無職、回想録

 ……頭痛っ。ここは何処だ? 薄暗いけど、えらい広い部屋だってことくらいは分かる。けどなんだかグラグラしてるし……分からん。

 どう見たって現代に帰ってきたって感じではないみたいだけど誘拐、って訳じゃないよな? 俺みたいな貧乏人を攫うメリットはないし、奴隷にするってのなら酒場のおばちゃんから聞いたジョネト人って連中が最適だって聞くし……というか、ジョネト人以外は奴隷としての価値は殆どないらしいし。

 俺は見たことないけど曰く、ジョネト人は魔物って呼ばれる生き物と体の一部が繋がった人種らしく、それ故に力が強く、体力もあるから奴隷として最適だという。

 ともあれ、そんなわけだから奴隷として誘拐されたわけじゃない……なら、どうして俺はここにいる?という疑問が残る。

 ……とりあえず、外に出てみるかぁ。あの扉から自由に出られるみたいだし、そこで話を聞けば何か分かるかもしれない。


「いだっ!?」

「へっ!? す、すんません!」


 うわ、誰か踏んだ。薄暗くてよく分からなかったけど、どうやらこの部屋には俺の他にも人がいるらしい。

 踏んだ人はいらいらとしながらも気をつけろ、とだけ俺に言うと腕を枕にしてもう一度、寝始めた……随分とバイタリティに溢れてやがる、もしかして一度、この状況を経験済み……とかじゃないよな?

 異世界とは言え、流石にこんな状況に二度も三度も遭遇するとは考えられない。

 とにかく、足元に気をつけながら外に出よう。


「失礼しまーす……」


 何とか扉までたどり着き、恐る恐る開けてみれば、そこは火もないのに薄明りに照らされている廊下だった。

 これ、所謂魔法って奴か? 実物は見たことないが(またか)、酒場のおばちゃん曰く、この世界には魔法ってものが存在していて火を放って敵を攻撃したり、夜の闇をまるで真昼のように照らしたりと色々と出来るらしい。

 真昼には程遠いが、ランタンや松明がないというのに辺りを照らすくらいには明るいこれは間違いなく、魔法によるものだろう。

 ……もしかして俺、魔法使いの実験材料として売られた? いやいや、まさかそんなことは。


「あ! 起きてたんだ!」

「ひういっ!?」


 突然、話しかけられて変な声が出てしまった。

 声のした方へ視線を向ければ、そこにいたのは随分とラフな格好な女の子が一人。肩には束ねられたロープを掛けていて、髪をバンダナで纏めている。


「あはは! 変な声ー。もしかして君、この仕事初めて?」

「し、仕事すか? え、どういうこと?」

「あー……もしかして君、目が覚めたらここにいた感じ?」


 こくり、と首を縦に振る。


「そりゃあお気の毒に。ここは商船グランパス号だよ! 私達はこれから新大陸に行って奴隷を買い込むの、分かった?」

「いや!? 全然意味が分からないんですけど!? え、商船? 奴隷!? な、なんで俺こんなところに連れてこられたの!? そ、そういう仕事は向いてないと思うので今すぐ降ろして……」

「無理無理、もう港から出航して半日は経ってるから。君はこのまま新大陸までの長い航海に付き合ってもらいます!」


 そんな快活な笑顔を見せられても困るんですけどぉ!?

 え、なんで? 範日経ったって……俺、どんだけ寝てたの? てか、どうしてこんなところに俺はいるのぉ!?

 突然の状況に項垂れていると、彼女はけらけらと笑いながら。


「君、眠る前に何か食べ物貰わなかった? 古いパンとか、かびた干し肉とか」

「……サンドイッチを一切れ貰いましたけど」

「あ、じゃあ確定だね! 君、睡眠薬盛られて水夫として売られたよ。サンドイッチに睡眠薬を混ぜるの、カタールの大釜の女将さんがよく使う手口だし」


 ……カタールの大釜、そういやあのお店、そんな名前だったなぁ。

 成る程成る程、人の良さそうなあの笑みも、俺の悩みに真摯に答えてくれたあの態度も、全ては俺を水夫として売り飛ばす為の算段だったのかぁ。


「ふざけんじゃねぇ!!」

「うわ、こわー……自業自得なのにここまでキレてる人、久しぶりに見た」


 うっせーよ!? こちとらまともな飯も食えずに漸くありついた飯が睡眠薬のサンドイッチだったんだぞ!?

 しかも、あの優しそうな姿は全部、俺を売り飛ばす為の算段だったなんてさー! もう人のこと信じられねぇったりゃありゃしねぇ!!


「あはは、まぁこれも人生経験ってことで割り切りなよ。きて、船の中案内したげる」


 ……腐ってても仕方ないかぁ、小さく溜め息をつきながら俺は立ち上がり、女に付いていく。

 船の中は案外広いようで廊下は両手を広げられるくらいには広く、大体10m感覚で左右に扉があり、8枚ほどの扉を(俺が出てきた扉も合わせれば10枚)横切れば階段が見えてきた。


「ここが船の最下層、主に買った奴隷の住居スペースね。今は君がいた部屋みたいに空っぽだけど新大陸に着くころには奴隷用の部屋を作る予定」

「上は何があるんだ?」

「一番上は甲板、その間が食糧庫とか高級船員の為の部屋、キッチンに奴隷以外の商品置き場、それに医療室とか色々」

「高級船員達の部屋……? なぁ俺達の部屋は何処にあるんだ? まさか奴隷達と一緒って訳じゃないよな?」

「あはは、まーさか。私達に部屋なんてあるわけないでしょー? 奴隷が詰め込まれる前は最下層の部屋使ってもいいだろうけど、詰め込まれたら甲板なりその辺の廊下なり好きな所で寝ていいんだよ」


 船員のプライバシーは0ですかい。

 まぁ魔法とかファンタジーの要素はあるわけだけど、文明レベルは中世辺りなわけだしね。人権とか期待した俺が馬鹿だったわ。


「とりあえず甲板長に紹介するから付いてきてー。君、船仕事初めてみたいだし、仕事に関わる人の顔とか覚えておかないと大変だよ?」

「ん、気を付ける」


 とりあえず港へ帰れない以上、船の仕事はしなくちゃいけない。

 マイナス思考になりそうなことは考えないで、まずは仕事を覚えないと。話はそれからだ。

 踊り場を2つ超えて、俺は船の一番上……甲板へと繋がるドアの前まで辿り着いた。息を軽く整えて。


「ささ! ここが君の職場だよ! 一緒に目いっぱい働こ」


 ドアを開けて甲板へ彼女が一歩踏み込んだ瞬間。


「大砲がそっち行ったぞぉぉぉ! 気をつけろォ!!」

「ねぶべぇえ」


 ドアの前を横切る鉄の塊に彼女は引かれて肉の塊となった。

 鉄の塊は彼女の肉を引き釣りながらドアを破壊し、甲板のあちこちを赤色に染めて、漸く動きが止まったかと思えば甲板のあちこちに肉の塊が広がり、その死の香りに俺は思わず吐き気を催し。


「ぼええぇぇええ!」


 空っぽの胃の中身を吐き出した。

 胃液しか吐き出さないが、それでも吐き気は止まらず、地面へ視線を向ければ、そこには先ほどまで俺と会話していただろう唇の破片と半分ほど潰されている瞳と目が合った。


「うぶぅ……」


 ヤバい、また吐き気が……。

 堪らず、吐こうとすれば誰かに肩を叩かれて。


「おい、それ以上、甲板を汚すんじゃねぇ。吐くならあっちで吐きな」


 そう告げた誰かは海の方を指を指す。

 声の主へ視線を向ければ、その人は身長が俺よりも頭一つ分は高く、三角帽子を被っており、副葬からして身分の高いものだと理解できた。


「小僧、船での仕事は初めてか? なら早い内に理解しときな、俺達の仕事は想像している以上にずっと死に近い。それこそ運ぶ商品よりもずっとな」

「で……でも、こう簡単に人死ぬなんて……」


 俺の問いに彼はけらけらと笑いながら。


「人間なんて遅かれ早かれ死ぬものさ! 大事なのはどう死んだかよりもどう生きたかだ! 記憶に残るような男になりな!」

「それ答えになって……いたっ!」


 つ、強く肩叩きすぎだろ。

 思わず声に出てしまったけど、男は何が楽しいのか口を大きく開けて笑い。


「男に答えなんて必要ないのさ! 俺はクリストフォロス・ソンオグツ。この船、グランパス号の船長の1人さ! 気軽にクリストファー船長って呼びな、小僧!」


 やっぱり偉い人だったか。というか、船長の1人ってどういうことだ? まさか言葉通り、船長が2人3人いるわけじゃないだろうし、副船長がいるとかそんなところか。

 いや、そんなことよりも自己紹介がまだだったな。ともかく、俺は自己紹介が遅れたことを謝って自分の名前を名乗り、頭を軽く下げた。


「珍しい名前だな、東方の出か? まぁいい、共に旅をする仲間だ、よろしく頼むぜ!」

「……よろしくお願いします」


 吐き気を抑えながら、俺は言葉を返す。

 ……何というか、強制的とはいえ人の死がとんでもなく軽い職場に付いてしまったな。

 船長の後ろで死んだあの子の死体を水夫達が海に投げ捨てているし……うん、早く慣れた方がいいな、これは。

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