第62話 ロカトール(移民請負人)にイキられました

「エロオ殿、貴族のお抱え商人を知らないとは、またどういうことですか?」


 ビンゴ大会が大成功に終わった翌日、早朝から港湾都市エリンに向けて出発しました。中継地のモルザーク市で領主のセシルに仕入れの報告をしてきたマルテと再合流した僕たちは、市の中心を流れるドゥナビス河の船着き場で乗船。

 それは、男爵家自家用の木造二階建てフェリーでした。

 馬車ごと乗れるってのはちょっと驚きましたね。


 見晴らしの良い二階の席に座り、軽食をとりながら世間話を始めたのですが、ふとこれまで気になっていたことをマルテに聞いてみたら、少し驚かれてしまった次第です。


「いえ、僕の国には貴族というものがもう存在していませんから」


「貴族がいないと言いますと、自由都市のような共和制ですかな?」


「そうなりますね」


 厳密にはちょっと違うと思いますが、そういうことにしておきましょう。

 

「それでは知らずとも無理からぬことです。では、お教え致しましょう。まず、貴族というものは、商売をすることを禁じられておるのです」


「えっ? だけど………」


 その先は言えませんでした。

 セーラさんは思いっきり領地で作ったブランデーで商売してますからね。


「いえいえ、領地で生産したものを売るのは構わないのです。禁止されているのは、いわゆる『転売』と呼ばれる商行為ですな」


 安く買い叩いて高く売りつける。

 貴族の権力をもってすれば容易く実行できる。

 故に、貴族は転売を禁じられているという話でした。


「とはいえ、何事にも裏道はあるものでしてな。それが私の様なお抱え商人なのですよ。貴族は便宜を図る代わりに商人から見返りを得るという訳です」


「なるほど。あ、それじゃあ僕も……」


「お察しの通りですな。我々はてっきり、エロオ殿をセーラ様のお抱え商人だとばかり思っておりましたよ」


「あ、いや……その認識で間違っていません。僕に自覚が無かっただけです」


「それは残念ですなぁ」


 マルテは何が残念なのかは口にしないでいてくれた。

 言われても僕が困るだけですからね。

 その気遣いに感謝しながら、薄っすらと見えてきた河口に栄える港湾都市エリンに目を向けた。ここからでもモルザークですら比較にならないほど大きな街だということが分かる。これなら、移住希望者だっていることでしょう。


「しかし、この船は割とスピードが出てるのに安定していて凄いですね」


「この道20年の熟練した青魔導師が操船しておりますからな。彼女に任せておけば何も心配いりません。安心して河の眺めを楽しんで下され」


 馬車が6台は乗れそうなこのフェリーの動力は水の魔法でした。

 ウォータージェット推進ぽい感じで船を動かしてる模様。

 その気になればもっとスピードを出せるけど、河に速度制限があるので一定のスピードで揺らさずに操船するのが魔法使いの腕の見せ所だそうです。


「ナイスボート」


 思わず定番のセリフを呟いて、優雅な船旅を満喫する僕でした。




「ブレイクチャンス!」


 かなり久しぶりに見た気がしたので、フラグ破壊のスキルが発動した証である赤いビックリマークを20メートル先に発見すると思わず叫んでしまいました。


「どうしたエロオ君、急に大声を出して?」


 同じ幌馬車の荷台に乗っていた護衛の冒険者エドガーが何事だという表情を僕に向けてきます。その隣にいるビアンカも周囲を警戒しちゃってますね。

 女戦士エマだけは、小心者のエロオが野ネズミにでも驚いたんだろって感じで泰然と構えてますけど……


 数分前、僕たちは港湾都市エリンの城壁から少し離れた船着き場でフェリーから下船していました。今日は休み明けの月曜ということもあって利便性の高い船着き場は激込みになっていたからです。


 その船着き場から城壁の門に向かう護衛に囲まれた幌馬車に揺られていたのですが、街道から少し奥まった所にあるオンボロな建物の上に出たんですよ。

 自己主張の激しい真っ赤で大きなビックリマークが。

 天気が良いから側面の幌をまくり上げているので、視界は良好なんです。


「エドガーさん、あれ、あの崩れかけた建物は何ですか?」

 

 僕は荷台から身を乗り出すようにして指を突き出しました。


「あれは確か………孤児院じゃなかったかな」


 孤児院っ!?

 異世界で孤児院のお約束というと何でしたっけ……?

 あーーーっ、アレかっっっ。


 ────悪い奴らに借金をして立ち退きを強要されるイベントだ!


 しかしこれ、どうしたら良いですかねえ。

 お金ならあるから、やはり助けてあげるべきでしょうか。

 そしたら、美人のシスターと良い仲になるってのも定番ですもんね。


 でも今は、移民を引き取りに行く途中ですから、また帰り道にでも寄らせてもらいます。それまで何とかブレイクチャンスを継続していて下さいよ。




「ロドリゲス殿! これは一体どういうことでありますかっ!?」


 ランデブーポイントに設定した商業地区の第三公園に到着すると、まだロカトールの一行は来てなくて随分と待たされました。

 やっと来たかと思ったら、挨拶もそこそこに横柄な態度で「早く移民を連れて行け、とっとと金を寄こせ」とイキり倒してきやがりました。


 しかも、連れて来た12人の移住希望者がすべて『怪我人』でしたよ!


 という訳で、マルテが激おこな訳です。

 もちろん僕だって心の中では「よろしい、ならば戦争だ」と叫んでますよ。

 こっちはセーラさんの領地が滅ぶかどうかの瀬戸際なんですから。


「どういうことも何もあるまい。こちらはお前たちの要望通りの人間を用意した。12歳から20歳までの男を12人、病気は持ってない、少々の怪我なら不問という条件に全て合致している。文句があるなら出る所に出ても良いぞ!」


「どこが少々の怪我なのですか!? 全員、大怪我をしていて満足に動けない有り様ですぞ! これでまだ開き直るおつもりかっ!」 


「どの程度を少々の怪我とするかは見解の相違だな。お前があれを大怪我と言い張って取引をブチ壊すというのなら、違約金を置いてとっとと帰れ!」


「それはこちらの台詞ですぞ! 条件に合う移民を今すぐ連れて来るか、違約金を払ってとっとと失せるがいい!」


 二人は互いに罵り合い、そのまましばらく不毛な睨み合いが続きました。

 こちらの護衛と向こうの護衛もやれやれという感じで警戒し合います。


「エマさん、もし乱闘になったら勝てますか?」


「向こうが見たまんまの戦力なら楽勝だね」


 女戦士は不敵な笑みで勝利を請け負ってくれました。頼もしいです。


「周囲の茂みや木陰に伏兵はいないようだ」


 エドガーも敏腕冒険者らしく既に索敵を終えていた模様。


「まぁ、問題は勝った後のことですわね」


 ですよねー。

 あのロドリゲスとかいうロカトールは、あんなでも港湾都市エリンを治める伯爵の紹介でこの仕事を受けているんだとか。

 そんなのと本格的な揉め事になったらマルテも後ろ盾の男爵家もヤバイ。

 仕方ないから、適当な落し所を提案してきましょう。


「まぁまぁお二人とも、ここはお互い少しだけ譲歩することにしませんか」


 一触即発の商人とロカトールの間にしれっと割って入りました。


「はぁ? 誰だお前は?」


「僕は移民を求める町の代理人でエロオと申します。ここで不毛なケンカ別れをしても誰も得をしませんから、そろそろ現実的な交渉を始めましょう」


「とはいえエロオ殿、このような怪我人を引き取っても町の財政を圧迫するだけで、何も得るものはありませんぞ。つまり交渉の余地などないのですよ」


「仮にこのまま取引がもの別れになった場合、怪我人の彼らの行く末はどんなものになるのですか?」


「恐らく、借金奴隷落ちでしょうな。そこの腹黒ロカトールが奴隷商に売り払って厄介払いするでしょうから」


「余計なお世話だ。エロオとやら、奴らを気の毒に思うなら、予定通りお前が引き取れば良いだけのことだ」


「奴隷商に売った場合は、一人いくらぐらいになりますかね」


「あのような状態では、銀貨1枚もらえれば御の字でしょう。買い取ってくれるかすら怪しいもんですぞ」


「なるほど。状況は理解できました。ロドリゲスさん、僕は奴隷商の3倍、ひとり銀貨3枚で引き取りましょう」


「笑えん冗談だ。最初に交渉した通り、ひとり金貨1枚(=銀貨12枚)払ってもらおう。そうでなければ移民は渡せないな」


「良いのですか? こちらが譲歩しているのに、あなたが交渉にすら応じず取引がご破算になったら、紹介した伯爵のメンツを潰すことになりますよ」


「そうですぞ! 我々はしかるべく報告して抗議しますからな!」


「フン、威勢だけは立派だな。まぁ俺もトロルではない。お前たちの苦しい立場を哀れんで、銀貨9枚に負けてやろう。感謝するがいい」


「適正価格の9倍というのは如何なものでしょう。後で問題になった時に、やり玉に上がるのではないですか。まぁ、あなたも立場があるでしょうから、銀貨4枚、適正価格の4倍で引き取ります。これが最後のチャンスですよ」


「何か勘違いしているようだな。こちらは無理に移民を引き渡すつもりはない。それにこの俺が譲歩してやったのに、突っぱねて取引を台無しにしたのはお前だ!」


「それこそ見解の相違ですね。ただ、このマルテさんと事を構えるのは得策じゃありませんよ。伯爵から怒られるだけでは済まないでしょうねえ……」


「………どういう意味だ?」


「おや、ご存じない。今、王都でも話題になっているガラスペンを一手に扱っているのがこのマルテさんなのですよ。伯爵家からも矢のような催促が来てるそうですが、あなたのせいで………ダメになるかもしれませんね」


 マルテの方を見て、乗って来いと大袈裟にウインクしました。


「そ、そうですな。ガラスペンを欲しがる上客は山ほどおりますから、ここまで侮辱されては、私も伯爵家との取引を考え直させて頂くほかありませんぞ!」


「ぐぬぬぅ………」


 これまで余裕ぶっていたロドリゲスが顔を真っ赤にして脂汗を流してます。

 ただ、あまり追い詰めるのは不味いかもしれません。

 自棄になって、僕たちを抹殺して闇に葬ろうとかしそうですもん。

 プライドが山より高そうな男なんで何するか分かったもんじゃないですよ。


「まぁ僕もオーガではありません。ロドリゲスさんの苦しい立場を慮って、銀貨6枚にしてあげましょう。適正価格の6倍ですよ。これならあなたも十分に面目が立つはずです。泣くのは私ひとりだけで構いませんよ」


「エロオ殿! それは余りにも譲歩しすぎですぞ!」


「良いんですよ。少々の怪我は不問にするという条件を出したのは僕ですからね。曖昧な要求を出した僕ひとりがペナルティを負います」


「まったくだ。お前が取引きを混乱させた原因なのだから責任を負うのは当然だろう。今回は銀貨6枚で移民は引き渡してやる。今後は気を付けることだな」


 捨て台詞を吐いたロドリゲスは、僕から金貨6枚(=銀貨72枚)を受け取ると逃げるように去って行きました。

 後には僕たちと、ロカトールの幌馬車から降ろされて地面で痛みに唸っていた12人の怪我人が残されました。わりと地獄絵図ですね。


「エロオ殿………本当にこれで良かったのですか?」


「まったくだよ。いくら可哀相だからって大怪我してる奴を12人も連れて帰ったら大変なことになるじゃないか。誰が面倒をみるっていうんだい?」


「俺が口を挟むことじゃないが、エマの言う通りだと思うぞ。君に金があっても、あの村では怪我人を治療する診療所も人手もないだろう」


「本当に甘ちゃんですわね。世の中、同情だけではどうにもなりませんのよ」


 皆さんのご意見ご心配、真にごもっとも!

 でもね、僕には僕の勝算があるのですよ。

 まぁまぁちょっと見ていて下さいと両手でジェスチャーしてマルテたちを黙らせると、僕は怪我人たちの中心に歩いて行きます。

 

 さて、この場にいる全員をビックリ仰天させてやるとしますか。


 たとえ怪我人だろうと移民を連れ帰ることに誰にも文句は言わせません。


 僕は痛みと絶望に震える移住希望者たちにニッコリと話しかけました。 



「この中で怪我が一番ひどいのは誰ですか?」

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