第5話 ヒステリックなママに叱られました
「……また…君か………君だったのかっ!?」
自転車にまたがったまま転送された異世界で僕が見た人物。
それは、2週間前に用もなく試しに召喚してみただけの少女アナベルだった。
想定外とは言わないけど、かなり驚かされたのは事実だよ。
いくら子供だからって、人の迷惑を考えないにも程があるだろー。
───ダダダダダッ、ドッスーーーン!!
アナベルに猛ダッシュから猛タックルされた。
ヒョロイ僕はたまらずドガッシャーンと自転車ごと倒れる。
「イタタタ…あれ? またキミなの……やっと成功したのに酷いよー」
「それはこっちの台詞だよ。どういうことか説明してくれる?」
アナベルが早口でまくし立てた話をまとめるとこんな感じだった。
あの夜、家を抜け出したのがバレて空き家で召喚に成功したのをゲロった。
でもママは信じてくれない。翌朝、ミュウたちにも証言してもらうと、信用できるミュウの言うことならとママの立会いのもと、また召喚を行った。
だが失敗。時間や日を改めたりママが試したりしたけど全て失敗した。
村がいろいろ大変な時期だっただけに、村長であるママは激怒。
その後もずっとヒス状態にあるらしい。
────だから、なんとしても召喚を成功させてママに会わせないと!
「だけど、なんの取り柄もないお兄さんを連れていってもなぁ……」
「なんの取り柄も無くて悪かったね。役立たずは消えるから、さっさと元の世界に返してくれるかな」
「んんん……お兄さん、アレってもしかしてパンなの?」
ママチャリが倒れた衝撃でレジ袋も前かごから床に落ち、そのレジ袋からザキヤマの6個入ミニチョコパンが飛び出していた。
「そうだよ」
「1個ちょーだい! お仕置きでご飯減らされてお腹空いてるんだよー」
お兄さんのせいだからねと顔芸で非難されたのは納得いかないけど、子供がお腹を空かせてるのは忍びない。
僕はビニール袋を破ってチョコパンを一つ差し出した。
「ンマーーーイ!」
アナベルが良い笑顔で絶賛する。メチャクチャ美味しかったみたいだ。
この世界にはまだチョコレートがないんだろうな。
というか、砂糖自体が希少品で甘味に飢えてるのかのしれない。
「なにこれ!? スゴイじゃないか! こんなの持ってるなんて、お兄さん全然フツーの人じゃないよ!」
「ミニチョコパン一つでその評価は大袈裟だよ」
「こうしちゃいられない! 直ぐにママに会わせなくちゃ!」
アナベルは床に落ちたレジ袋を拾い上げると、僕の手を引いて走り始めた。
「ちょっと待って……あの自転車は大事な資産なんだ。置いていけないよ」
「そんな鉄の塊を運んでるヒマはないんだ!」
「いや、運ぶのは僕じゃなくて自転車が僕を運んで────」
僕の言葉など完全にスルーしてアナベルは石造りの家から僕を引きずり出すと、そのまま自宅まで走って行く。
もちろん、腕をしっかり掴まれていた僕も走らされたわけです。
「ママー! 召喚成功したよ! 異世界のお兄さんを連れて来たよ!」
町というより明らかに農村という風景の中を2分ちょい走った先に、周りの家よりも大きい石造りの二階建ての家というか、屋敷があった。
アナベルは迷わずその家に入って大声で戦果を報告すると、玄関から少し歩いた所にある扉の中へ僕を連れて行った。
おおぅ、かなり広い。応接間と執務室が一緒になったような趣だね。
中央に応接セットがあって、その奥には木製の重厚な大机が鎮座している。
その机の椅子にはアラサーらしき女性が座って驚きに目を見開いていた。
「この人が異世界から来た、えっと……エロオだよ!」
マイペースなアナベルは大机の前まで僕を引き連れて、雑な紹介をした。
この前、エロオじゃなくてヘイロオだと言ったばかりなのに。まったく。
「こっちへいらっしゃいベル! 良いから早く来なさい!」
ちゃんと自己紹介しようとした僕と不満を言いたげなアナベルをピシャリと制してママさんが叫ぶように命令した。
アナベルは渋々と大机を回り込み母親の隣に立つ。
不審者(僕)を睨みつけながら娘を片手で後ろに下がらせたママさんは、今度は僕に距離を取るように命じる。
「まずは、後ろのソファーに座って頂きましょうか」
有無を言わせぬ静かな迫力に押された僕は素直に従った。
するとママさんは、僕に見せつけるように大机の後ろの壁に掛けられた剣を手に取り、仁王立ちといった風情で威圧してくる。
「貴方の素性を明かしなさい」
「地球という異世界から召喚された、
「召喚などという奇術は、私自身が検証して既に否定されています!」
「嘘じゃないよ! 本当にエロオはボクが───」
「貴方は黙ってなさい!」
「……はーい」
ヒステリックな叱責と氷槍のようなひと睨みでアナベルは沈黙した。
普段は自由奔放なのに、よほどこのママさんが怖いとみえる。
しかし、まいったな。
はなから召喚を信じてくれないんじゃ、どうにもならないよ。
「ともかくですね、僕はあなたの娘さんに呼ばれて来ただけなんです。決して怪しい者じゃありません。人畜無害なのでどうか安心して下さい」
そして、その物騒な剣を手から離してくれませんかね。心臓に悪いから。
「娘が連れて来たというのは事実なのでしょう。ですが、貴方はそんな無知で警戒心の無い娘を利用したのです! さあ、何を企んでいるのか白状なさい!」
えぇぇ……ダメだこりゃ。
思い込みが激しいのか、完全に陰謀論にハマってますよ。
こうなると、何かこの人が納得するような話をでっち上げるしかないですね。
「断じて悪だくみなどはしていませんが、聞いて頂きたいご提案はあります」
「やはり下心がありましたのね! まぁ聞くだけは聞いてあげましょう」
よしっ、喰い付いた!
自分の読みが当たったと勘違いしたママさんは、まだ警戒しつつも満足気な顔をしています。そして、私は騙されませんよと視線で通告してきた。
「僕は行商人をやっています。珍しい品をたくさん扱っていますので、是非ここの皆様にもお買い求め頂ければと願っている次第です」
「貴方が行商人ですって……それでは商業ギルドの許可証をお見せなさい」
「そ、それは………まだ、持っておりません」
「呆気なく化けの皮が剥がれましたわね!」
「いや、まだ準備段階だったのに、娘さんに無理やり連れて来られたからですよ。これからギルドへ登録しに行くつもりだったのです」
「フン、未成年の娘に責任を押し付けるなんて恥を知りなさい。そもそも、行商人と言いながら、商品を何一つ持っていないのはどういうことなのですか!?」
「商品ならあなたの娘さんに奪われましたけど」
「なっ……!?」
ヒステリーなママさんは振り返ってやっと気付いたようだ。
斜め後ろに立つアナベルが持っている見慣れないスーパーのレジ袋を。
いつの間にか僕から奪っていたミニチョコパンの残りを、愛娘がこっそりとつまみ食いしていたことを。
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