I Promise

ソメイヨシノ

0.贈り物

0. 贈り物



まるで疾風みたいな動きだった——。

小さな癖に全身に闘気を纏い、瞳は爛々と銀光を放ち、牙を剥き出すように威嚇し、唸る。

喉が鳴っている——。

小さく細い腕が、筋肉で覆われた男の体を平然と貫き、当然と心臓を抉り出す。

引き千切られ、小さな手の中にあるのに、心臓はドクドクと、まだ生きていると拍動している。

だが、グシャリと握り潰され、まるで熟れた果実が汁を飛び散らすような血飛沫。

そっと手を広げて見ると、真っ赤な血に浮く肉の破片が指と指の間からヌルリと零れ落ちた。

頬に飛んだ血と肉を旨そうにペロリと舐め、手の平、指の間と丁寧に舐める——。

恐怖が全身を支配した所為か、それとも迫り来る死を悟った諦めか、少年は立ち尽し、食い入るように見つめていた。

目の前で母が狂った声を上げ、泣き叫ぶのを眺めていた。

容易く悲鳴を上げる母の肘が外側へ、皮を突き破って飛び出している。

千切れた血管から鮮血が弾ける。

棚から、カタンと転がり落ちたピエロのオルゴール。

メロディが流れる——。

壁にはベッタリと血糊が付着し、床は潰れた内臓と血塊が赤い海を創って行く。

オルゴールのメロディは、ある有名な音楽家のETUDE、『贈り物』という曲。

優しく柔らかい音色で、光景とはまるで逆。

ゴロンと転がる母親の首。

父親のライフルをもきかない生物に、小さな少年に何が残され、何が出来ようか——。

その時、虚ろな少年の瞳に手が映った。

「——大丈夫か?」

見ると、赤髪の男が手を差し伸べている。

美しい月のようなブルーシルバーの瞳をしている。

男は少年に美しいソードを渡した。

少年は縋るままにソードを抱き締め、まだ差し伸べられている男の手を握り締めた。

少年のブラウンの瞳が一瞬、ブルーシルバーに輝いて見える——。

オルゴールの音色は、ゆっくりと止まった。

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