#3 墨の雫 ※GL
授業をサボって構内をフラフラとしていた私の目は、突如として一人の少女の姿に釘付けになった。
まるで、絵画のようだった。
校舎裏の、日光が当たる僅かな空間を埋めるように据え付けられた花壇に白い花が咲いている。誰も見向きもしない、世界の片隅に、制服の女神が降り立った。そんなシーンが目の前で描き出されたようだった。
外はねの黒髪から焦茶のローファーの爪先まで、如雨露から滴る雫のひとつひとつさえも、太陽の光を一身に浴びて輝いていた。
世界でただ一人、彼女だけが神に祝福されているみたいに。
鼻歌を歌いながら慈愛に満ちた表情で花たちに水をかける彼女は、まさに女神と呼ぶにふさわしく、美しかった。
彼女に手を伸ばそうとして、止めた。
ここは私がいるべきじゃない。透き通った水に黒い絵の具を落としてしまうような、取り返しのつかないことになりそうな気がした。
キャンバスを墨で汚してしまう前にここを去ろう。そうして引き返そうとした時、足元で枝の折れる音がした。弾かれたように顔を上げた彼女と目が合う。彼女の顔に一瞬緊張が走ったが、それはすぐに解かれた。
「あー、もしかして聞かれてた?」
「いや、その。うん」
「あはは、どっちなの」
彼女がカラカラと笑う。
「ごめん、邪魔するつもりじゃなかったの。すぐどっか行くから」
「あ、まって」
今度こそ彼女の前から去ろうとしたが、私の足より先に彼女の口が動いた。
「あなたもサボりでしょ? こんなところに人が来るなんて珍しいからさ」
彼女はそう言うと私の手を取って
「ちょっと見てってよ! ここの花、イベリスっていうんだ」
私を日の当たるところへ連れ出した。
恋に落ちる音は、キャンバスに墨の雫が落ちる音だった。
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