格攻撃とか正気を疑いますよ。
「彼らはもうセーラさんの大切な領民ですからね。助けるのは当たり前です」
「いやしかしですな、エリクサーではなくても明らかに特級ポーションですぞ! 末端価格でも銀貨6袋(約870万円)! それを押し付けられた移民に惜しげもなく与えるとは………間尺に合いませんぞ!」
「現時点では計算が合わないかもしれませんが、5年後、10年後にはきっとその何倍もの功績を町に残してくれてますよ」
マルテたちはまだ何か言いたそうにしてましたが、僕はまた両手でまぁまぁとジェスチャーして黙らせると、さらに彼らを驚愕させる言葉を口にしました。
「この中で、次に怪我がひどいのは誰ですか?」
二人目の重傷者をハイヒールで完治させた後、最初に治癒した重傷者の兄の頭の怪我もミドルヒールで治し、彼ら3人に他の怪我人の面倒を見るように指示しました。その移民たちは今、後ろの大型幌馬車に乗っています。
エマさんには彼らと同じ幌馬車に乗ってもらいました。
移民たちの事情聴取をしてもらうためです。
僕ではこの異世界の常識に疎くて話が噛み合いませんからね。
「いやはや、君といると退屈する暇がなくて楽しい限りだよ、エロオ君」
銀髪を短く刈り込んだ冒険者のエドガーが幌馬車の荷台から外を見ながら、ニカっと精悍な笑顔で素直な感想を述べてきました。
「そう言ってもらえると有難いです。これからすぐにもう一波乱あるので……」
「おおっ、そりゃ嬉しいね。それで今度は何が始まるのかな?」
「往路で見かけたあの孤児院ですよ」
「孤児院とは……また意表を突かれたな」
敏腕冒険者は愉快気な表情をして、それでどうするんだと目で聞いてきます。
「あの孤児院には何かトラブルが起こってるはずです。僕の商人としてのカンがそう断言してますから間違いありません」
「あそこが問題を抱えているのは、酷い外観で一目瞭然ですわね」
何が商人のカンなのです、とビアンカが呆れてツッコミを入れてきました。
「ともかくですね、僕はそのトラブルに介入します。マルテさんには孤児院に寄るように話を付けてありますから、お二人もそのつもりでお願いします」
「了解だ。何が起こるのか今から楽しみだよ」
「どうせまた厄介ごとですわ」
そんな話をしながら僕たちの幌馬車は、港湾都市エリンの城壁をまたくぐり抜けて、船着き場へ続く道を走って行きました。
そして、オンボロ孤児院に近づくと、フラグ破壊のスキルが発動した証である赤いビックリマークが依然として建物の上にあるのを目にしたのです。
「プロミスブレイカー」
幽霊屋敷のように荒れている孤児院の前に立った僕は少しだけ悩みました。
異世界のお約束なら、この孤児院は借金問題か何かで立ち退きを迫られているはずです。お約束を壊さずにそのまま介入すれば、僕はその問題を解決するように動いてしまうでしょう。同情や欲望から。
しかし、それではこの孤児院は救われてそのまま健全に運営されてしまう。
それは不味いのです。
だって僕は、この孤児院の子供たちを村に移民させたいと考えているから。
『フラグを壊しますか? <はい> <いいえ>』
という訳で、空中タッチパネルの<はい>を押しました。
お約束を壊したことで、立ち退き問題が消える可能性も大いにあります。
そうなると、村へ移民させる口実も無くなってしまいますが、そうなったらそうなったで何とかするか、何とかならなければ諦めるだけです。
頭上に見えていた赤いビックリマークが消えてフラグが折れたのを確認。
それから、孤児院の庭で遠巻きに僕たちを見ている子供たちに、お客が来たと院長に伝えてほしいと言うと、数人が走って建物の中に消えていきました。
「当院に何かご用ですか?」
立て付けの悪い両開きの木製扉から、シスター服を着た20代半ばの若い女性が出てきました。なんと手にはムチを持ってます。
「僕はクルーレの町から所用でエリンに来た行商人のエロオという者です。道中でこの孤児院をたまたま見かけたのですが、どうにもお困りのご様子。ぜひ院長と話をさせて頂けませんか。何かお力になれると思いますよ」
「貴方は何か勘違いしてるようですね。当院は何も困ってなどおりません。院長もお約束の無い方と面会するほど暇ではありませんので、お引き取り下さい」
シスターは混じりけなしの塩対応をすると踵を返して戻り始めました。
いやいやいやいや、どう見ても困窮してますよね。
今にも崩れそうな石造りのオンボロ屋敷。
子供たちも痩せてて着てるものもボロじゃないですか。
うーん、これもフラグ破壊の効果かもしれません。
まさか、助けてあげようと言ってるのに断られるとは思ってなかったですよ。
だが、まだだ。まだ諦めませんよ。
「あいやしばらく、しばらくお待ちを! せめて子供たちに何か滋養があるものをと寄進させて頂く所存です。何とぞ、院長とお引き合わせ下さい!」
僕はリュックからズッシリ重そうな巾着袋の財布を取り出して見せました。
じゃらじゃらと鳴る硬貨が擦れ合う音でシスターの足がピタリと止まる。
「寄進となれば院長から礼を言わねばなりませんね。ただし、そのような大勢で孤児たちの生活の場を荒らされても困ります。多くとも6名までです」
よしっ、第一関門クリア!
しかし、お金で転ぶとは見た目は厳格なシスターなのに意外と俗っぽいところがあるんですね。まぁそれだけ孤児院の運営が逼迫してるのでしょう。
人数制限をされたので、マルテさんには庭に止めた幌馬車で待っててと言ったんですが、この人はこの人で商人のカンが騒いだらしく、僕について行くと言って聞かないので、院長と面会するメンバー以下のようになりました。
エロオ(僕)、エマ、エドガー、ビアンカ、マルテ、ヒゲの兵隊長。
この順番でどんな秘密が潜むのか分からない孤児院に潜入して行きました。
ムチを片手に先導するシスターの後を追うのですが、オンボロ外観の孤児院の中はやっぱりオンボロでした。
エマさんや兵隊長は床板を踏み抜いてしまうのでないかと、戦々恐々としながらそっと足を運んでいます。
実際、見上げると廊下の天井が破れていて二階が見える箇所もありました。
あれはさすがに塞ぎましょうよ。子供が落ちたらどうするんですかぁ……
そんなハラハラドキドキの孤児院ツアーはすぐに終わりました。
さして広くないので、もう院長室の前に到着したのです。
「院長、寄進を申し出る旅の方をお連れしました」
「入りなさい」
────あれ? 今の院長の声、このシスターと似てましたね。
もしかして、母娘で孤児院を運営してるのかな。
この異世界に来てからやたら母娘と縁がありますよねえ。
きっと、あのウッカリ天使の陰謀だと思います。やれやれ。
それじゃあ、このシスターのマザーを拝みに行きますか。
開けられた扉から院長室へ入り、執務机から立ち上がったマザーを見た。
そして、僕は唖然として立ち尽くす。
そこには、目の前のシスターが、もう一人いた。
「わたしがこの聖メラニア孤児院の院長カメリアだ。よろしくな」
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