判断しない

シヨゥ

第1話

​「好きとか嫌いとかを考えるのはやめたんだ」

 彼はすんとした顔でそう言った。

「いや、そう判断をすることやめたと言ったほうがいいかな」

「判断をやめた?」

「そう。相手を見て、好きと嫌いどっちのかごに入れるか。そういう作業をやめることにしたんだ」

「なんで?」​​

「そりゃ……人付き合いの苦手な僕が人を好きになったら疲れちゃうに決まっているからさ。そんな疲れる未来を創造する作業なんて無駄も無駄」

「無駄って……それでもこの子好みだなと思うこともあるんでしょう?」

「そりゃあるけどさ。その時はすぐに『判断している』と思うようにしているんだ。そうして好きのかごに入れたボールを捨てるのさ」

「好きを否定して楽しい?」

「楽しいかどうか、これも判断しないことにしているんだよね。楽しいからずっと続けたいなんて思いがずっと続かないからね。楽しいと判断したらそのボールを捨てて距離を取るようにしているよ」

「君、疲れてない?」

「疲れているかどうかなんて――」

「それは判断しないとダメだよ!」

 思わず声を荒げてしまう。

「ごめんごめん。でも疲れているかどうかはさ、判断するというよりは認めなきゃ。認めて初めてどうするかを判断する。疲れってそういうもんだよ」

「そうかな? やることが山のようにあるのに疲れていると判断して止まっていたら進めないじゃないか」

「それで倒れたとしても?」

「それでも。倒れたなら倒れたで判断しなくて済むじゃないか。休むしかない。それって一番楽じゃないか」

 こんなことを真顔で言っているのだから恐ろしい。

「とりあえず僕は忙しいんだ。判断させるような問い掛けはもうよしてくれ。これ以上些細なことで疲れたくないんだ」

 そう言って彼は席を立った。

「それでも休めと何度でも言うよ」

 そう声をかけたが彼は振り返らない。そのまま部屋から出ていった。悲壮感の溢れた顔。その顔だけが妙に脳裏に焼き付いているのだった。

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判断しない シヨゥ @Shiyoxu

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