#1 Guilty ※GL
満月が最も高く昇る刻。貴女は私のベッドの上で無防備に酒臭い寝息を立てている。ビル群の明かりがカーテン越しに貴女を照らして、艶やかに彩っている。
———彼女を喰らい尽くしてしまいたい、硝子細工のような美しい寝顔を歪めてめちゃくちゃにしてしまいたい。
そんな不埒な欲望にありったけの理性で封をして、彼女の寝息を肴に一人無音の享楽に走った。
精魂尽きた私に残ったものは最愛の人への罪悪感だけだった。
♢
私は夢の浅瀬にいた。
夢の浅瀬。
そこはよくわからない所だった。
そこは何処とも知れぬ薄明の直中のようだった。
しかし同時に月明かりのさす真夜中の森のようでもあった。
一つ確かなことは、足下に真っ黒な深淵が広がっていて、「こっちにおいで」と私を手招きしていることだ。
深淵は貴女の顔をしている。
溶けるようにヘラッとした笑みを浮かべて私を呼ぶ。
「はやく来てよぉ」
ぷかぷかと跳ねるような貴女の声。
貴女の声をした深淵が私を見上げる。
「こっちだよぉ」
貴女の顔。貴女の声。
でも深淵は貴女ではなくて深淵。
「あたしが欲しいんでしょ?」
違う。
「あたしをめちゃくちゃにしてぇ、自分だけのものにしたいんでしょ?」
違う。違う。違う。
貴女は、貴女はそんな事を言わない。
それは私。
いいや、私も望んでいない。
誰も望んでいない、望んでいないのに。
「どうして来てくれないの?」
どうして深淵は私を誘うの?
「それはあなたが望むから」
違う。望んでなんかない。
「ほら、早く」
違う。私は、私は貴女を。
「堕ちるだけだよ?」
深淵が私の足を掴んだ。
♢
カーテン越しの太陽が私の頬を撫でた。
「……」
瞼が腫れている感覚がある。泣いていたのかもしれない。腫れて重くなった瞼を瞬かせ焦点を合わせると、目の前に貴女の顔があった。
「……えへへ、起こしちゃったぁ?」
貴女の顔がふにゃりと溶ける。私の背中に回された貴女の腕が私を優しく撫でた。どうやら私は貴女の抱き枕になる格好になっていたみたいだ。
「いや、うん……おはよ」
へらへらと笑う貴女はやはり酒臭い。けれど貴女が私の隣にいて、いつものように笑いかけてくれることに安堵する。あんな夢を見た後だから余計にそう思った。
「起こしちゃってごめんねえ。でも、うなされてたから心配で」
「……」
夢の中身を思い出すと喉が締め付けられる。
ひどい悪夢だった。
昨夜の行為のせいなのだろうか。
私は貴女が欲しかったのだろうか。
私は貴女を自分だけのものにしてしまいたかったのだろうか。
そうじゃないと、否定したい。
でももしも、夢が私の潜在意識を映し出しているのであれば、あるいは。そう考えてしまうと自分の気持ちもわからなくなってしまう。私は貴女に何を求めているのか、貴女に何をしてあげられるのか。
自分の感情を理解できなくなった時、人は涙を流す。涙で貴女を濡らしてしまわぬよう、必死で涙を拭う。
勝手に泣き始めた私を、貴女は戸惑うでも怒るでもなくただ優しく抱いてくれる。
その優しさに、私は縋る。
こうしてまた一つ、私は罪を重ねた。
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