やるせなき脱力神番外編 RESTRICTED AREA

伊達サクット

番外編 RESTRICTED AREA

 旅の女剣士・ミレーヌが王都を歩いていると、目の前に巨大な鉄の門が現れた。


「ストーップ!」


「ここを通ることまかりならん!」


 門の両脇には、鎧姿の巨漢二人が門番として立っており、大きなほこを交差させミレーヌの行く手を阻んだ。


「ちょっと、ここ通りたいんだけど」


 ミレーヌが怪訝な顔をして抗議する。ミレーヌはビキニアーマーを装着し、背にはマントをなびかせている女だった。


「迂回するがいい!」


「迂回するがいい!」


 門番を務める二人の巨漢は、筋骨隆々で屈強そのものの容姿であるが、もっと特徴的なことは、二人ともそっくり同じような見た目をしている点であった。


「なんなの? アンタ達?」


「我が名はライジング!」


「我が名はフウジング!」


 二人の門番は鉾で通せんぼしたまま、順番に名乗った。


「ここは通行禁止である!」


「旅人よ、迂回するがよかろう」


 ミレーヌは二人を見上げ、鋭い視線を作った。


「何で通れないのよ?」


「ここから先は泣く子も黙る変態ストリート!」


「左様! 王都中の変態という変態が集まる魔の区画! なんじの如く露出度の高いビキニアーマー姿で入ったら、たちまち変態共の餌食となろう!」


「一歩踏み入れたが最後、生きて帰ることはできぬ!」


「そうなったら門番を務める我らの責任問題になる! たまったものではないわ!」


「左様! 汝の如きか弱い女子を変態達の目に晒すわけにはゆかぬ!」


 二人は厳つい表情で、大仰な様子で語った。対して、ミレーヌは小馬鹿にしたような笑いを飛ばす。


「ムッ?」「ムムムッ?」


 その態度にライジングとフウジングは眉をしかめた。


「アタウィがそんな脅しにビビると思ってんの? こう見えてもアタウィ、結構腕に自信があるのよ。そんな変態共、まとめて片づけてやるよ」


「愚か者が!」


「変態ストリートに隔離されし変態共を甘く見るでない!」


 ライジングとフウジングが大胆不敵なミレーヌを一喝するが、彼女は態度を改めない。


「アタウィは大丈夫だから! 通してよ!」


「ならぬ! 人智を超越した伝説の変態共が居並ぶこの区画に女一人で入るのは自殺行為なり!」


「貴様などどうなろうが知ったことではないが、事件が起きて責任を取らされるのは我らぞ! こちらの立場を考えてもらおう!」


「そんなんそっちの都合だろ。アンタ達の立場なんて知ったこっちゃないわ。アタウィは誰の指図も受けない。通るったら通るよ!」


「どうしても通るなら!」


「我らを倒してから行け!」


 ライジングとフウジングは静かに腰を落とし、地面をしかと踏みしめ、巨大な矛を構えた。


 それだけで、あたかも地響きが起きたかのような圧迫感をミレーヌは感じた。


「……何よ! 偉そうに! バーッカ! アンタらこそ変態じゃない!」


 ミレーヌは悪態をつきながら二人に背を向け、マントを揺らしながら去っていった。







 ワルキュリア・カンパニーの管轄従者・シャルロッテが婚約者の屋敷へ向かおうと街路を歩いていたら、眼前に大きな門が現れた。


 今までこの道にこのような門はなかったはずである。扉は閉ざされており、その両脇には、全身武装の筋骨隆々の大男が二人、仁王立ちしていた。


 構わずシャルロッテは歩みを進め、門番達と相対した。


「開けてもらえます?」


 シャルロッテが何気なく問う。


「駄目だ」


「ここは通行止めなり」


 先程ミレーヌに言ったのと同じように、ライジングとフウジングは交互に警告の言葉を出した。


「何でよ。今までここ通れたじゃない」


 そう疑問を投げかけたが、彼らの答えはシャルロッテの予想を超えるものだった。


「この先は冥界中の変質者達が集められた変態ストリート!」


「一般人が踏み入れたが最後、変態の餌食となって死あるのみ!」


「ハァ!? 意味分かんないんですけど」


 シャルロッテは一気に不機嫌になり、二人の瓜二つの武将姿の男達をにらみつけた。


「意味など分からぬ方が幸せというもの」


「左様。この先に広がる世界のことなど、知る必要もない。汝の人生にとって全く無駄な知識なり」


「どうでもいいから、とにかく開けてよ」


 シャルロッテが苛立ちながら、再び要求する。


「ここは通行止めなり」


「引き返し、三番通りから迂回するがよい」


 フウジングがシャルロッテの後方を指差しながら言った。


「ハァ!? そんなの超遠回りじゃん!? めんどくさい! 何なのあなた達?」


「我が名はライジング!」


「我が名はフウジング!」


 門番達はそう名乗った後で、「この変態ストリートの門を守るものなり!」と二人同時に声を張ってみせた。


「いや名前なんかどうでもよくて、どうして今まで普通に通れた道がそんな変態の巣窟になってんの? おかしくない?」


 シャルロッテは二人の言うことは理解できても、納得は到底できない。


「これは冥界政府の政策なり!」


「左様! 新聞読んでないのか!」


 ライジングとフウジングが憤懣やるかたない表情で言い放った。


「ハァ!? 知らないわよそんなの! おかしいもんだって!」


 売り言葉に買い言葉で、シャルロッテもヒートアップしていく。


「私から説明しましょう」


 そのとき、門の脇に建てられた詰所のような小屋から、足早に一人の男が歩いてきた。身なりの良い中年の男で、その服から政府の役人であることが察せられる。


 男の名はグロスという。冥界政府の政務官である。


 グロスは冷たい視線を向けるシャルロッテと、顔を紅潮させている二人の門番の間に割って入った。


「あのですね、ここから先は政府の施策によってですね、市民に害を及ぼす変態達を住まわすことになったんです、はい」


 グロスは黙って睨んでくるシャルロッテに対して若干尻込みしながら、物腰柔らかに説明した。


「それが意味分かんないって言ってるの。何でそんなことになったのよ」


 シャルロッテは大きな胸を抱えるようにして腕を組んだ。


「最近王都にあまりに変態が多くて、被害が多発してるじゃないですか」


「ええ」


「だからある区画を設けて、そこに変態達を押し込めて、隔離しようっていう取り組みなんです。住み分けです」


「そんな変態達が黙って言うこと聞くわけ?」


「いや、つまり、だからこそ、このライジングとフウジングがこの門の番人をしているんです。凶悪な変態達を一歩も外に出さないように」


「私今まで何回もこの道使ってたけど、いつからそんなことになったわけ?」


「えーっと……、最後に通ったのはいつですか?」


「先月ぐらいかしら」


「二週間前ぐらいから始めたもんで」


「そんな二週間でできることなの? 元々住んでた人はどうしたのよ? 追い出したの?」


「まさか! 交渉して転居してもらいましたよ。政府から補償として立ち退き料支払って」


「そんな簡単にみんな納得する? いきなり立ち退いてって言われて」


「いや、その、だから」


「『いや、その、だから』いらない! ちゃんとしゃべりなさいよ!」


 シャルロッテは納得いかない気持ちが抑えられず、冒頭に余計な単語を付け足す癖のあるグロスに苛立ちを募らせた。


「す、すいません、いや……、みんな立ち退きましたよ。『変態が来るよ~』って言って」


「誰がどう言ったの?」


「いや、対象者に説得したんですよ。『ずっとここに住んでると変態が来るよ~。立ち退いた方が安全だよ~』って言って」


「何それ!? 脅迫じゃない」


「違います! だって事実ですもん!」


「アンタがそんなこと言って回ったの?」


「ええ、まあ、はい。そうです。まあ正確に言うと私の部下達がですけど」


「でもアンタの指示でしょ」


「はい」


「それって問題じゃないの? だってアンタ達がここに変態を呼び込むのに『変態が来るよ~』って、まるで変態達が勝手に来るみたいな言い草じゃない?」


「いやでももう決まったことでしたし」


「ハァ!? おかしくない!? 住人の了解も得ないままそんなこと決めてるの?」


「……あなた、痛いところ突いてきますね」


「いや、当然の疑問だと思いますけど」


「あの、そこら辺は大丈夫です。進め方に関してはちゃんと司法院に法的にチェックしてもらってますから」


「ふ~ん……。でもやり方的にすっごく気に食わない。納得いかない」


 別にあんたの理解と納得は必要ないだろう。グロスは心の中で毒づきながら額の汗をぬぐった。


「まあ、諸般の事情ありましたけど、結果的にみんな納得して転居してもらって、空いた土地に変態に住んでもらってるってわけです」


「変態達は大人しく引っ越すの?」


「はい。給付金を払ってますから」


「ハァ!? それ税金でしょ」


「まあ、はい」


「ふざけないでよ! 何でそんな変態に税金が流れてんの?」


「それも予算の中でちゃんとやってますので!」


 終わらない指摘に対し、グロスも若干語気を強くする。ライジングとフウジングは黙ってその様子を眺めることしかできない。


「一人いくら払ってんの?」


「10万Gギールド


「ハァ!? ふざけんなよ!」


 シャルロッテがグロスの胸倉をつかむ。


「ヒイッ!」


 グロスが情けない悲鳴を上げる。


「貴様ッ!」


 ライジングとフウジングが咄嗟に鋭い鉾の穂先をシャルロッテに向けた。それを見てシャルロッテはグロスを軽く突き飛ばす。


「変態は全部で何人いるの?」


「三百人ぐらい……」


 グロスが弱々しく言った。


「じゃあ3000万Gよね。はぁ~、ホンットあり得ない!」


「あぁー……」


 シャルロッテの剣幕に気圧され、グロスは反論の言葉を見つけることができないでいた。


「一体だれのアイディアなの?」


「あの……私です……」


「アンタなの? 当然いくらかは自分でお金出したんでしょうね?」


 シャルロッテがそんなはずはないと分かりきっていながら、意地の悪い質問をした。


「い、いや、それは出してないです……」


 グロスは辛そうに言葉をしぼり出した。


「ふーん。まあどうでもいいけど」


 シャルロッテはグロスが言い終わらぬ内に、もう彼には一瞥もくれず、門に向けて歩み始めた。


「……やむを得ない。ライジング! フウジング! この門を死守しろ!」


 わずかなためらいの後、グロスは二人の門番に命じた。


 犯罪者が罪を犯すのは、罪を犯せる環境が整っているからである。この区画に押し込めてしまえば、襲う相手がいないのだから(いても同じ隔離された変態同士)、変態も一般市民に危害を加えようがない。今やこの区画には善良な一般市民が住んでいないからだ。


 だからこそ、この門を通すわけにはいかない。改めて立ち塞がるライジングとフウジング。


「ここは通すわけにはいかぬ!」


「民を変態との交わりを絶ち、治安を維持するのが我らが使命!」


 シャルロッテはスレンダーで洗練された肉体に、闘気と魔力を巡らし、けんを構えた。







「ハアッ!」


 フウジングの鉾の軌道・スピード・リーチを完全に計算したシャルロッテは、相手の力の流れを読み、フウジングの顔面にハイキックを叩き込んだ。


 理論上最大の運動エネルギーが生じる位置関係と角度から放たれた鋭い蹴りは、相手の脳を揺らし、平衡感覚を失わせる。


「ハッ!」


 間髪入れず、フウジングの重心を崩す角度で、胴体にオーラを纏わせた掌底しょうていを叩き込むとフウジングは後方へ吹き飛び、門に衝突して気を失った。


 側には既にシャルロッテにやられて満身創痍のライジングも倒れていた。


「ひょえええええ……」


 グロスは目の前の光景が信じられなかった。


 あの無類の強さを誇る双子の兄弟・ライジングとフウジングがこうもあっさりとやられたという事実が。


 グロスは目の前でライジングとフウジングを倒した女が、強者が揃いのワルキュリア・カンパニーの管轄従者であることを知らなかった。


 そして彼女が、元は冥界の貴族階級のみが入れる次世代の冥界を担う人材を養成する機関『ヘルゲート』の出身で、そこでも特に成績が優秀だった超エリート戦士であることも。


 彼女の使う、最新の格闘・魔法理論によって構成された『HMMA(Hell Mixed Martial Arts/冥界総合格闘技)』の頭脳的格闘技により、ライジングとフウジングは敗れたのだった。


「はわわわわわ~! と、通るがいい~!」


 グロスが情けない声色で敗北宣言をする。ライジングとフウジングが倒れたことにより、門はまるで封印が解けたかのように、重々しい音を立てて独りでに開いた。


「あなた、部下に戦わせて自分は戦わないわけ?」


 シャルロッテが冷たい目線で、グロスを見下しながら問うてきた。


 思わぬ展開にグロスは心臓をしぼられる思いだ。


「あ、いや、わ、私は文官で、戦う方の人じゃないから……」


 グロスは苦し紛れに引きつった顔で愛想笑いを浮かべる。


「情けないわね。男だったらかかってきなさいよ」


 シャルロッテがグロスに対して構えを取った。彼女の体が再び洗練されたオーラで覆われる。


 しばらく逡巡した後、グロスは覚悟を決めたように軽く咳ばらいをした。


「で、では……。うおおおっ!」


 グロスがやぶれかぶれの精神でシャルロッテに向かって突撃したが、その刹那、シャルロッテの長い脚から繰り出されるハイキックを食らう。


「あべっ!」


 空中に吹き飛んだグロスは、ライジングとフウジングが倒れているところに折り重なるように落下し、そのまま気を失った。




 雑魚共が片付いたところで、シャルロッテが門を通ろうとする。


 すると、丁度そのタイミングで、彼女の背後に一台の高級魔動車が停まった。


「シャルロッテ!」


 後部座席の窓から顔を見せたのは、シャルロッテの婚約者(兼パトロン)であるサマトスである。紫色の肌を持つ金髪の男で、鼻筋の通った端正な顔立ちをしており、レンズの大きな眼鏡をかけている。右の側頭部からは後ろに向かって真っ直ぐな鋭い角が生え、左の側頭部からは鳥のトサカが生えていた。


「サマトス! どうしたの?」


「商談が終わったから家に戻るとこなんだ」


 サマトスは、城下町を拠点として手広く商売をしている豪商の御曹司である。


 シャルロッテはサマトスの顔を見るなり喜びの笑顔を見せた。丁度シャルロッテもサマトスの屋敷へ向かうところだったのである。


 サマトスがドアを開けると、シャルロッテはさっさと魔動車に乗り込んだ。


「魔動車だから広い道使っていくよ」


「道なんて何だっていいわ」


「あれは?」


 サマトスは変態ストリートの門の前で倒れている三人を指差し、不思議そうな表情をした。


「知らない」


 シャルロッテはそっけなく言う。


「あっそ。じゃあ、屋敷に向かって」


 サマトスが運転手に命じると、魔動車はUターンして三番通りの方へ走っていった。







 しばらくして、物陰から一人の女が静かに出てきた。


 先程追い返された女剣士・ミレーヌである。


 二人の門番と一人の政務官がぶっ倒れている現場を見て、ほくそ笑んだ彼女は、悠々と開けっ放しになっている門をくぐっていった。




「そ、そんな馬鹿な……! 嘘よっ! このアタウィが、アタウィがああああっ!? 嫌アアアアアアッ!! やめてええええええっ!!」




 程なくして、変態ストリートからミレーヌの悲鳴が聞こえ、門からは獲物に飢え、我慢できなくなった伝説級の変態達がぞくぞくとあふれ出てきた。







 その後、政務官グロス、王都警備隊のライジングとフウジングはこの件の処分を受け懲戒免職となった。


 女剣士の行方は、誰も知らない。




<終>

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