イラスト付☆人質の姫が害されてしまい開戦待ったなし

愛LOVEルピア☆ミ

第1話

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 エメロード宮に集う多くの者が身を固くしてしまった。大陸随一の大国であるスフェール王国、成人男性として平均的体格、茶色の髪に茶色の瞳で白い肌の国王エーデルシュタインは王位を継いで数年の若い国王、未だ二十五歳で深謀遠慮というよりは勢いや感情で動いてしまうことがある。


 公式な場だというのに、重臣を左右に並べているところで寵姫を隣に置いていた。暗い赤の長髪、細い身体に不釣り合いな大きな胸、小さな顔に大きな瞳、美人だと多くが同意するだろう。


 寵姫が隣にいる、それだけならばまだよかったが、隣国から招いた和平の証でもある隣国の王女、それも正妃として入国したマリンをこの場に呼び出したのだ。


「陛下にご挨拶を申し上げます」


 マリンは金色の透き通るような髪で、薄い赤の瞳をしている。はかなげなオニチェと反対で、理智的な雰囲気が漂う気品があった。切れ目で薄い唇は、十六歳という幼さを少しだけ上に見せる造形だ。


 玉座の前、段下でマリンはスカートを摘んで礼をする。背筋を伸ばして隣の椅子に座っている寵姫のオニチェに視線を向けて目を細める。玉座の隣の席は、古今東西を問わずに王妃の席だ。だというのにオニチェは立ち上がって王妃を迎えることもせずに、そのまま座っていた。重臣が緊張するはずである。


「あら嫌だわ、マリン妃ったらそんなに怖い顔をして」


 相手を馬鹿にするかのような喋り、だがエーデルシュタイン王はオニチェの言葉にうっすらと笑いを浮かべるだけに叱責するようなことはしなかった。


 マリンは和平の証、より分かりやすく言えば恭順の印として人質同様の扱いで文字通り単身嫁いできた。政略結婚の代表的な結末であってプライべートではまだしも、公式の場でこのような扱いを受けるいわれはなかった。笑うと年相応の愛らしさがある彼女だが、ここで厳しい表情を作らないわけにはいかない。


「寵姫オニチェ、いえオニチェ、格上の相手を名で呼ぶとは無礼でしょう!」


 貴族にはマナーがある、名を呼んでよいのは自身より下の者のみ。軽口は無視して指摘すべき部分を指摘する。とはいえ敵国同然のエメロード宮で味方は一人もいない。


「王妃だからって何よ! 仕方なく来たくせに、偉そうな口をきかないでよね!」


 重臣らの胃に穴が開く日はそう遠くない、これでも諫言出来ない者にその役目が全うできるほど世は甘くないだろうが。


「礼儀を弁えないばかりでなく、スフェール王国の序列を軽んじる発言、許されませんよ! オニチェは国家を、陛下を侮辱したに等しいわ」


 マリンの言はもっともであり、正論というものだ。それでもエーデルシュタイン王は何も言わない、王妃を擁護してオニチェを罰するべきなのにだ。クスクスと笑うだけのオニチェ。


 階段を登ると王妃の座に寄りオニチェを見下し「お退きなさい」感情を殺して告げた。


「ねぇエド、この人こわぁい」


 王をそのように呼んで笑う。直後。


 パァン!


 小気味よい音が響いた。ジリジリとした痛みがオニチェの頬を熱くした、訳が分からないと唖然とする。


「度重なる陛下への侮辱を反省しなさい!」


 ビクンとしてその場で大泣きを始めるオニチェ。その時、ついに王が動いた。立ち上がると王妃の座の隣に立つ。ようやく叱責をするかと重臣が小さく息を吐いた。


 王の手がオニチェの頭に置かれて撫でると、目線はマリンへ向けられた。


「王妃が暴力を振るうとは。野蛮とささやかれては余も看過できぬぞ」


「そんな……」


 マリンだけでなく重臣らも耳を疑った、ここで寵姫の肩を持つとは誰も思わなかった。


「オニチェへ謝罪するのだ」


「陛下への侮辱を罰しました、謝罪する必要を認められません」


「お前は余の命が聞けぬというのか?」


 王の威厳は存在しなかった、さりとてここで謝罪するわけにもいかない。マリンは息を飲んで今一度言葉にする。


「国を、陛下を蔑ろにした者を許すわけにはいきません」


「恐れながら陛下、その者は過ちを――」


 意を決した宰相が進み出て、オニチェを断罪しようと声をあげた。同時に王は腰の剣を抜くと、それをマリンへ向けて脅そうとする。が、切っ先が首筋を軽く触れてしまう。


「あっ……」


 王がつい声を漏らした。鮮血がマリンの首筋からあふれ出て、信じられない表情で倒れてしまう。


「い、医者を呼ぶのだ、大至急呼べ!」


 重臣らが動揺する、宮廷医が駆けつけたが傷口を見てすぐに頭を左右に振った。致命傷。


「余は悪くはないぞ! こやつが余の命令に反抗したからだ!」


 取り乱してあたふたとする王を見て、重臣らは今後起こることを想像する。人質である王女を王がその手で殺した、モジャウハラート国の国王がどう思うかを。無視して全てを捨てて逃げるには、彼らはあまりにも多くをスフェール王国から受け取り過ぎていた。


 山間にある小さな国モジャウハラート。芋を始めとした食糧と、鉄鉱石が産出される位でさしたる産業も無い。それだけに人を大切に育てるのが国是で、教育水準は他国と比較すると高かった。優雅とは程遠いけれども、国民は多少の不満を我慢してつつがなく日々を過ごしている。


 隣国のスフェール王国が覇権国家と呼ばれる一歩手前まで大きくなり、王女を送り出して半年。いつ攻め込まれるかビクビクと不安に暮らすことがなくなり、皆が喜んでいた。そこへ早馬が駆け込んできた。喪服で騎乗する者をみて領民が首を傾げていた。


 アイゼン宮に喪服のままやって来た一人の男は、右手に印を持って誰にも差し止められることなく王の目の前に辿り着く。簡素で装飾も少ない鉄十字の印、モジャウハラートの騎士である証だ。重臣らが居並ぶ場で膝をついて頭を下げる。


「はてクプファー卿よ、貴殿はスフェールの公館付であったはずだが、何故アイゼン宮にやって来られたのかね」


 宰相が王に代わり尋ねる。役目がある者は勝手に任地を離れると罪を得ることになるから。クプファーは下を向いたまま声を張って「マリン王女殿下がご逝去されました!」聞き違えようもない短い返答した。


「それはどういう意味かね」


 王のことを目の端で見て宰相は質問を重ねる。真偽のほどを確認することも忘れてはいけない、これが何かの罠であることなど日常茶飯事だから。


「エメロード宮にてマリン王女殿下が、王を侮辱したと寵姫オニチェを叱責したところ、エーデルシュタイン王がその手で剣を振るい、殿下の首を切り裂きました」


 悲痛な声で経緯を説明した。いくら隠そうとしても人である限り、見聞きしたことを漏らしてしまう。それが外へ伝わるまでにそう時間は掛からなかった。


「なんと、それはまことか」


 沈黙は肯定と同義だ。宰相はシュタール王に向き直る、顔色を変えないようにしてはいるが、ひじ掛けにある手は強く拳が握られ震えていた。


「オーニュクス宰相よ、事実を速やかに確認せよ。余は席を外す」


「はい、陛下」


 王が玉座を空けた。各地に放っている密偵、それらのうち別のルートから三人が宰相に、マリン王女の死を速報として伝えて来た。大臣らだけでなく、特に呼ばれた人物をアイゼン宮の謁見の間に並べる。王が再度入来し玉座に腰を下ろす。


「陛下にご報告申し上げます。先のクプファー卿の言は、非常に高い確率で事実であると」


 絶対ではないが、空を見て晴れていると断言する位の確度であると宰相が言う。もし否定するならばここへマリン王女を連れて来る程度のことを求められてもおかしくない。


「そうであるか……」


 口を結んで中空を見詰めるシュタール王、何を思っているのか。誰一人として声をかけることが出来なかった。


「宰相よ、尋ねたい」


「何なりとご下問下さいませ」


「モジャウハラートは疑いようもない小国だと、余は自認しておる。ひるがえってスフェールは大国だ。余の認識は誤っているだろうか」


「陛下のご認識で正しいと考えますれば、臣も同感で御座います」


 人口、国土、軍事力、経済力、何をとってもモジャウハラートがスフェールを上回っているところは無い。


「余は民を須らく愛し、幸福に導くのが使命だと思っている。マリンはそれを助けるべくスフェールへ単身嫁いだと記憶しているがどうか」


「王女殿下は和平を条件として王妃となるべく輿入れなさいました。民は多くが安心して暮らしております」


 王妃として迎え入れるならば戦争はしない、それが婚姻関係を結ぶ国同士の政略結婚の最低限の意味だ。


「マリンは余には過ぎるほどの良い娘であった」


「王女殿下は王国の民からも慕われており、非常に聡明で素晴らしいお方で――した」


 過去形で語らなければならないのが辛く、言葉が詰まってしまった。大勢いるはずのアイゼン宮なのに、妙に静けさがある。


「オーニュクスよ。小国は、小国とはいかな仕打ちを受けようとも耐えなばならぬ。わかっている、わかっているのだ」


 王が涙を流し身を震わせる。感情で動いてはいけない、当たり前のことだ。さりとて人ならば動じないことなど出来ないこともある。最愛の娘を失ったのに、泣かずにいられる親がいるだろうか。


「陛下……」


「だが……こうまでされて、それでも黙って顔色を窺わねばならぬものなのか。一人の親として、子を守れなかったことを申し訳なく思う」


 手のひらで目を押さえて俯く。こんな醜態を見せるつもりなど無かった、それなのに不甲斐なく感情を露にする。家臣らもこんな王を見たことが無かった。一人の武官が一歩前へ出て声をあげた。


「陛下! 報復をしましょう、王女殿下の無念を晴らすために!」


 そうだそうだと同調する声が多数上がる、皆が皆気持ちを高ぶらせてしまっていた。


「鎮まりなさい! 王の御前です、勝手な言動は慎むように!」


 宰相がピシャリと皆を一喝すると、仕方なく皆が口を閉ざす。


「王女殿下の喪に服す。国民へ布告し、葬儀を執り行うで宜しいでしょうか、陛下」


「宰相に任せる。余は疲れた故休む、すまぬな」


 肩を落とした王が、私室へと消えていく。宰相は皆に視線をくれてやると、外套を翻して場を去った。執務室に入ると面会を求める者らで溢れかえったが、誰一人として許可されなかった。


 マリン王女の葬儀が執り行われ、多くの国民が下を向いてしまった。悲しみに打ちひしがれていた、だが死因が噂されるとそれが怒りへと変わるまで長くはなかった。スフェール王国へはエーデルシュタイン王宛に弔意が届けられ、王妃へ哀悼の意を示すと弔問団が出された。


 それらは宰相指名の者が儀礼的に派遣され、特にそれ以外のことを話すことも無く帰国する。糾弾されると考えていたエメロード宮の者達は構えていたが、あまりに素っ気無い態度だったので肩透かしをされてしまう。それを見たエーデルシュタイン王は「なんだ、わかっているではないかあ奴らは」と乾いた笑いをしていたらしい。


 オニチェも「死んだ王妃のことを口にする者には罰を与えるわよ」などと、何を根拠にしているのか疑わしいことを言って重臣らに嫌な顔をされていた。とはいえ王の寵愛があるうちは誰も何も出来ないが。


 七日経っても、さらに七日が過ぎても何も抗議してこないモジャウハラート国、そのうちエメロード宮でも話題にされるのはオニチェへの不満の方が増えて来た。もっとまともな妃を迎えるべく、諸外国の王女らを探すことまでしてのけた。


 あえて国外から招くのではなく、国内の貴族から娶れば良い。あの王ならばうまい事やれば操ることも難しくない、スフェールの貴族は後宮へ娘を送り込むことに躍起になる。最近領土を拡大してきたということは、それまでは別の国に仕えていた貴族もたくさんいる。


 ここぞとばかりに王の機嫌を取ろうとその動きに乗る者もいれば、冷淡に様子を見ているだけの者もいる。強い者に靡くのは当たり前であって、勝っているからこそ従う。決して国や、ましてや王に忠誠を誓っているわけではない。


 アイゼン宮に上がったオーニュクス宰相が王に謁見を求めた。あれから王は気力が失われてしまい、政務の全てを宰相に委任してしまっている。今日もその報告を受け取るためだけに玉座に座った。


「本日は陛下に特にご報告したき儀が御座います」


「許す、申せ」


 もし王が引退出来るようなものならばそうしたい、シュタール王はこのところどれだけそう思っていたか。世襲制の王位とはそのようなことが出来ない、王には責任がある。


「まことに勝手ながら密かに準備を進めておりました。本日全ての用意が出来たことをお知らせいたします」


「はて、なんの準備だろうか。余が何かを命じておったか?」


 ここ暫くは何も手につかなかったので、その前に何か命じていたかを思い出そうとするも、これといって記憶に無かった。これは流石にお粗末すぎると、シュタール王は己の不甲斐なさに苦笑する。


「はい、陛下。お言葉ではなくその態度でお命じになられたと、臣は解釈いたしました。もしその御心と違うならば、臣を処断して事なきを得られるとよろしいでしょう」


「宰相を処断するだと? いったい何事だ」


 目を覚ました王が真剣になり姿勢を正した。冗談や言葉を飾ってそのようなことを言うオーニュクスではないのを良く知っている。余程のことなのだろうと直感した。


「スフェール王国を糾弾し、王女殿下の正しさを知らしめるご用意が整って御座います」


「むむむ!」




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