微睡

澪凪

キスの日

ゆらゆらと揺れるベッドサイドの光の中で、私は彼に抱きしめられた。


「みやちゃん、俺キス上手いんだよ?」


「何言ってんの?」


酔いながら、お互いに右も左も分からずにただ重ねるだけの行為に意味は無かった。


それでも、行為中にかけられる声は全て優しくて。


「みやちゃん」


「かわいい」


「こっち向いて」


「好きだよ」


お酒の力がかかっていても分かる、都合の良い言葉に私は溺れた。


「たばこ吸う」


私は彼の背中にくっついた。


「みやちゃん、たばこくさくなるよ」


「いい、ゆいくんといる」


たばこに向けられるその時間さえも、私が独り占めしたくて。


私は彼の火をつけたたばこに手を伸ばした。


「痛い」


私は彼のたばこの火に手をつけてしまった。


じゃくじゅくとしているその傷は、冷やしても冷やしても治らない。


まるで傷が治らない、痕のようで。


「ごめん、俺が気をつければ」


お互いに酔っ払っているのだ、仕方がない。


「大丈夫」


たばこの火を消して、向き合う彼は誰か別の人を目の奥に探していた。


気がつかないふりをした。


馬鹿なふりは良くも悪くも人を助ける。


その時だけ、一時的でも私を見てくれる彼はとても優しかった。


「おいで」


ゆらゆらと光が揺れて灯るベッドに誘われ、私は花の蜜に寄っていく蝶のようで。


「かわいい」


奥にいるのは誰?


「一緒にいて」


その言葉を届けたい相手は誰?


「こっち向いて」


本当の気持ちは私に向いてないでしょう?


「キス、させて」


したいのは私ではない誰かでしょう?


理性では理解しながらも、その場の衝動で動いてしまう私は脳内で警報が鳴っていた。


「声」


いつぶりだろうか、キスをするのは。


壁が薄い部屋だからと言われ、私は止められない声を無理やり止めた。


「まだ声出てる」


溺れて息ができないくらいに求められるなんていつぶりだろう。


私はまた自傷の道へと進むのだろう。


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