第31話 囚われの神官

 ジャラジャラと、耳障りな金属音がしてフォルトは目を覚ました。


「……っ……」


 少し動こうとすれば、体のあちこちが痛む。

 膝をついた状態で両腕は天井から吊された鎖で拘束されている――耳障りな音の原因は、身じろぎしたせいで鎖が音を立てたせいだと気付き、フォルトは痛む唇を歪めた。


 ――せっかく、いい夢を見ていたのに。


 心の中で悪態をついて、同時にそれを愚かだなと自嘲する。


(とうとう都合のいい夢に縋るとか……終わってるな、俺)


 こんな自分を彼女が知れば、どう思うだろうなんて考えてしまう辺り、己はまったく救いようがない。


(一緒にいたい……か……)


 現実では伝えられていないのに、夢の中ではちゃっかり肯定の返事まで貰っている。我ながら図々しいというか、意気地無しというか……決して清潔とはいえない地下牢で、フォルトは嘆息した。


(ま、そんなこと考えるあたり、まだ大丈夫だな)


 一方で、冷静に自分の状態を把握する。

 

(人を待ち伏せして捕まえるとか、やることが悪党のそれだろう)


 あの日、森に急ぐところを王の使者とやらに足止めされ、報告として王城に連れて行かれてからずっと……フォルトは地下牢で囚われの身になり、毎日痛めつけられている。


 それもこれも、フォルトが王の望む答えを返さなかったから。


『勇者はどうだった?』


 その問いかけに、フォルトは揺るぎない口調で断言した。

 勇者は潔白、叛意なし。余計な野心もなく、このまま一国民として穏やかな暮らしを送らせてやるべきだ。


 ――しかし、王はその答えを真実と認めなかった。

 王と一部の臣下たちは、自分たちが求める答えとフォルトが出した答えが違っていたことに、納得しなかったのだ。


 結果、フォルトは勇者の力で洗脳を受けただとか理由をつけられ、安全のために隔離すると牢に繋がれた。


 その後はもう、向こうの思い通り。

 あちこち鞭で打たれ、勇者の事を繰り返し繰り返し聞かれた。

 王が望む答えを引き出せるまで、これは続くのだろう。


 フォルトが頑として答えをかえない今、さらに手段は激化するだろうし、望む答えを引き出すまでフォルトを開放しないだろう。


(アメリア様が気付いてくれればいいけど……)


 神殿側が気が付いて、働きかけてくれればあるいは……。

 だが、自分が囚われていることを伝える手段がない。

 このままでは、打つ手なしだ。

 

(……冗談じゃない)


 脳裏に、黒髪の少女の姿が思い浮かんだ。

 少女は、無表情で……けれど、どこか寂しそうな目をしている。


(チョーコ……)


 このままでは、終われない。

 自分はなんとしても生きてここを出て、彼女に会わなければいけない。

 まだ、現実ではなにも伝えていないのだ。


(それに……)


 フォルトが森に戻らなければ、蝶子は出会った頃の彼女に戻ってしまうかもしれない。

 だが、たとえ話を合わせて牢獄から出たとしても、蝶子は反逆者の烙印を押されて追われる立場になる。

 そして、そんな事態を招いたのがフォルトだと知れば……きっと、彼女はもう誰にも心を開かないだろう。


(俺だって、そんなことは嘘でも口にしたくない)


 王家は……あの王は、なんとしてでも勇者を排除したいのだと身をもって知った。

 嘘の証言をでっち上げてでも、王家は王子の婚儀の前に負の産物を片付けてしまいたいのだ。


(どこまでも手前勝手な……)


 フォルトの中にあった王家への敬意は、砂のように崩れ消え去った。

 残っているのは、怒りだけだ。

 この期に及んで、まだ蝶子に自分たちの恥を押しつけるのかという怒り。


(……最後、か)


 最後まで諦める気はないが、どこまで粘れるかは分からない。

 人の傷を癒やし、慈悲深いだの、次期神殿長の最有力候補だのと持ち上げられていい気になっていたが、今の自分は無力だ。

 

 まだ大丈夫。

 まだ心は折れない。

 

(大丈夫だ。もしもの時は――)


 いざという時の始末の付け方は、知っている。

 フォルトは、暗い地下牢の中で目を細めた。

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