第16話 これは貴方のおかげです
――自分の頑張りが足りなかった。
蝶子がふと頭をかすめた考えに、知らず知らず囚われていると、フォルトから声をかけられた。
「どうした、チョーコ?」
「……うん……ううん」
「なんだ、それは。どっちなんだ」
濁すような返事に、フォルトは苦笑する。
でも、その目は心配そうだから、蝶子は「あのね……」と切り出した。
「まとまってないんだけど……、フォルトさんがここに来て、半月経って、それでね、思ったの」
「なにを?」
「――私、間違えてたのかなって」
フォルトが首を傾げる。
「どうして、そんな風に思うんだ」
「もっと頑張ってたらって……だって私、途中で頑張るのやめたから」
――蝶子は、戦いが終わった時、元の世界に帰れないことにショックを受けた。
まだ最初の頃。
帰りたいと泣けた頃に、他の人は顔をしかめて無視するか怒鳴るかだったけれど、ひとりだけ優しくしてくれた女性がいた。
神殿から来たのだというその人は、国に伝わる話しだとして教えてくれた。
魔王を聖剣で討ち果たせば、勇者もまた役目を終えて女神の元に帰還するという、古くから言い伝えられている伝承を。
蝶子を召喚した国の王さまも、それを否定しなかった。
魔王さえ倒せば元の世界に……家族の元へ帰れるのだと、だからか弱い我らを助けてくれと嬉しそうに笑っていた。
だから、蝶子は魔王の元へ行くために、あちらこちらで魔族と人間が戦闘を起こす度駆け付け、戦ってきたのだ。
それなのに、ある日突然、蝶子を勇者として呼び出した側の人間たちが、蝶子が必死に戦っていた側と和解してしまった。
「……その時、私ね、勝手だけど……裏切られた気分になっちゃって」
恥ずかしいことだと蝶子が呟けば、フォルトは首を横に振った。
「君は、恥じ入る必要はない。そんなの……当然だろう」
「でも、その後は私、全部嫌になっちゃったから……――勇者だって言われて、訳が分からなくて、でも助けてって言われて……一生懸命戦ってきたのに、ある日急に魔族は敵じゃないから戦う必要ないって……」
怪我だって何度もした。
一人で心細かった。
それでも、魔王を倒せば元の世界に帰れると言われたから戦ってきたのに、人間の国で一番大きな国の王子と、魔族の姫が恋に落ちて結ばれたから、もう戦わない。戦う必要はないと止められた。
そして、戦うことを強いた人たちは、しかめっ面でこう言ったのだ。
元の世界に帰る方法は、魔王の膨大な魔力と勇者の持つ聖剣がぶつかり合った際に起こるエネルギー爆発が必要条件だったから、帰還は諦めろ――と。
そんな勝手な話があるかと、腹を立てた。
でも、蝶子はこの世界の人間ではなかったから、庇ってくれる人も守ってくれる人もいなかった。
蝶子は今まで乞われるまま、人を守ってきたのに、勇者を助けてくれる人は誰もいなかったのだ。
その時思った。
勇者は対等な人間ではないのだな、と。
助けてくれと言うわりに、こちらを助けてはくれない。
その事実に失望して、腹を立てて、全部嫌になって……。
だから一年前、逃げた。
とにかくもう誰にも関わり合いになりたくない。
その一心で、この森に逃げてきたのだが……。
「頼れるのは自分だけだって思って、ここにいたけど……。それは間違いだったのかなって、フォルトさんといると思うの。……本当は、もっといろんな人に関わるべきだったのかもしれないって」
「チョーコ……」
蝶子にとって、この世界の人間の印象は最悪だった。
勝手に呼び出して戦わせておいて、自分を裏切ったのだ。
ひどく傲慢で勝手な人達だと思っていた。
けれど、フォルトと一緒にいると、それは違うんじゃないかと疑問が浮かんだ。
元の世界とこの世界は全く違うけれど、そこに生きている人達に違いなんてないのではないかと。
いい人もいれば悪い人もいる。
勝手な人もいれば、親切な人だっている。
色々な人がいて、いろいろな思いを抱えているのは、どこの世界だって同じではないか?
ほんの一握りに関わったくらいで、世界を知った気になるのは大間違いではないのか?
「……でも、こういう風に考えるようになったのは、フォルトさんが来てくれてからだから……本当に、つい最近だから、恥ずかしい話なんだけど……」
「そんなことはない」
「…………」
恐る恐る顔を上げると、フォルトは穏やかな笑みを浮かべていた。
「恥ずかしいなんてことはない。チョーコは立派だよ」
「え……?」
「……思えば、勝手だったのは俺達だな。君を呼んだこの国こそ、勝手だった。なにも知らない君に戦えと乞うておいて、王子と魔族の姫が恋仲で、駆け落ちするだの心中してやるだのと騒いだら、早々に和平を結んだ……。三流芝居もいいところだ。チョーコが、誰にも会いたくないと思うのも分かる」
フォルトが、眉を顰め頬杖をついた。
「俺だったら、関係者を全員殴って、貰うものはがっぽりいただき、その後の生活の保障までしっかり書面に記して、骨の髄までしゃぶってやるところだ」
蝶子は、フォルトの清廉な見た目を裏切る俗っぽい言い分にギョッとした。
「……え、神官っぽくない……」
「神官だって人間だ。蔑ろにされたら腹が立つ」
しれっと口にしたものの、フォルトは頬杖を解いて表情を改めた。
「同じことだと、どうして分からなかったのか……。勇者だって人間だ。嫌なことをされたら気分が悪いし、傷つく。そんな簡単なことすら、分かってなかった――人の痛みに添うべき神官が、本分を忘れていた。俺は君を傲慢な勇者だと思い込んで、真実を見ようとも知ろうともしなかった……神殿長にも、言われたのに――すまない、チョーコ。俺は、自分が恥ずかしい」
「フォルトさんが謝ることなんて、なにもないでしょ」
「それなら、チョーコが恥じ入る必要もないな。君は、立派で心優しい、女の子だ」
「……っ!」
ふと、柔らかく微笑んだフォルトを直視してしまった蝶子は、反射的に目を覆う。
「……チョーコ?」
「――まぶしい……!」
「なにが!?」
真面目な話をしていたのに、突然の奇行だ。
フォルトが驚きの声を上げる。
それでも、蝶子は顔を覆わずにはいられない。
(直視したら、なんだか変)
フォルトの笑顔はまぶしい。
光属性が強く出ていて、金粉をまぶしたような感じになっているから……だけではない。
彼が笑うと、なんだか心臓の辺りがおかしいのだ。
そんなこと、本人に言えるはずもない。
蝶子のわたわたした内心など知らない、フォルトは吹き出した。
そしてテーブルから身を乗り出して、くしゃくしゃと蝶子の黒髪を撫でる。
「君は、立派で心優しくて……時々、変だ。面白いから、ずっと見てられる」
「……フォルトさんは、全体的に、もの凄くまぶしい。私、時々息が止まるんじゃないかと思う」
「息が……、それは大変なんじゃないか!?」
「……でも、貴方が来てくれてから……毎日、楽しい――ありがとう」
「っ」
そうだ。
これが伝えたかった。
自分のことを考える切っ掛けをくれた、楽しさを思い出させてくれた彼に、一番伝えたかったことを打ち明けた蝶子は、手を下ろしてフォルトを見た。
なんてことないと笑い飛ばすかと思いきや、輝かんばかりの美貌を持つ同居人は、なぜだか真っ赤な顔で蝶子を凝視したまま、硬直していた――。
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