むさん

カナデ

体験者1 山下龍樹

 デート当日。心を弾ませ集合時間よりも早くついてしまった。今日の予定を確認しながら彼女を待つことにしよう。お揃いのアクセサリーを買って、おしゃれなレストランでお昼を食べて、それから……。気がつくと集合時間になっていた。彼女はまだ来ない。準備に手間取っているのかな?連絡したくてしょうがなかったが、ここはグッと堪えて彼女を到着を待つ。男はじっと待つことも大事だろう、と自分自身に言い聞かせながら近くのベンチに座る。1時間が経った。流石に彼女のことが心配になる。起きてる?何してるの?チャットアプリで彼女と連絡を取ろうとするも向こうからの連絡がない。既読もつかない。だんだんと彼女のことが心配になってきた。連絡を入れてから30分後、突然僕の携帯が鳴った。彼女の携帯からだ。慌てて電話をとる。

「もしもし、大丈夫?何かあったの?今どこにいる?」

兎にも角にも彼女の声が聞きたい、しかしその願いは簡単にも潰えてしまった。「龍樹くんの携帯であってますか?」

彼女の母親と名乗る人が電話に出ていた。さらにこう続けた。

「亜美がね、交通事故にあったの。」

僕は言葉を失った。亜美が交通事故にあった?どうして。どうして亜美が事故に遭わなければいけないんだ。頭が真っ白になっていく感覚がわかる。電話が終わると亜美とのチャットに病院と思わしき場所の住所と写真が送られていた。おぼつかない足取りでその病院へ向かった。

 病院に着くと、受付付近に亜美の父親がいた。彼についてくるように言われ亜美のいる部屋に案内された。ここから先は何も覚えていない。亜美が死んだ、それだけが僕に押し寄せてきて他のことを考える余裕なんてありもしなかった。気がつくと自室のベッドに横たわっていて、机の上には片手で持つには少し大きぐらいのサイズの可愛い箱が置かれていた。直感で分かった、これは亜美の遺品なのだと。その中に手帳のようなものも入れられていた。日記だ。最初の日付は僕とあみが付き合い始めた日。毎日日記をつけていたみたいだ。一緒にここへ行った、映画を見に行った、僕の家で勉強会、お弁当交換したこと。特別なこともたわいもないことも、ずっと書き綴られていた。あぁ、もうこの日々は訪れないんだと思うと自然と涙が溢れる。枯れるほど泣いたあと、ふともう一度箱の方へ目をやると、「誕おめ!」と書かれた小洒落た紙袋があることに気がついた。昨日は僕の誕生日だった。それに合わせて買っていたものだろう。この中に入っているということはご両親が遺品をまとめるときにこの箱へ入れたのだろうか。袋の中にはペアブレスレット。メタリックな部分に可愛らしい猫が掘られていて、二つ合わせると猫のしっぽでハートを作っているように見えるとても可愛らしいデザインのものだ。心が締め付けられる感覚に陥り、体の力が抜けていく。

「二度と揃わなくなっちゃったじゃん……。」

 湧き出てくる全ての感情を押し殺すような声で呟いた。


「龍樹先輩!今度の土曜日なんすけど、合コン行かないっすか?きてくれるとすげー助かるんすよ!」

「うーん、ごめん。僕は行かないかな。他の人誘ってみて。」

「えー、先輩いつも断るじゃないっすか。いいじゃないすか一回ぐらい。可愛い後輩を助けると思って!お願いします!」

「い・や・だ!そもそも興味ないし。」

「先輩ノリ悪いっすよー。あ、もしかしてそのブレスレットと関係してるんすか?それずっとつけてるっすよね。まさか。すでに彼女いるんすか!?」

「そういうことにしておいて。じゃあ僕はそろそろ帰るから。」

あれからあっという間に2年の時が過ぎた。今でも僕はあの日彼女の手からもらうはずだったペアブレスレットをつけている。ついとなるブレスレットをつける人は二度と現れない、しかしそれでいいとおもっている。

「そうだ先輩、最近この辺何かと物騒っすから気をつけてくださいっすよ。先輩が神隠しにあったとか洒落にならないっすからね。」

僕が住んでいるここK市では『神隠し』と呼ばれる怪現象が発生している。人が突然行方不明になる怪現象である。基本3日から5日ほどすると見つかるので実害はあまりないと言われているが、まれに息も絶え絶えの状態で発見されそのまま息を引き取ってしまうことがあるK市で起こっている未解明の現象である。科学文明が発展した現代でそのような超自然的現象起こるはずがない。誰かが誘拐して、その中で気に入らないものを死ぬギリギリまでいたぶって捨てているのだろうと僕は考えている。

「そんなものあるわけないでしょ。それじゃ、合コン楽しんで。」

家に帰っても特にこれといって何かすることもない、かといって大学に残っていてもやることはない。疲れたしこのまま帰って寝てしまおう。いつもの帰りの時間の電車に乗り、いつもの駅で下車。そしていつもの道を歩いて家に帰り着く。何も変わらない僕の1日。これが卒業しても、就職しても変わることはないだろう。駅を降りてすぐのこの場所、この時間はいつもたくさんの人で溢れている。僕みたいに家に帰るつ中の人。そのためにバスを待つ人、今から飲みに行く人たち、死んだような顔をした人たち。とにかくいろんな人がいる。今日も変わらずいつもの道を通って帰っていた。はずだった。遠くに見えるある人が、記憶に残っている亜美の姿そのままの誰かがいるのだから。彼女がここにいる、そんなことは絶対にない。僕はこの目で彼女が亡くなったことを確認した。でも向こうには彼女がいる、他人のそら似でも見間違えなのかもしれない。それでも彼女を追いかけなければならない気がしてきた。このタイミングを逃すともう二度と会えないかもしれないと感じた。彼女がすぐ近くの路地に入っていくのを確認して、急いでその路地へ向かった。路地についても人の姿はおろか、人の気配すら感じない。やはり僕が見た彼女は僕が勝手に作った想像なのだろうか。それはそれで気持ちが悪いのだがひとまず置いておこう。人気のないその路地を進んでいく。どのくらい時間が経ったのだろう。亜美によく似た女性は僕が無意識に作り出した幻影をまだ必死に追いかけている。すぎた時間は5分とも感じるし、1時間以上経過した感覚すら覚える。今いるここがどこなのか、どうやってここまできたのか記憶がぼんやりしている。目の前が霞んで見えてきた。10メートル先のものや建物さえもはっきりと目視できないくらいになってきた。身体の疲れもあるだろうがそれよりも直接的な原因はこの霧にあるのだろう。普通の霧ではないことくらい僕にでもわかる。独特の湿気も感じない。むしろ霧に包まれているこの状況が心地良くも思えてくる。ひとまず移動も慎重に行わなければ簡単に事故に遭ってしまうだろう。ブロック塀を伝いながら一歩一歩確実に前進する。彼女はもういないとわかっているはずなのによく似た人を彼女と思い込んで追いかけるんじゃなかったと今になってひどく後悔している。

「龍樹、こっちだよ。」

とうとう彼女の声で幻聴まで聴こえるようになってしまっていた。右も左も分からない、目の前は霧でどうなっているのかわからない今の状況ではブロック塀とその幻聴のみが道標になっている。声に導かれるままゆっくりと進んでいく。視界を覆っていた霧が晴れていく。そして今までの声が幻聴ではなくなる。僕の目の前には確かに彼女、亜美の姿がそこにあるからだ。


「久しぶりだね。龍樹。」

疲労でふらつきながらも急いで彼女のそばに近づき力一杯抱きしめた。もう会えないと思っていた彼女がここにいる。触れることができる。

「本当に亜美なんだよね?どうしているの?でもよかった。亜美に会えて本当によかった……。」

本当は亜美がここにいることはおかしいのだとわかってはいる。しかし抱きしめずにはいられなかった。目の前に彼女がいることが嬉しくて嬉しくて仕方がなかったのだ、しかし嬉しいという感情と同時になぜここにいるという疑問も抱いている。

「いきなり抱きついたりしてごめんね亜美。でもやっぱり君とこうやって話がでいることにすごい違和感があるし、何よりここがどこなのかさっぱりわからないんだ。知っていることがあれば教えてくれないかな。」

「そうだね、どこから話をしようか。龍樹は神隠しを知ってる?」

後輩からも教えてもらった最近巷を騒がせている怪現象だ。突然人が消える怪現象。この怪現象に遭遇する人の年齢に条件は今のところわかっていない。小さな子供からご老人に至るまでありとあらゆる人が体験しているという。亜美の口からこの言葉が聞けるということはつまり、僕は今まさにその神隠し現象に遭っているということだ。

「つまり僕はその神隠し現象真っ只中っていうことだね。」

「そういうことだよ。だから私は龍樹と話すことができるし触れることだってできるってことだよ。」

「神隠しは死んだ人と会話できる機会を与えてもらってるってことでいいのかな。」

この現象は超自然的要因によって引き起こされた、名前の通り神の悪戯によって僕は隠されているようだ。死者と会話できるなんてなんでもありなんだなと心の中でそう思った。神隠しの原因はにわかに信じ難いがあり得ないものが目の前に存在しているのだ、納得する他ない。だがもう一つ疑問点がある。

「神隠しにあった人には死にかけの状態で発見される人がいるみたいだけど、亜美は何か心当たりある?」

「ごめんね。私はこの空間から出ることはできないし、何より他の人に会ったことなんてないからここから出て行った人がどんな状態で見つかるかなんてわからないんだ。」

申し訳なさそうな顔をしながらも教えてくれた。彼女も全てを知っているわけではなさそうだ。

「ねえ龍樹、もしよかったらここでお話ししていかない?私が死んでからどんな生活をしていたのか、たくさん知りたいな。」

せっかく会えたのだ。辛気臭い話ばかりしていても面白くない。それに僕も彼女と話したいことがたくさんある。彼女が亡くなって直後のこと、その後の大学生活、バイトのこと、これといって大した話でもなければ面白い話というわけでもない。これまでにあった何気ない日常での出来事を亜美に話す。それを彼女は相槌を入れたり、うまく会話を掘り下げるように会話を促していった。やっぱり彼女は聞き上手なんだなと話をしてとても楽しくなる。

 そろそろ今までにあったことも話し尽くしてきたという頃、亜美の方から口を開いて僕に質問をする。

「あのさ龍樹、もし私がこれからもずっとここで一緒にいたい。って言ったら龍樹はどうする?」

「どうするって言っても。」

正直意味がわからない。亜美と一緒にいられるのならそれで構わない。でもすぐに答えることができなかった。すぐに返事をするわけにはいかなかったのかもしれない。ずっと一緒にいると今後どうなるのかが全くわからなかったためである。

「仮にずっと一緒にいる選択をしたら、僕はどうなるか教えてほしいな。」

「彼岸と此岸しがんの間にある特異な空間、イメージしやすいように例を挙げるなら三途の川に中洲があってそこでずっと過ごす……みたいな、確かに現実では死んでいるけど完全に死んだわけではない曖昧な存在であり続けるの。」

わかりやすいのかわかりにくいのか全くわからない。色々教えてもらった挙句理解したことは一緒にいる選択をとった時、僕は生きていなければ死んでもいないなんともややこしい存在になるようだ。これらを全て聞いて僕は質問に対して答えを出す。もっとも答えはすでに決まっている。

「亜美、僕は亜美とずっと一緒にいたい。」

僕は、僕自身がどうなるにしてもこう伝えるつもりだった。いわばこれは出来レースだったんだ。過程がどうであれ結末はこうなる。この世界で彼女と再開した時から決めていた。ずっと彼女といたいとできるならそうなりたい。そう切に願っていた。それが叶うのだ。彼女にどうなるかの質問をしたのは最後の確認だった。

「え、本当にいいの?」

呆気に取られたのか、気の抜けたような声で亜美は言う、

「自分から言っておいてそんな野暮なこと言わないでよ。」

亜美が死んだあの日から全てにおいて何かが欠けていた。その時に自覚した、僕の生活は亜美がいないとダメなんだと。いろんなスポーツをしてみた。いろんな趣味を持とうとしてみた。どれも続かなかったし、むしろそうしていくにつれて虚無感が広がって行く一方だった。こんな世界に、この退屈で虚無しか産まない生活を続けていく精神はここにきて、亜美とあって完全に無くなっていた。亜美と共にいることができる、それでいいじゃないか。

「わかった。一回龍樹を現世に戻してから迎えに行くね。つれて行く時に必要なことなんだって。」

「わかったよ。それじゃ、行ってくるね。」

目の前が次第に黒に染まっていき、意識が遠のいていく。


周囲から何かを呼ぶ声とともに段々と意識が戻る。しかし意識が戻ったことによる安堵の声などではない。周囲から聞こえてくる声は嘆き悲しむ声だった。ぼんやりとした記憶の中で答えを導く。僕はもうそろそろこの世から消えるのか。動かない体を無理矢理に動かそうとしてみる。まずは動かしやすい手の方から、そう思ったと同時に異変に気づく。手の感覚が全くない。もう僕は動けない体になっているのか、そろそろ迎えにくるのかと待っていると視界の隅で握られていた左腕に注目する。感覚がなかったのではなかった。僕の手がない。無くなったところから徐々に僕の体が霧のようになっていく。不思議と怖くない、それどころか安らぎすら感じる。何かに包まれるような安心感、そして本能で理解した。亜美が呼んでいると。腕とともに握られているペアブレスレットが見えた。

「やっと揃ったよ。」

弱々しい声でポツリと呟いた瞬間、僕の体は完全に大気と同化した。


霧に覆われた世界。しばらく歩いていると見知った人が僕を見つけ大きく手を振っている。それに答えるように僕も手を振りかえす。彼女がパタパタと僕の元へ来てこう言った。

「ようこそ、そしておかえり。龍樹。」

僕がとった選択に後悔も何もない。この世界で、亜美のいるこの場所で彼女とともに過ごす。迎えに来てくれた亜美に対しての言葉はただ一つ、

「ただいま、亜美。」

そして僕と亜美は霧の中を二人で進んでいき、霧と同化して消えた。

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むさん カナデ @k-mellow

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