第二十六話 ドワーフの長、報酬を確認する

 先ほどのやり取りのせいか、少しばかり空気が重くなった。

 イェラナイフはまだ何か言いたげにしているイェルフを横目に「他には」と仲間たちに尋ねた。


 すると、今度はドケナフがおずおずと手を挙げた。


「なんだ」


「報酬のことなんだが……本当にあれを全部もらっていいのか?」


「もちろん。事前の約束通りだ」


 沈んだ空気を入れ替えようとしてか、イェラナイフが愛想よく答えた。

 ドケナフはこの遠征に参加するにあたって何か報酬を約束されていたらしい。

 それにしても、受け取る側のドケナフが何をあんなにびくつく必要があるのだろう?


「だ、だけど霊鋼だぞ。

 それも、少なく見積もっても七百年は霊気に晒されてたやつだ。

 そ、それを本当に、全部俺が好きにしてもいいっていうのか!?」


「落ち着け。全部じゃない。

 鏃を六本用意した残りだ。いいか、ケチるなよ」


「わかってるよ!

 だが、その分抜いたってとんでもない量だ!

 ほ、本当に……本当に……」


「予想以上の量が残っていたのは確かだが、俺は前言を翻したりせんよ。

 そして戦いに勝ちさえすれば、この要塞の領主は俺だ。

 ここの霊鋼の扱いに関して本国のやつらには口は挟ません」


 ドケナフが奇声を上げながら飛び跳ね始めた。

 よほど嬉しかったのだろう。


 その様子を見たイェラナイフが慌てて言い足す。


「いいか、ドケナフ!

 一応言っとくが、勝てればの話だからな!

 鏃を忘れるな! まず、鏃を作るんだ!」


「わかってる! わかってるさ隊長!

 最高の鏃を作って見せるぜ!

 見てろよ! 世界で最も鋭く美しい鏃だ!

 ヒャッホウ!」


「美しさは後回しにしてくれ。

 必要なのは奴の眼を貫く鋭さだけだ」


「必要を追求すれば自然と美しくなるんだよ!

 そうとも! 美と力は一体だ!」


「期限も忘れるな。ネウラフに鏃に合わせた照準調整もさせにゃならん。

 できれば三日。最悪でも四日目には完成させてくれ」


「問題ない! 問題ない!

 霊鋼用の鍛冶道具は全部揃ってる!

 溶岩炉も無事だ! すぐに火を入れられる!

 何の問題もない!

 なあ、もう行っていいか!? 時間が惜しい!」


 ドケナフはもう完全に興奮状態に陥っていた。

 イェラナイフはため息を一つつくと、しっしと追い払うように手を振った。

 それを見たドケナは後も振り替えずに飛び出していく。

 その後ろ姿を、皆が呆然と見つめていた。

 さっきのやり取りで沈み込んでいたイェルフですら、あっけにとられている。


「物のついでだ。他の皆の報酬も確認しておこうか。

 まずはネウラフ」


 大弩の名人である攻城技師のネウラフは、確か王様の頭の上にリンゴを載せて大弩で撃ち抜いた罪で捕まっていたんだったかしら?


「お前は特赦だったな?」


「ああ」


 ネウラフは少し面白くなさそうだった。

 でも、気持ちはわかる。

 先のドケナフがとんでもないお宝を手にしたのに比べると、まるで手ぶらで帰るような心持だろう。


「これについては、陛下より確約をいただいている。

 必ず履行されるだろう。

 ついでに、英雄として名誉ある扱いを受けられるよう、俺からも感状を書いてやろう。

 あとはあれだ、使い終わった鏃も報酬に加えてやる」


 それを聞いてネウラフの目が丸くなった。

 ずいぶんとやる気が出たものと見える。


「次に、ディケルフ」


「はい!」


「お前さんは罠技師としての工房への復帰及び、専有工室の割り当てだったか。

 これも必ず果たされるだろう。

 次、イェンコ。

 筆頭宮廷料理人として厨房への復帰、及び泥棒豚農場の再設置――」


「ちょっと待ってくれんかのう」


 イェンコにさえぎられて、イェラナイフは怪訝な顔をした。


「どうした?」


「報酬を変更したいんじゃ」


「構わんが、内容次第だ。

 確約はしかねるぞ」


「なに、大したことじゃないのさ。

 隊長がこの要塞を復興させるつもりなら、そこの厨房頭を任せてもらいたくてのう」


 イェラナイフはそれを聞いて目をぱちくりさせた。


「いいのか?」


「もちろんだとも。その方が楽しそうな気がするのだよ」


「……ありがたい。

 イェンコの料理をこれからも食べられるなんて、こんなに嬉しいことはない」


 二人のやり取りを見ていたディケルフが割り込むように声を上げた。


「ちょ、ちょっと待ってください!

 そんなのがありなら、私もそれに変えさせてくださいよ!」


「もちろん歓迎する」


 イェンコとディケルフは討伐後もここに残ることに決めたらしい。

 私としても少し嬉しかった。


「ケィルフは――」


「おで なにもいらない。

 ナイフと、ずっといっしょ」


「そうだったな。ありがとう」


 イェラナイフがそう言いながらケィルフの頭をぐしゃぐしゃと撫でまわすと、ケィルフは嬉しそうに目を細めた。


「続いて……」


 イェラナイフがイェルフに目を向ける。

 先ほどの、緊迫した空気がまた戻ってきてしまった。


「イェルフは、先代槍頭の仇討ちと汚名返上の機会の提供。

 これは地龍の討伐に参加することで既に果たされたものと認識している」


 だけど、イェルフは首を横に振った。


「ただ奴を討ち取りさえすればいいって話じゃない。

 この槍で地龍を討ち果たす機会を与えていただきたい」


「ダメだ。危険が大きすぎる。

 だがそうだな、誰かが撃ち損じた場合に、代わって槍を突き立てる役目を与えよう。

 再装填するよりもその方が速いだろうからな。

 これがぎりぎりの妥協点だ。どうだ?」


「……わかった。それでいい」


「ただし、わざと狙いを外すような真似はするな。

 その点は、お前の父の名に誓ってもらう」


「わが父、イェルオゥの名に懸けて、狙撃においても最善を尽くすと誓う。

 これでいいか?」


「よし、いいだろう」


 それでいいと言いつつも、イェルフの視線は鋭いままだ。

 きっと腹の内では納得していないのだろう。


 それから、イェラナイフが私に視線を向けた。


「最後に、リリー。

 お前は何かあるか?」


「え? 私も!?」


「当然だ。共に戦う仲間なんだからな」


 報酬だなんて考えてみたこともなかった。

 元をたどれば、泥棒として罰を受ける代わりに参加したんだから。

 私としては、こうしてみんなに仲間として受け入れてもらえるだけでも十分に嬉しい。


「そうね……」

 

 私は急いで考えをまとめる。

 私の欲しいもの。

 ……例えば、討伐が終わった後も皆と一緒に暮らしたいと言ったら、彼はどんな顔をするかしら?

 きっと受け入れてくれるはずだ。

 だけど、それを口に出して言うのはあまりにも気恥ずかしくて、代わりに思ってもないことを言ってしまった。


「……いえ、報酬なんていらないわ。

 これは私のための戦いなんだから」


 まあいいか。

 きっと、イェラナイフのことだ。

 これを聞いてハイと引き下がりはしないだろう。

 そんな水臭いことをとかなんとか言って、報酬を受け取ることを勧めてくるに違いない。

 そしたら、いかにも渋々といった感じに、「そこまで言うのなら……」と、話を切り出せばいい。

 ところが、イェラナイフは私の言葉に思いのほか感銘を受けたらしかった。


「なるほど」


 彼は私の言葉に深くうなずいた。


「配下や報酬契約者としてではなく、あくまで同盟者としてともに並び立ちたいということか。

 そういえば、滝のほとりでも確かにそのような話をしたな」


 それから、私の前に片膝をついて頭を下げる。


「大変失礼をした。

 どうか謝罪を受け入れてほしい」


 え? ちょ、ちょっと待って? 確かにそんな話もしたような話が気がするけれど?


「え、あの、あ……ま、まあ、分かってくれたのならいいわ。

 許してあげる」


 また心にもない言葉が出てしまった。

 私が内心でしょんぼりしていると、イェラナイフが立ち上がっていつもの人の悪い笑みを浮かべた。


「リリー、お前は相変わらず嘘が下手だな。

 だが、戦友よ。安心するがいい。

 たとえこの戦いが終わってもお前は我らの友だ。

 この地に要塞を築いた暁には、お前のための洞室を用意しよう。

 なにしろ、お前は俺達の〈一つ穴の兄弟〉なのだから。

 さほど遠い場所でもない。いつでも訪ねてきてくれ。

 きっと歓迎する」


 ……こういう不意打ちはやめてほしい。

 しかも、全部見透かされていた。恥ずかしすぎる。

 私が顔を伏せてアワアワしていると、イェンコが私の肩に手を置いて、諦めろと言いたげに首を横に振った。

 他のみんなも、生暖かい笑みを浮かべてこちらを見ている。

 ついさっきまで剣呑な雰囲気を漂わせていたイェルフすら苦笑いを浮かべていた。


 もしかして、空気を和ませるためのだしに使われたのかしら?

 そう気づいてイェラナイフを睨みつけたが、それがかえって面白かったらしく彼はガハハハと笑い声をあげた。



 皆がそれぞれの作業をしている間、私はイェルフと一緒に魔法の特訓をすることになった。

 この作戦の成否の半分は、私が地龍をきちんと拘束できるか否かにかかっている。

 そのためにも、少しでも大きな力が必要だ。

 例の『ひらき』加減の調節を完璧に身に着ける必要がある。


 まずは現在の私が安定して出せる最大出力のツタをブンブンと振り回して見せた。


「なるほど。こりゃ大したもんだ。

 これなら、奴を抑え込むことは十分にできるはずだ。

 残る問題は強度か。

 いいか、見てろ」


 彼は槍の覆いを外すと、私のツタに向けてピタリと構えた。


「あ、待って!」


 彼の意図を察した私は慌ててツタにかけた魔法を解いた。

 危ないところだった。

 霊鋼製の武器に斬られると、その植物は使い物にならなくなるのだ。

 この鉢植えとも長い付き合いだからそれは勘弁願いたい。


 改めてツタに魔法をかけて株分けし、分けた方を最大まで強化する。


「これでいいわよ」


 私が言うが早いか、イェルフがツタに向かって槍につきかかった。

 彼の鋭い突きは、魔法で強化されているはずのツタの表面を易々と貫通した。

 同時に、魔法で太くなっていたツタは、まるで魔力が抜けていく時のようにシオシオと縮んでしまった。

 ように、じゃないか。多分本当に抜けているのだ。


「やはりな。これじゃ奴を縛り上げたところで、触手に断ち切られちまう」


 イェルフ曰く、地龍の表面から生えてくる光の触手は先端が刃物のように鋭くなっており、鋼の鎧すら易々と切り裂くのだという。


「だが、霊鋼製の武器なら奴の触手を弾くことができた。

 わけてもこの〈深紅の霊槍〉は特別でな。

 〈大移動〉前に鍛えられた真の霊鋼でできている。

 こいつなら、気合を入れれば逆に触手を断ち切ることすらできた。

 逆に言えばだ。俺の槍の攻撃に耐えられるようになれば、触手の攻撃にも耐えられるってことだ」


 そういうものなのだろうか?

 何か少し違うような気がするけれど……まあ、確かに一つの目安にはなるのだろう。


「それじゃあ、次はもう少しだけ『ひらいて』みるわね」


 まずはツタ草を何本か株分けする。

 それから、やりすぎないように慎重に魔力の受け取り量を大きくする。

 ツタを強化する。

 イェルフが突き刺す。

 繰り返す。

 だんだんと、『ひらき』加減の微調整が身についてくる。

 繰り返す。繰り返す。繰り返す。


 ふいに視界が暗転した。

 多分、遮光布を被せられたのだろう。

 こうなるのもだいぶ慣れてきた。


 落ち着いて深く一呼吸した後、遮光布をまくる。

 イェルフと目が合った。


「集中が途切れ始めてるな。

 少し休むぞ」


 彼はそう言うと、こちらの返事も待たずにその場にどっかりと腰を下ろした。

 そのまま腰につるした革袋を口元にもって行ってグビリ。

 そんな彼の不真面目な様子に私は少しばかり腹が立った。

 残された時間は限られているはずだ。


「まだ始めたばかりじゃない。

 皆だって一生懸命働いてるのに、休むには早すぎるわ」


 だけど彼は私の抗議にも一向に取り合わなかった。


「バカ言え。現に制御に失敗しているじゃねえか。

 危険な事をしているときは、休むのも仕事の内だ。

 事故を起こしてからじゃ取り返しがつかねえ。

 常に万端で挑め」


 そう言われてしまえばぐうの音も出ない。

 私は彼に倣い、その場に腰を下ろして一息つくことにした。

 どこか遠くから、カンカンカンという単調な槌の音が響いてくる。

 きっとドケナフが一心不乱に鏃を作っているのだろう。


「ねえ、戦いはどんな感じだったの?」


 暇だったので、イェルフに戦いの話を聞くことにした。


「唐突だな。

 一体どの戦いの話だ?」


「地龍との戦いに決まってるじゃない。

 貴方も参加してたのよね?」


「ああ、まあな」


 彼の視線が、手元の革袋に落ちた。


「だが、そんな話聞いてどうするんだ。

 お前のやることは別に変らんぞ」


 そう言って、彼はもう一口お酒をあおった。


「それはわかってるけど……でも、やっぱり敵のことは知っておきたいじゃない。

 イェラナイフが言ってた、地龍の眼を刺した五人の戦士って貴方のことでしょ?」


 簡単な推理だ。元は〈はがね山〉でも五本の指に入る戦士で、霊鋼製の武器の持ち主。

 だったら間違いない。

 彼は最も近いところで地龍を見ているはずで、その戦い方にだって詳しいだろう。


「だから――」


「違う」


 イェルフが私の言葉を遮った。

 そのあまりに強い調子に、私はたじろいだ。

 彼の眼はこちらに向いていなかった。ただじっと、手元の革袋を睨み続けている。


「刺した奴らは……全員死んだよ。

 俺は刺し損ねたんだ」

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