きっと兎はここにいる
@hiiragi1373
第1話 出会い
―目があった瞬間心臓がドキリとした。
真っ白な体毛に長い耳、ペットの兎の倍以上長い脚にルビーのように真っ紅な瞳の奥は透けて見えるくらい澄んでいる。
数秒がとても長く感じた。釘付けだった。
それは今まで見てきたどの絵画や景色よりも美しく、魅力的だった。
その兎はさっと踵を返すとあっという間に駆けていった。
僕は導かれるように高台を登り獣道を歩き雑木林を抜けると小さな神社が見えた。
それが、僕と彼女の最初の出会いだった。
「…はぁ…。」
浅くため息をつきながら大きくのびをして、眠い目をこすりながら習慣でスマホのニュース欄をチェックする。
芸能人の不倫報道が大々的にピックアップされていたがとりわけ幼児虐待の記事が目についた。
3歳の子供がご飯を残した罰として熱湯を浴びせられ全身火傷によるショック死。神様なんていないんだろうな。
悲しいとは思うし腹も立つ、でもそれは一時のことで何か行動するわけでもないし今日の夕方や明日には別の新しい記事に上書きされている。
僕は恵まれていて、幸せなんだと思う。
蛇口を捻ればきれいな水が出るし勉強もできるし好きなものも買える、明日を生きるために必死な人たちがいるなかボーッとしていても明日が来る。
生きている中でなに不自由なく過ごせてはいるがそれは生きてるって言えるのだろうか。
僕の居場所に、僕が居て良いのだろうか…。
毎日こんなことを思いながら生きている。
このままでは駄目だと思っても忘れられない。
僕の時間は1年前のあの日から進んでいない。
去年のクリスマスイブ。
忘れられないまま月日だけが刻々と過ぎている。
学校に通っているのはこれから進む社会で大勢の一部となり溶け込めるように、順応出きるようにするための準備期間だ。
その間にみんなと違うことをしたら矯正される。それでも直らなかったら問題児のレッテルを貼り付ける。そんな"社会にとって都合の良い人間の製造工場"で僕は無事不良品になりつつある。
今死んでもやり残したことなんてないなぁ…。
なんて思いながらスマホをいじっているととある記事の見出しで手が止まった。
――柏木高校女子高生行方不明
……隣町だ。
記事を見ると3日前に友達の家に遊びに行くと言ったまま行方不明になってるようだ。
高校2年生…僕と同じ学年だ。身近でこんなことが起きているなんて…。
教室に入るといつもよりみんなの話し声が大きく聞こえた。
みんな隣町の同級生の噂でもちきりのようだ。
僕は席に着くと朝提出するノートに目を通した。嫌でも声が聞こえてくる。
「ねぇ見た?今朝のニュース!」
「柏木高校のやつ?やばいよねぇ~。」
「彼氏がやくざに借金して彼氏共々連れてかれちゃったらしいよ、海外に売り飛ばされるんだって。」
「えぇ!?嘘ぉ~、漫画みたいな話だね笑」
根も葉もない。関係ないから好きなように言えるんだろうな。なんて思ってるとクラスのグループチャットからメッセージがきた。
渦中の隣町の同級生の件だ。
その子の特徴や家族の連絡先、失踪時刻まで細かく記されていた。
情報求む!些細なことでも構いません!
1年E組新宮陽華 剣道部
失踪時刻 16時30分頃
一度帰宅後友達の家に行くと言って自宅を出たが実際に友人の家には行っておらず最後に目撃されたのは16時40分に駅前のコンビニで買い物をしているのが監視カメラで映っている。
服装は柏木高校の学生服
鞄ももっていたが昨夜柏木橋したの草むらに捨ててあり荷物が漁られた形跡あり。
財布や携帯電話等はなく残っていたのは化粧ポーチと教科書のみ。
身長160センチ
細身で肩につくくらいの髪の長さで外側にはねた髪型
左目のしたに目立つほくろがあるのが特徴
写真も添付されていた。
容姿は整っていて活発な印象。
胴着をきて竹刀をもってみんなと写っている。
剣道の大会だろうか、写真の真ん中でトロフィーを持っている彼女は満面の笑みを浮かべていた。
……可哀想に。
失踪の場合は8割は発見、保護される。
特に未成年の場合は突発的な家出も考えられるが今回は鞄が見つかり携帯などが抜き取られているから事件性が高い。
誘拐なら身代金などの要求があるだろうから生きてる可能性はかなり低い気がする。
現代の情報の拡散は凄まじい。
全然関係のない僕でも考察できるほど情報が簡単に探し出せる。
噂や憶測はよくも悪くもあっという間に広がって行く。
早く見つかってくれると良いなと思う。
あっという間に放課後になった。
毎日同じことの繰り返しだと日常は勝手に早送りされるのかな。
何かに打ち込めるってすごいと思う。
自分にはできないから。
夢や目標、好きな人だってできない。
なんとなく入った高校に本を読むのが好きだから入った部活。
楽しくない訳じゃないけど人生ってきっここんな感じで過ぎていくんだとわかった気がする。
生きている意味ってあるのかなって思う。
5月の風は少し肌寒い。
文芸部の活動がない時はお気に入りの場所に行くのが日課だ。
僕の高校と彼女が通っていた柏木高校は隣町で、柏木高校の裏手には柏林山と言う大きな山がある。僕はよくその山に行って山の中腹辺りの木製の古い屋根付きのベンチから町を見下ろすのが好きだった。
家から自転車で1時間。
結構遠いが家にあまり居たくない僕にとっては心地よい居場所だった。
すれちがうのはハイキングや山菜採りにきたお年寄りくらいで柏木学校の人と会うことはない。小学生の頃に見つけた僕の憩いの場所だ。
ソロキャンプが流行ってるのってこういうことなのかな。
誰にも干渉されず自由に、何も考えない時間と自分と向き合うための時間。
心を保つための健全な時間なのだ。
ここからみえる景色は薄暮の頃が一番きれいだ。
夕焼けが町の景色をガラッと変える。
しばらく眺めていると急に風が強くなって来たかと思うと急に雨が降りだした。
「まじかよ、今日雨の予報じゃないのに。」
鞄をもち自転車に乗ろうとすると強風で僕の帽子が飛ばされた。
「あ…っと!」
風に飛ばされてコロコロと転がり山の中に消えていった。まずい。
急いで回収しようと林のなかに入ると真っ白な兎が帽子の前にキョトンと立っていた。
距離にして5、6メートル。
体毛は雨には濡れていたが汚れていてもいいはずなのに純白そのもので水の光沢感も合わさり絹のような滑らかでそれに対比して紅く煌めく瞳が強調される。
生き物とは別のベクトルの妖精や神様、そんなファンタジーな様相を呈している。
束の間の静寂の後、長い脚でスキップをするかのように軽々山道を登っていく。
帽子を回収して、その後を必死で追いかけた。
美しさに引き寄せられるかのように。
雑木林を抜けると小さな神社が見えた。
妖精のような兎は見逃してしまったがこんなところがあったなんて。
まさかあの兎はこの神社の神様だったりして。
長い間人の手が入っていないようだった。
落ち葉はそのまま楔の部分にはクモの巣が張っている、水滴の重さで今にも壊れそうだ。
額束に目をやると【柏木神社】の文字が見えた。
鳥居をくぐり短い参道の脇に狛犬の像、手水舎に拝殿があった。
決して大きくはないが廃墟マニアの人が喜びそうな建築物と自然の融合、ジブリの映画に出てきそうな、そんな雰囲気。
拝殿の階段に人影が見えてビクッとした。
こんなところに人が?
ここの管理人かな?
でもそれならもっときれいなはずだ。
迷子…なわけないよな。そんな感じではない。
恐る恐る近づくと艶のある黒髪にみたことのある学生服を着ていた。
柏木高校の制服、ここは柏木高校の裏山だしいてもなんら不思議ではない。
横顔しか見えないが色白で透明感のある感じ。
雨が降っているのに全く気にしていないようだ。
僕は緊張したがこのままだと怪しいので少し震えた声で呼び掛けた。
「あ…あのぉ。」
返事はなかった。
もう一度さっきよりも大きな声で呼び掛けた。
「あの、すみません!」
ゆっくりこちらに振り向くと彼女はとても驚いた顔をしていた。
同時に僕も驚いた。
外にハネた髪の毛に左下の目にほくろ。
今朝教室でみた顔とそっくり、いや、同じだったから。
「「え?」」
2人同時に声をあげた。
それが僕と彼女との初めての出会いだった。
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