第12話 望んでいたのは

 影野さんと同じグループで走る。隣のレーンに影野さんがいるからか、久しぶりの全国だからか、今まで以上の高揚感を感じた。ここが全てを出し切れる唯一の場所。


 『on your marks』


ずっと望んでいたのは、


 『set』パンッ!


全力でライバルたちと走れる、この場所だ。



 影野さんとほぼ同時にゴールラインを越えた。息も整わないままスクリーンに映される結果を待った。思考を占めるのはたった二文字。怖い。


    第1位  朝霞 蓮  11.65

    第2位  影野 泉樺 11.74

 


 蓮に駆け寄った雅は、驚きで目を見張った。感情を滅多に顔に出さない蓮が、泣いている。蓮がどれだけギリギリで耐えてきたか、ずっと近くで見ていた雅は知っている。今日この日のためにコーチに止められるスレスレのメニューをこなし、発散できない怒りを溜め続けていた蓮。


 「蓮? 大丈夫? おめでとう。」

どうして泣いてるかなんて、きっと自分でも分かってないんだろうな、と思いながらも雅は尋ねた。1位になれたこと、やっと大会に出ることが出来たこと、影野ちゃんに勝てたこと、全部が混ざって今の蓮の涙になっている。じっと雅にみられているのがわかったのか、蓮はゴシゴシと乱暴に涙をぬぐいながら、


「大丈夫だよ。これは汗だから。」


と答えた。見え見えのウソだった。でも、これが今の蓮の精一杯の強がり。

 それが分かっている雅はもう何も言わなかった。私の隣では弱い所を出してくれたっていいのに、という不満を感じてはいたけれど。

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