第24話 お互いを思う
――フォルトさんのこと、困らせたかなぁ……。
蝶子は悩んでいた。
元の世界に帰るための手段を探していること、女神の声を聞ける存在に助力を乞いたいこと……そして、冷静に思い返せば家族の顔が思い出せないこと。
色々重なり、取り乱してしまった。
フォルトは励ましてくれたけれど、なんだか様子が変だった。
怒っているとは違うけれど……彼のキラキラオーラがいつもより控えめになっていた気がする。
だから、困らせたと思った。
(そうだよね、元の世界に戻りたいっていうのに、家族の顔が思い出せないなんて……それも、今さら気付くなんて、やる気あるのかって感じだし……)
でも、本当に分からなかった。
家族のことは覚えているのに、それぞれの顔が思い出せないなんて。
(あ、そうか……私、今まで考えたことなかったんだ)
箱にしまって鍵をかけて、見ない振りをしていたみたいに。
そんな歪な真似をしながらも、これまでは支障がなかった。
ただひとつの目的を果たすために、淡々と動き続ける毎日でも、蝶子は疲れも空腹も感じないから、他者と関わることが減れば怒鳴られることもないし泣かれることもないから、目的だけに集中できた。
目的以外、考えなかった。
それなのに、今の自分はどうだろうか。
(……フォルトさん)
――こんな風に色々考えるようになったのは、フォルトが来てからだ。
世話係として送り込まれた、神殿の神官。
強い光属性の、キラキラした人。
フォルトが来てから、変化した。
体は食事を必要としなくても、心は栄養を必要としていると、フォルトに食事を勧められてから気付いた。
怒りをぶつけられるのは好まないが、それでも人との触れあい全てを拒否していたわけではない――本当は、普通に話してくれる誰かに会いたかったのだと気付いた。
自室の机に本を置いて、蝶子はため息をつく。
(あんなにいい人なんだから、困らせたり悲しませたりしたくないな……)
もしも自分の相談事が負担だったのなら、これ以上頼ったりしてはダメだ。
そう思った蝶子だが、本を置いて階下へ戻ると、フォルトからある提案を受けた。
+++
「へ? 神殿へ? 私も?」
神殿へ行かないかという誘いに、蝶子は首を傾げる。
「ああ。神殿の書庫なら、女神関連の記述書がたくさんある。うちの神殿長に掛け合って出入りの許可をもらえば――」
負担に思わせたのなら、申し訳ない――そんなことを思っていたが、フォルトは蝶子の予想を超えていた。
どこまでも親身になって、自分の手助けをしてくれる気でいるのだと分かり、ありがたいと思う反面、申し訳ないという思いが強くなる。
「……私……行っても大丈夫? フォルトさん、嫌じゃない?」
フォルトは神殿の人間だ。
元いた所へ帰るのを、蝶子は止められない。
だから彼が神殿へ戻る時は、自分は見送る側だと思っていた。
一緒に行こうと誘われるなんて、考えたことすらなかったのに。
「嫌なわけがないだろう。……少しでも、君の力になれるなら、俺は嬉しい」
「――っ」
いい人だ。
フォルトは優しくてキラキラしていてあたたかくて、とてもいい人。
でも、それだけではなくて……――蝶子の中に、名前を付けられない不思議な感情が芽生える。
「……ありがとう、フォルトさん」
「礼はいらない。まだ、なにもしてないから」
「そんなことない。フォルトさんが来てくれて、色々変わったもん。……だから、いっぱいありがとう、だよ」
蝶子が言うと、フォルトは首を横に振る。
「だったら、俺の方こそ。――君とこうして一緒にいるようになって、俺は大事なことに気付く機会を得た。きちんと考える機会もな。……あのまま行けば、俺は傲慢で鼻持ちならない神官になってたと思うから……改める機会をくれたチョーコには、それこそ、いっぱいのありがとう、だ」
「……フォルトさんは、最初からキラキラしてて真っ直ぐで――私、嫌いじゃなかったよ?」
「……そ、そうか。じゃ、じゃあ……君は俺と一緒に神殿へ行く、ということで問題ないな?」
うん、と頷いてから蝶子はふと眉尻を下げた。
「……あ、もしかして」
「ん?」
「……フォルトさん、そのまま神殿に戻るの? だって、私の世話係を頼まれたって言っても、期間はあるでしょ?」
――だとしたら、それは寂しいな。
無意識に蝶子が呟くと、フォルトは天を仰いでいた。
「フォルトさん?」
「……大丈夫、帰らないから」
「でも……」
「でもも、なにもない。俺は君を手伝うと決めたんだ。自分が成長するためにも、いいことだと思う。世話係はもういらないって君が言おうと、今度は手伝い係として付きまとうぞ」
それは、自分を励ますためのフォルトの優しさだと感じた蝶子は素直に受け止めることにした。
「うん。……ありがとう」
「礼を言われると、なんだか照れくさいんだが……。ま、君は放っておけないからな」
言ってからフォルトは「違うな」と言い直した。
ぽん、と蝶子の頭に、自分のものより大きくてあたたかい手が乗せられる。
「俺が放っておきたくないの、間違いだな」
そう言って笑うフォルトを直視して、蝶子は久しぶりに「キラキラだぁ……!」と目を押さえた。
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