急がば回れ

万倉シュウ

席は一つ、人は二人

 出端でばなをくじく、という慣用句がある。物事に取り組み始めたばかりのところで、思いがけない妨害により中断を余儀なくされることである。自分の意思に反して物事が頓挫とんざする場面で使われることが多いだろう。その文脈からは、明言されずとも諦念ていねんや苛立ち、失望といった負の感情が読み取れる。

 今もまさに出端をくじかれた、と言うべき状況なのだろう。新学期の教室。雑然とした雰囲気の中、一人の男子生徒が目を丸くし、俺の真後ろに座る男子生徒を見下ろしている。当の男子生徒もまた目を白黒とさせ、相手の顔と学習机とを交互に見比べている。

 立っていた男子生徒は首をひねり、


「ここ、俺の席なんだが」


 と言った。

 後ろの男子生徒が戸惑いをあらわにする。


「え? 俺の席、だけど」


 立っていた生徒の視線が俺の後頭部に突き刺さる。心機一転、平穏無事な高校生活を送ろうと思っていた矢先にこんな災難が降りかかるとは。しかも、この人物と関わることになるとは、因縁なのか腐れ縁なのか。


越渡こえど君、どういうことだろう?」


 不意に声をかけられ、俺はゆっくりと振り返る。愛想笑いを浮かべ、なるべくとげがないように言葉を選ぶ。


「どちらかが間違えているということでしょう」

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