BERSERK ~In the professional age~

ごどめ

プロローグ

「プレイヤーメイクナイン。バンカーメイクエイト。プレイヤーのナチュラルウィンです」


 派手に装飾されたドレスタイプのディーラー衣装で胸元を若干広めに見せつけ色気を醸し出し、首元にある白と黒のアンティーク調の蝶を模したチョーカーが更にその可愛らしさを増長させている。そんな彼女が優しい声色のトーンと女神のような微笑みでそう言い放った。


 所謂ディーラーと呼ばれる彼女がカードをディールするテーブルに座っていた数名と周囲の観客は結果を見てワァっと騒ぎたてる。それは多くの者を裏切ったからだ。


 野次を飛ばしながら激昂する客。ショックを隠せずうな垂れる客。慌てて席を立ちどこかに電話をし始める客、と、そのテーブルにいたほとんどの客が焦り、苛立ち、憤りといった様々な感情を隠せずにいる。


 そんな中、この結果に対し勝つべくして勝った者たちがいた。


「あんたら、よくこっちプレイヤーに張ったなぁ? こんだけのバンカーツラの中でよ」


 一人のガタイの良い男性が僕らにそう問いかけてきた。


「いや、たまたまっすよ。時間も押してきてましたし、じわじわ負けてたんでヤケクソっすよ」


「はっはっは! ヤケクソか。まぁそうやろな! でもその度胸にゃあ感服したぜ。ほな、またな!」


 厳つく巨躯なうえ、強面のこの男は、その風貌とは反面、表情をクシャっと崩したように豪快に笑いながら僕らの肩をバシンバシンと叩き、そう言い残してその場から去って行った。


 正直なところ、僕らは絡まれるかと思ったのだ。今の大勝負で僕と相棒だけは大勝ちをしてしまった。故に理不尽な言いがかりや、金の無心でもされるかと内心肝を冷やしたのだが、どうやら取り越し苦労だったようだ。


「……なんだったんでしょうかね、今の人」


 厳つい風貌の彼に対し、僕の相棒が立ち去って行く彼の背をねめつけてポツリと呟く。


「ただの一般人じゃないすか? 見てた感じめちゃくちゃ負けてたみたいやし」


 僕は相棒にそう応える。この応答の通り、厳つい巨躯の彼はボロボロに負けていた。だからこそ僕らは絡まれるのではないかと危惧したのだ。


「……ベルさんはああいう時のレスポンスが上手いですよね。ボクにはなかなかああは出来ない」


 そんな事ないっすよ、と言いかけた僕だったがそういう不器用さを彼が持っているのは事実でもあった為、僕はそれを言葉として口に出す事なく、軽くはにかんでその返事とした。


 今夜はもう山場を越えた。僕らの『ひと仕事』が終わったのだ。


「さて、今日はここらでお開きにしましょう」


 僕の相棒が僕に向かってそう言った。


「もう少しやりたかったけど、これ以上やっちゃうとヤケちゃいそうっすもんね。今日はありがとっした。また来ます!」


 僕はディーラーに元気よくそう言い放つと、彼女もニコっと笑ってくれた。


 こうして僕と相棒はいつもの段取り通り店を出る。僕らの日課であり日常だ。


「うっし、んじゃあ今日も派手にいっちゃいますか!?」


「そうですね、今日はアッチまでやや遠出しますか。可愛い子が入ったらしいんですよ」


 順風満帆とはまさにこういう事を言うのだろう。何せ、一日の労働量の対価として得るお金が異常なくらいに膨れ上がっているおかげで、毎日散財して遊び回る日々だ。まともな仕事なんてするのも馬鹿らしい。


 嫌な上司に頭を下げ、融通の利かない顧客に頭を下げ、理解力の低い同僚に頭を下げお願いをする。そんな馬鹿馬鹿しい事が『真面目な社会人』なのだとしたら、僕は真面目な社会人になどならなくていい。真面目な社会人が胸を張れる職業なら、僕は胸を張らなくて良い。お金さえあればそんなくだらない見栄すらも要らないのだから。――ひと仕事によって得られる対価の大きさが、こう思わされざるを得ない程に僕の生活は一変していた。


 そんな僕が、僕らがやっているひと仕事。それは博打だ。


 その博打の名は『バカラ』。


「ベルさん着きました。ほら、ここですよ」


 相棒がニッコリと笑ってキャバクラ店の外に飾られた女の子の写真を指差す。


「ぉおー! この写真の子っすか!? めっちゃ僕好みっすよー!」


 これは『バカラ』という不思議なギャンブルに出会った僕と、


「うーん、ボクはやっぱりこっちの子の方が……」


 類いまれなるスキルを持つ僕の師であり、相棒である彼。


「二人の好みが別れてちょうどええじゃないっすか! 早よう行きましょう! 僕もう喉カラカラで」


「わっ、ベルさん袖、引っ張らんといてくださいよー」


 そんな二人の男とひとつのギャンブル『バカラ』が織り成す、完全創作小説よりも奇譚な物語。


 とあるプロギャンブラーたちの、怒涛な青春時代を描くフィクションである。

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