退屈しのぎ

 三


 始業まで残り十分。教師が来るまで残り数分といったところか。手短に解決したい。

 とは言え、答えは明快。俺ははっきりと告げる。


「遠野さんの席はこちらですよ」


 俺は左斜め後方の席を指し示す。同時に、後ろの席の須田さんが前方の黒板を指差した。黒板には大きく座席表が描かれている。それによると、俺の後ろの席は須田臨すだのぞむさんで、遠野さんはその左隣の席だった。

 遠野さんは目をしばたたかせ、


「確かに」


 とうなった。

 遠野さんは教卓を迂回うかいして自席へと着いた。周囲のクラスメートに一連のやり取りを聞かれていたけれど、奇異の目で見られることはなかった。それでも『変なやつがいるな』くらいの認識はもたれているはずだ。

 遠野さんから解放され、俺は胸を撫で下ろす。妙な出来事に巻き込まれたけれど、おかげさまで須田さんと面識をもつことができた。ありがとう、遠野さん。これ以上は大人しくしていてください。


「越渡君、どうして俺は席を間違えたんだろう」


 後方より気安く問われた内容に、俺は無視を決め込むわけにはいかなかった。人付き合いは、広く、浅く、ほどほどに。これ以上親睦を深めたくはないけれど、険悪な間柄になりたいわけでもない。しかも、今ここで遠野さんをないがしろにしてしまえば、周囲のクラスメートへの印象も悪くなる。俺の信条を知ってか知らぬか、遠野さんは俺が振り返るのも待たずに続ける。


「確かに俺はそこの須田君、だよね? の席が自分の席だと思い込んでいた」


 須田さんは戸惑いつつも、


「うん」


 と首肯した。声が小さいのは始業開始間際だからだろう。


「なのに、いざフタを開けてみれば、俺の席じゃなかった。とんだ道化だ」


 フタと言うか、扉と言うか。いずれにしろ、教室はブラックボックスかもしれないけれど、掲示板に座席表が貼られていた以上、学校側に非はない。無論、巻き込まれた須田さんにも非はない。全ての非は遠野さんにある。


「座席表を見誤ったのかもしれません」

「そんなにも間が抜けているように見えるかい?」


 間が抜けているようには見えないけれど、実際間が抜けているのだからたちが悪い。しっかり者のようでいて、どこか抜けているのが遠野さんなのだ。


「では、隣の席が須田さんであることを認識していましたか」

「いいや、自分の席しか見てなかった。なにぶん焦っていたものでね」


 入学式の日に遅刻となっては決まりが悪い。豪放な性格の遠野さんと言えど、焦りもするだろう。


「だが、だからこそ自分の席を見間違えていないと自信をもって言える。俺は座席表からインプットしたイメージに従って、須田君の席を自分の席だと判断した。むしろ、昇降口から教室に来るまでそのイメージしか頭になかった」

「よくここまで辿り着けましたね」

「大冒険だったさ。昇降口を右に曲がって……」


 遠野さんはしみじみと頭を振って、


「奇跡みたいなもんだ」


 と締めくくった。

 大袈裟だなあ。とは言え、遠野さんの記憶力が良いことは事実だ。


「校内見取り図は見てこなかったんですか」


 入学書類の中には校内見取り図があった。昇降口から一般棟に至るまで、事細かに描かれていたと記憶している。


「見たさ。だが、そいつがあだになった」

「確かにあの見取り図はわかりづらかったですね。方角くらい書いてくれてもいいのに」

「まったくだ。天地の記載が欲しかったよ」


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