「魚の着物」
佐々木 煤
三題噺 「魚」「呉服屋」「市場」
名のある呉服屋にこんな話が伝わっている。
江戸時代、呉服屋の主人は殿様からの注文に困っていた。誰も着たことのないような、新しい着物を仕立ててほしい、褒美には糸目をつけないと言うから引き受けたもののさっぱりと良い文様が思い浮かばなかった。
夜、店内で布とにらめっこをしていると戸を叩く音とべしゃべしゃと物をぬらす音がした。夜分だし、集中していたものですからぶっきらぼうに
「もう店はやってないよ、明日の朝にでも出直してくな」
と応えた。
「ごめんくださいまし、ごめんくださいまし、今日出ないと困るんです」
戸の方からは泣きそうな声が返ってきた。かわいそうになった主人は事情だけでも聞いてやろうと提灯を持って開けてやった。そこには子供の身の丈ほどの赤い着物を着た魚がいた。呆気にとられていると魚は泣きながら話し始めた。
「私は魚の国の平田と申します。呉服屋を営んでいるのですが、殿様から注文を受け仕立てようとはしているのですがどうにもいい柄が思い浮かばんのです。ここの呉服屋は江戸一番と海の中でも噂が届いてます。どうか力を貸して下さい」
同じ状況におかれていると分かり、主人は店の中へと入れてやった。魚と一緒に考えて、魚の国で流行っている柄と江戸で流行っている柄とを教えあった。魚の国の柄は主人には見たこともなく、江戸の柄は魚には物珍しかったからだ。魚は喜び海へ帰っていった。
教えて貰った文様で仕立てた着物は、それはもう素晴らしく、殿様は破格の褒美を主人に与えた。市場にも流通させ呉服屋は大変栄えたそうな。それから現代に至るまで、この呉服屋では海の魚は食べないようにしている。あの日あった魚を間違って食べないようにしているのだ。
「魚の着物」 佐々木 煤 @sususasa15
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