地獄への回送

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地獄への回送

「あなたも経験したことあるでしょう? なんだか唐突に死にたくなるんですよ」

「いいやぁ、私にはどうにもわかりませんね。ま、私が生き地獄に落ちたことがないからなんでしょうかね」

「なら、今度体験してみたらいいじゃないですか。あなたがたならいつでも落ち放題でしょう」

「勘弁願いますね。こっちだって別に暇じゃないんだ。次から次へとあんたみたいな人がここへ来るもんで」

「へぇ、一日に何人くらい?」

「そうですねぇ、昨日は五十六人でしたね。一昨日なんて六十人は来ましたよ」

「みんな自殺した人ですか? それは忙しそうだ」

「全くですよ。ま、自殺者の方はもう一度生き地獄に戻ってもらうことになってるんです、って伝えるだけで済む場合がほとんどですけどね」

「済まない場合があるみたいな言い方だ」

「まさにアンタだよ。あんたときたら何度生き地獄に戻したって自殺してここに帰ってくるんだから、困ったもんだ。あんたは覚えてないでしょうがね、もうかれこれ数えて八回目なんですよ」

「なにがです?」

「あんたが生き地獄とここを行き来した回数ですよ。自殺した回数とも言えますが。もうすっかりあんたの魂の形まで覚えてしまいましたよ」

「はぁ、それはご迷惑を……」

「その言葉を聞くのも八回目だ」

「ははは。だけど仕方のないことなんですよ。どうにも死にたくなってたまらない」

「なぜなんです?」

「なぜでしょうかね。自分でもよくわかりませんが、なんだかいろいろ不安になるんですよ。ほら、その昔にたいそうなこと言って死んでいった人がいるでしょう。僕の将来に……、なんとかって不安の」

「芥川龍之介ですか? ずいぶんな大物引っ張ってくるもんだ」

「そうそう、芥川だ。そう、彼が言い残したじゃないですか。将来に対する不安って。それに近いものによって私は自殺したんですよ」

「大げさな……」

「少しも大げさなことなんてありませんよ。AIに仕事を奪われるとか、食糧難になるとか、それが原因で戦争まで起きるなんて言う。それに地球温暖化と環境破壊の深刻化ときた。これっぽっちも生涯を順当に全うできる気がしない」

「ネットの浅知恵を鵜呑みにしすぎなんですよ」

「そんなことは!」

「そうでなくてもね。将来に対する不安なんて誰もかれも持ってるもんですよ。もちろん人によってその大きさは異なるでしょうけど。だって生き地獄ですから、苦しいに決まってる」

「だから自殺はするな、と言いたいんですか?」

「いやいや、そんなことはないですよ。好きにしてもらって結構と思っていますよ、基本的にはね。だってもう一度生き地獄に送り返すだけですから」

「なんなんだ一体! それなら私が自殺する理由など関係ないでしょう。首を突っ込まないでくださいよ」

「とは言いましてもねぇ、あんたは今度で九回目の生き地獄ですよ。またあんたと顔を見合わせて話すのは御免被りたいもんで。普通の自殺者は案外理由がはっきりしてるんですよ。いじめられたり、病気を苦にしたり。そうしたら今度の人生じゃ、波長の合う人ばかり出会うように仕向けたり、丈夫な肉体を得られるようにしたりして、そうしてほとんどの人は生き地獄を終えるんですよ」

「なんだ、ずいぶん気前がいいですね。苦しませるんでしょう?」

「それでも十分苦しいですからね、この地獄は。それにずっと生き地獄にいられちゃ色々困るんですよ。さっさと次の地獄に移ってもらわないと、私らが閻魔大王に怒られるんですから。だからあんたにも、生き地獄をそろそろ終えてほしいんですよ」

「それは無理な話ですね、次の人生でもきっと自殺しますよ私は。芥川のようにね」

「その芥川は今、無邪気な少女になって蝶々を追いかけてますよ。自殺のジの字も知らないでしょうよ」

「これから知って、考えますよ。きっとね」

「全く嫌なこと言いますね……。とにかく、もう自殺はよしてください、頼みましたよ。もっとバカなことだけ考えて生きてくださいよ」

「善処はしましょう」



「才川さん! 生まれましたよ、元気な女の子ですよ!」

「本当ですか! ああ、ああ、よかった。よかった! やったな……、遥」

「お名前はもうお決まりですか?」

「ええ、妻と話し合って、決めてあります。名前は……、希望のぞみです。どんなことがあっても、希望を持って生きてほしい、そんな思いを込めました」

希望のぞみちゃん……、とてもいいお名前だと思います。きっと幸福な人生を歩まれますよ」

「そうなることを願うばかりです」



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地獄への回送 rei @sentatyo-

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