睡蓮…










ミドリ「美亜みあ、少しここで待っていてもらってもいいかい?」






みどりさんの言葉に頷いて

歩いていた足を止めると

振り返る事なく奥の間のある建物へと歩いていく

数人の背中を見送った…






ミドリ「アソコは身内だけだと決まっているんだ」







1年前の…

結婚の挨拶に訪れた時にそう言われ…




2ヶ月前に式を上げて…

戸籍も…名前も…

住む場所も変わったというのに

私はまだ…身内ではないらしい…






( ・・・・別に…構わない… )






少し引っかかる部分はあっても…

大して気に留めてはいなかった…





私が嫁いだ相手は

由緒ある茶道の家系で…

翠さんはそこの次男だった…





至って普通の

サラリーマンの家庭で育った私が

本来なら嫁げる相手でもなく…





たまたまの…縁だった…






私が勤めていた着物屋に

雨で汚れてしまった足袋のかえを

たまたま…本当に偶然…

買いに立ち寄ったのがきっかけだった…





本来ならあの店に買いに来る様な事はなくて…

いつもは取引のある

正式な老舗のお店から買っていたから

あの日、出会ったのは…たまたまだった…







義父「相澤着物…聞いた事もないな…」







初めて挨拶をしたあの日…

明らかにお義父さんは眉を寄せていて

私自身への不満が感じ取れた…





でも…

それも別に気に留めていなかった…






そうなる事は分かっていたし…

翠さんは次男だから

この五十嵐家の正式な跡取りではない…






住んでいるのも

少し離れた場所にあるマンションで

こんな扱いを受けるのも年に数回だけだと

割り切れている部分があるから…






数回目となる蓮の池を眺めた所で

特に心動くものもなく…





地面にある丸い石飾りが

蓮の池の奥へと続いていて…

ただの…気まぐれだった…






チラッと奥の間のある方へと顔を向け

当分は出て来ないだろうと思い

丸い石飾りに足を一歩踏み出してみると

スタスタと不思議な位に軽く…





奥の池へと歩いて行くと

変わり映えのしない蓮が浮かんでいるだけの世界に

「なんだ…」と小さく呟いた…







特別な何かを期待していたわけではないが

蓮以外の物でもあるのかと思っていたから

少し肩を落として戻ろうと体の向きを変えた瞬間

「まだだよ」と低く…少しだけ掠れた様な

ハスキーな若い青年の声が聞こえ…






「・・・・ッ…」







チョロチョロと…

流れる水の音しか聞こえない…

少し霧がかったこの場所に…

とても…似つかわしくない男の子が立っていた






レン「もう少し奥だよ」






「・・・へ…」







広い蓮の池や…

ししおどしのある…

この庭に…





私以上に似つかわしくないこの青年の髪は

金色に染められているし…

安そうなリング状のシルバーのピアスをつけていて…

至って普通の…高校生に見えるけれど…






レン「この池の本命は奥だよ?」






「・・・・・・」







スッ…と横に伸びている

切れ長な目は…大きくて…

鼻筋や頬骨は…怖い位にスッキリとしていて…






( ・・・まるで…彫刻みたいだ… )






髪も…服も…

決して、この五十嵐家に相応しくないけれど

なぜか…彼が誰だか直ぐに分かった…







「・・・れん…君?」






レン「あれ…俺の事知ってるって事は

   面接に来た家政婦じゃないんだね?」







彼の風貌にだいぶ驚いていたけれど

私を家政婦だと勘違いしているんだと分かり

「翠さんの…嫁です…」と小さく答えた





アナタの義理の姉ですなんて

言える立場にない私は目線をそらしたまま

「初めまして」と挨拶をすると

「ふーん…」とあまり興味のなさそうな声が返ってきて…







レン「まっ…いいや!

  とりあえず奥だよ!奥!」







兄の奥さんだと知っても

態度や言葉遣いを変えるつもりはないらしく

私の肩を後ろから押しながら

どんどん奥へと案内していく蓮君に

「いつ…戻ったの?」と問いかけた






蓮君は19歳で…

翠さんの弟で…

この五十嵐家の三男だ…






高校を卒業した後

アメリカに留学していると聞いていて…

私達の式にも…現れなかった…







レン「んー…数日前?

  あっ!結婚おめでとう!笑」







「・・・どうも…」







三ヶ日を過ぎて…

まるで新年の挨拶を言い忘れてたみたいに

結婚の祝いの言葉を言われても

あまり嬉しくなく…

彼も…私を身内だとは思っていないのかなと思った…









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