0−4
『――諜報戦略評議会と申します』
大見得を切ったような声が流れたところで、車両前方の大画面モニターは静止画になり、四人の生徒が正面を見たままのポーズでフリーズした。同時に、うおおおおおっと、どよめきのような歓声がバスの中いっぱいに沸き起こる。拍手している十数名の評議員――と言っても、全員が中等部と高等部の生徒たち――の様子は、野次馬の冷やかしといった雰囲気が濃厚だったが、ある種の憧れも混じっていたことは間違いない。自分たちと同じチームのメンバーが、ついさっきやり遂げたオペレーションの、いちばん絵になる場面がこれだったのだから。
記録は数分前に編集を済ませたばかりのものだ。滝多緒学園のメンバーたちは、温泉旅館「やまもみじ」の、平素はあまり利用のない第二駐車場に停めた移動司令車両の中で、オペレーションの仕上げ作業に取り組んでいた。集団行動のプロセスはほぼ終わりつつあると言うので、進行の検証を求める声が上がってこういう事態になってるのだが、要するにうちのスタッフのちょっといい場面を見てみたい、というだけのことであり、あけすけに言えば末端現場の覗き見である。
それが証拠に、チームの喝采を巻き起こしたセリフの主は、これ以上ないぐらい渋い顔で、中程の座席にどっかり座り込んでいる。
本作戦の現場トップであり、評議会議長でもあり、件の大画面の映像では真ん中に立っていた少年――滝多緒学園高等部一年、
「なんか事前工作が長いと思ったら……こんなカメラいちいち仕込んでたのか」
全進行の管理責任者であるにもかかわらず、自分のまったく与り知らないプロセスが実施されていたと知って、愕然とモニターを見上げていた翔雄であった。
「モニターマイクだけでも十分だったのに……こんなことまでできたんなら、今日のオペなんて他にいくらでもやりようがあっただろう! 誰だっ、こんなバカな仕掛けを段取ったのはっ」
中肉中背で、どちらかと言えば坊っちゃん坊っちゃんした柔らかい顔つきの翔雄が怒鳴っても、それほど迫力はないのだが、そこは評議会議長、一瞬その場が静まり返る。
「私です」
中等部の一人が手を上げた。勝ち気そうなポニーテールの、どこか優等生然とした小柄な少女だ。
「君が? 全く、悪ふざけにもほどがあるぞ。なんでこんなアホな真似を」
「いや、ご命令ですから」
「僕はそんな指示を出した覚えはない! いくら上級生からの指示でも、しょうもない案件なんて、適当にあしらっておきなさい」
「いえ、ですから、あちらからのご命令で……」
杏が上向けた掌で指し示したのは、バスの最前部の専用席でゆったりと手元のタブレットなど拾い読みしている人物だった。中高生ばかりのバスの中で、ロマンスグレーがいやでも悪目立ちする老人だ。
翔雄は杏の手の方向だけ見て、露骨すぎるほど忌々しげにため息をつくと、これもわざとらしい大声で吐き捨てた。
「たとえ成人メンバーの指示でも、しょうもないものは聞かなくてよろしい! それが学園長であろうとも、だっ!」
「聞こえてるぞ、翔雄。しょうもないとはなんだ。貴重な作戦記録になっただろう」
のほほんとした余裕の声が返ってくる。老人はタブレットから目を離さず、振り返りもしない。
峰間
「記録なら進捗ログをまとめりゃ十分でしょうがっ。わざわざリスク冒して四台も設置するなんて。っていうか、こんな現場の末端まで覗かれたんじゃ、やりにくくてしょうがないっ。あんた、これからのオペでもこんな盗撮続けるつもりか!?」
「まあそう言うな。こっちも生徒の安全管理ってもんがあるしな」
中等部のメンバーが何人か、怖いものを見るように翔雄を凝視していた。無理もない。何しろ彼が「あんた」呼ばわりしているのは、一生徒からすれば「雲の上の人」であるはずの人物なのだ。が、大部分の生徒は、なかばニヤニヤ笑いで二人のやり取りを眺めている。いつものことだからだ。
「だいたい、くだらんことで気が散るような小細工をせんでいただきたい! 現場はシビアなんですよ! まったく、どうもみんなの目線がおかしいなと思ったら」
一緒に映り込んでいたメンバーにまで非難が及んだところで、他の評議会員から牽制が入りだす。
「つまんねーことで目くじら立てんでもええやないか、峰間」
「そやそや。たまにはこういう記念もええもんやで」
「記念って、いや、今回はたまたま無事に終わったからよかったものの」
翔雄が抗弁しかけたところで、その両肩を背後からがしっとつかむ腕が現れた。腕の片方にはハリセンが握られている。
「今回はたまたま担当者の現場放棄が未遂でつかめたからよかったんやで。そやろ、ショウちゃん?」
一瞬言葉を失う翔雄。前を向いたまま、どこか気の抜けた声で、たどたどしく弁解を始める。
「ああっと……ま、真知、な、なにか、深刻な意見のすれ違いが、あるような気がするんだけどね。……違うかな?」
「そやなあ。メノウとかほざいて、わざわざ鉄火場に飛び込みよったショウちゃんの判断については、この際しっかりと意見を聞きたいわなあ」
ハリセンの使い手、評議会第一書記で高等部一年生の
翔雄は眉をしかめたまま、二の句が継げないままでいる。片頬には冷や汗の筋まで見えていた。だが、そこをあえて鞭打とうとする声は、外野からは上がらなかった。
「そのへんで勘弁したってください、湯塩先輩。峰間議長は病気なんです」
「そや。筋金入りの鉱物オタやからなあ」
けれども、真知は引き下がらなかった。手の中の紙束をばしんっと叩いて、周囲を黙らせ、強い調子で畳み掛ける。
「そういう問題やない! あの状況みんな解ってんの!? あれ、実際は爆弾やのうて発火装置やったんやけど、あの部屋だけやったら短時間で火が回る可能性、あったんやで! 配線がややこしゅうて、事前の危険解除間に合わんかったんやろ!? そやから、万が一に備えて、消火器構えて、リネン室で待機しとったんやんか! やのに、まさに火が出るっちゅうそのタイミングで突っ込みよったんやで、このアホは!」
急に真剣な話になって、ちょっと困ったような空気が一同の間に流れる。
「安全第一、敵方の人命救助が第二、鎮火は第三、そういう申し合わせやったのに、議長が率先してぶち壊してどないすんねん!」
「仕方ないだろう! 火が回ったらもう間に合わないじゃないか!」
かみつくように反論する翔雄。理路整然と学園長に楯突いていた時とはまた別な、どこか子供っぽさが浮かび出ているゴネ方である。
「火が出るのは仕方ない、そういう前提で万全の対応取っとったんやないの! 土壇場でちゃぶ台ひっくり返したら、みんな混乱するやろ!」
「自己責任でリスク取って、そのリスクに見合った結果を出したんだ! 何が悪いっ!」
「リスクに見合った結果って何やねんっ」
「縞メノウだ!」
「アホか〜〜〜っっっ」
ばしん、ばしん、ばしんと翔雄の頭にハリセンが炸裂する。周りはただ爆笑しているが、真知の怒鳴り声は本物で、渾身の力こそふるっていないものの、右手の上下運動はなかなか止まらなかった。
「飛び込んだっ、あんたはっ、大やけどっ、してもっ、本望かっ、知らんけどっ」
親の仇を打ち据えるような真知の声が、少しずつかすれたものになっていく。
「それをっ、止めそこねたっ、うちらがっ、どんなっ、思いにっっ、なる、かっっ」
最初苛烈なハリセンだったのが、じきにハエも殺せなさそうな威力に落ちていった。
「あの時っっ、あのっ、部屋でっ、見送ったっ、うち、が――」
両手で頭をかばっていた翔雄も、今やまともに脳天で紙の束を受け続けていた。ちょっと拗ねたような顔で。窓の外へ視線を向けながら。
「どんな、気持ち、やったか……なんで……ショウちゃん、は……」
ぺたん、ぺたんという薄っぺらい音に、微かに洟をすする音が混じりだす。
面白そうに二人の攻防を見守っていたメンバーたちだったが、じきに困ったように、さらにはむずがゆさをこらえるような雰囲気へ成り代わっていった。隅の方では、またこの展開か、と何人かが顔を見合わせている。中等部の一年生が、小声でそっと杏に尋ねた。
「ねえねえ衛倉先輩。あの二人って」
「しっ!」
というふうに、そろそろ全員が空気の入れ替えを暗に求め始めた、ちょうどその時。
「峰間議長はこちらですか? お邪魔いたします」
開いたままになっている前の乗車口から、五、六人の中高生がどこどこと車内に入り込んできた。形だけは丁寧だが、返事も待たずに平気で上がり込んでくるあたり、微妙に不躾である。事実、先頭を歩く娘は、横柄そのもののような顔でむすっとしている。
千津川観光学園の昆野セシル他御一行様であった。
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