第19話 ここがゴールだと思ってた

 ……でも、それはそれ。



 私には、早速やらなきゃいけないことがある。何とかして、お兄ちゃんにウィスキー以外のお酒を飲ませないと。



「お兄ちゃん、この後はどこか行くの?」


「いや、今日は終わり。ゆっくりするよ」


「そっか」



 呟いて、一度トイレに行ったとき、再び家のインターホンが鳴った。なんだろう、二人が忘れ物でもしたのかしら。



「睡眠薬?」


「はっ!?」



 声が聞こえて、すぐに外へ出ると、お兄ちゃんは薬を片手に首を傾げていた。その手には、私が注文していたブツが握られている。



「い、いやぁ〜。ち、違うんだよ。それ、私が飲むために買ったモノで、別にお兄ちゃんに飲ませようと思ってたワケじゃないんだよ?」


「へぇ」



 言って、ジッと私を見るお兄ちゃん。普通に逆ギレして開き直っても、絶対にスルーする気でいる目だと思った。



 思わず、顔を逸らす。



 なにか、なにか言い訳をしなきゃ。



「だ、だって、ほら」


「ん?」


「お、お、お兄ちゃんといると、ムラムラしちゃうから。それ飲んで、夜は早く寝ようと思って」



 ……。



「ミコのえっち」



 ああああああああああああ!!



 おにいちゃああああああんっ!!



「ち、ちがうもん」


「そんな真っ赤になって言われたって、ちっとも説得力ないよ。大体、ミコがエロ助なのはいつもの事じゃんか」


「エロ助じゃない!」



 熱くなりすぎて、意味がわからない!



 というか、どうしてそんな反応するんだよ!?いつもみたく、「こら」って言ってちゃんと叱ってよ!



 恥ずかしい!すっごい恥ずかしい!理由はわからないけど、今までで一番恥ずかしい!



 は、恥ずかしいけど。



「お兄ちゃん。その、これ」



 ミコは、転んでもタダでは起きない女なのだ!



「なにこれ」


「わ、私のレモンサワー。実は、お兄ちゃんに内緒で飲もうかと」


「それで、どうしてこれを俺に?」


「恥ずかしいから付き合えって言ってるの! 分かってよ、それくらい!」


「まだ4時過ぎだぞ?」


「別にいいでしょ!?」



 半笑いで、私の事を見ている。流石のお兄ちゃんも、あまりの荒唐無稽っぷりに呆れているようだった。



「二人に、何か聞いたのか?」



 ギク。



「いや、何も」



 相変わらず、感がよくて困る。ホント、青春殺しな人だよ。



 でも、ここでバラすなんて、そんな勿体ない――。



「俺は、素直な子が好きだな」


「聞きました。お兄ちゃんは、ウィスキー以外だとすぐに酔うって」



 まるで、砂漠でオアシスを見つけた旅人のように、反射的に『好き』という言葉に飛びついて白状してしまった。



 私ってば、ちょっと飢え過ぎだよ。せっかく、二人にチャンスを貰ったのに。



 ばか。



「そっか。じゃあ、飲もうか」


「え? いいの?」


「いいよ、寂しくなってるから」



 言われ、ようやく顔を覗くと、お兄ちゃんは少しだけ泣いているように見える。



 きっと、誰かが救われる度に、お兄ちゃんはこうして。



「そんなに本気でやってたら、いつか壊れちゃうよ」


「でも、生き甲斐なんだ」


「贖罪じゃなかったの?」


「最初はね。でも、今は違う」



 ……どういう意味?



「ほら、チョコも食べよう。悲しい曲は好きか? カーテンを閉めて、部屋の明かりも一つ下げて。今は床に座ろう、テーブルは使わない。レモンサワーは、半分こだ」


「う、うん」


「ミコ」



 お兄ちゃんは、レモンサワーを一気に飲んで、ベッドに寄り掛かると私の名前を呼んだ。



「おいで」



 ……何も、考えられなかった。多分、さっきの写真のせいだ。



 私は、呼吸も忘れてお兄ちゃんの中に納まって座ると、前に回された両の手を掴んで抱えて、一生離れないように強く背中を押し付けて。



 そのうち、匂いにクラクラしてきて。力無く開かれたお兄ちゃんの手を見ると、私でも勝てそうだなんて気になってきた。



「う……ぅ」



 子犬みたいに、頭を擦りつけて。上を向いて、何度も首や胸元にキスをした。もっと、重なるくらいにお兄ちゃんの温もりを求めた。



 絶対に、そうじゃなかった。お兄ちゃんは、隣の床を叩いて誘った。肩を寄せるだけのハズだったのだ。



 でも、我慢なんて出来ない。そんな風に言われたら、私の理性なんて吹き飛ぶに決まってる。



「好き、好きなの」



 欲しがったのには、お兄ちゃんなのに。貰ったのは、やっぱり私だ。



「えっちな妹で、ごめんなさい」



 止まらない。どうすればいいのか、全然分かんない。



 いつの間にか、私はお兄ちゃんにまたがって、倒れた缶なんてそっちのけで、シュワシュワと弾ける泡の音も無視して。



 這うようにほっぺまでキスをして、吐息を感じる、もうすぐに一線を超えるところまで来ている。



 お兄ちゃんの手を、無意識に太ももの内側に置いた。もう、濡れてしまってぐちゃぐちゃだ。



 分かってる。こんなの、ただのラッキーだって。偶然、こんな事になってるだけだって。



 でも、それでもいい。



 流れに身を任せてくれるなら、私はそれが一番嬉しい。このまま、お兄ちゃんの全部を呑み込んで、食べてしまいたい。一度取り戻した理性だけど、また捨てたって構わない。



 それくらい、本気で食べてしまいたいのに。



「どうして、叱ってくれないの?」



 無抵抗で、小さく息をするだけのお兄ちゃんを見て。



 私のやっている事が、どうしようもなく、あの男と同じなんだと気づいてしまった。



「お兄ちゃん、言ってたよね。男が望まない限り、こういう状況は生まれないって」


「そうだな」



 ようやく、お兄ちゃんは笑った。



「犯して欲しいの?」


「いや、そうじゃないよ」


「なら、どうして?」



 首を傾げ、メガネを外したお兄ちゃんの顔は、写真で見たのと同じモノだった。ほんのり赤くて、瞼がトロンと落ちている。



 あぁ、本当に他のお酒が飲めないんだ。



 今なら、何だって出来る。理想に届かない形でも、ゴール出来るならそれでいい。お兄ちゃんなら、絶対に許してくれる。



 確かに、私はサイアクだ。



 あの男の娘だって事、吐き気がするくらい理解して。しかし、その気持ち悪さが更に私を狂わせる。



 それでも、お兄ちゃんが欲しい。



 こんなに欲しいの、もうずっと前から我慢してたの。ここが疼いて、仕方ないの。いい加減、終わりにしたいってずっと思ってたの。他の子が諦めたって、私だけは絶対に諦めなかったの。



 だから、許してくれる。



 お兄ちゃんは、許してくれる。許してくれる、許してくれる!



 何をしたって、許してくれるに決まってるんだから!私は、お兄ちゃんを犯したっていいハズだ!絶対に、幸せになれるに決まってるんだ!



 私だってされたのだから、私だってしていいはずなんだ!



「……なのに」



 どうして私は泣いてるんだろ。



「これ、本当にゴールなの?」



 目の前に、ずっと欲しかったモノがあって、それに手を掛けて。初めて、疑問が浮かんできた。



「セックスしたら、お兄ちゃんは私のモノになるの? 裸を見せたら、愛してくれるの?」



 お兄ちゃんのソレを想像して、思わずお腹の内側が締め付けられる。



「愛って、セックスなの?」



 切なくて、気が狂いそうだ。



「違うんじゃないか」



 朦朧としながら、お兄ちゃんは呟いた。もう、フラフラして今にも瞼が落ちそうだ。



「ごめんな」


「な、なんで、謝るの」


「他の方法が、絶対にあったから。ミコが、こんなふうにならないように、もっとちゃんと救ってやれる方法が」



 そして、お兄ちゃんは私の頭を撫でて。



「はは、やっと言えた」



 力尽きたように、私を抱えたまま眠った。目の下のクマ、本当に真っ黒だ。



「……ズルいよ」



 私だって、分かってる。



 きっと、あの時ちゃんと『ありがとう』を言えていれば、こんなに好きにはならなかったって。もっと、ちゃんと妹になれてたんだって。



 でも、お兄ちゃんを好きになるきっかけが無ければ、私はずっと怯えてた。お兄ちゃんが、ずっと後悔してた行動で、ちゃんと救われてる。



「だから。そんな事は、言いっこなしなんだよ……」



 呟いたって、どうしようもない。もう、お兄ちゃんは眠ってしまったのだから。



 寝息は、静かだ。私に甘えているみたいで、凄くかわいい。



「こんなに疲れるまで、私以外の人に尽くして」



 ならば、せめて眠ってる間くらい、私にもっと優しくして欲しい。私だけの人であって欲しい。



 だから、私はお兄ちゃんの上に乗ったまま、睡眠薬を飲んでレモンサワーで流し込んだ。



 ……だんだん、頭がフワフワしてきた。流れている曲も、どこか遠くに聞こえる。



 まさか、本当に言った通りの使い方をするハメになるだなんて。



 私、嘘がヘタクソになったみたい。

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