第12話 神官は戻り、勇者は悩む
蝶子が長時間の散歩に出ている間にフォルトはいなくなっていた。
これは予想通り――そして、蝶子はまたひとりに戻った。
「ただいま戻りました、チョーコさん」
「……ぇ?」
……ひとりに戻ったはずだったのに、昼過ぎに再びあの金粉をまぶしたようなきらきらしい美貌の神官がやって来た――大きな荷物を背負い込んで。
「……フォルトさん、それは……?」
「あ、食材です。買い出しに行ってきました」
「……買い出しって……なんのために……?」
「なんのためって……生きるためですよ、チョーコ。生きるためには、食べないと」
「……そういうことを聞いているんじゃ……」
「話は後です。これ、運ぶの手伝ってもらえますか?」
微笑むフォルトに、蝶子は自分の言いたいことが正確に伝わっていたと気付く。
それで、怒ったのかといえば、また違っていた。
フォルトが神殿に帰ったのだと思った蝶子。
それなのに、再び迷いの森へ戻ってきて驚いて……まだ、留まる気だと知ってなおのことびっくりした。
――そんな蝶子の考えを、把握した上で……神官らしい言葉で、諭すように言った。
けれど、蝶子にはまだフォルトが本当に伝えたいことが分からなかった。
できたことは、言われたとおり荷物運びの手伝いだけ。
運び先は炊事場――埃をかぶっていたこの場所を使えるようにしたのもフォルトだ。どうやら、食材や料理に使う調味料系を買ってきたようだ。
「ありがとうございます、チョーコ。それでは、私は食事の支度にかかりますから」
「……そう……――ぁ……」
蝶子は手伝おうかといいかけて、やめた。
食事も睡眠も必要としない、化け物みたいな存在に、自分が口にする物を触れたら嫌だろうと思って。
「……じゃあ、私は二階にいます。用があったら声をかけて下さい」
「はい。では――また夕食の時に」
微笑むフォルトに、蝶子は頷いた。
それは、挨拶のために顔を出せという意味だと思って。
二階へ上がる途中、フォルトの鼻歌が聞こえてきた。
なにか、いいことでもあったんだろうか。
ふと、そんなことを考えた自分に、蝶子は驚く。
(私、なんであの人のこと気にしてるんだろう?)
去る者を追ったことはなく、去ったと思った者が戻ってきた試しもない。
例外中の例外、それがフォルト。
意外すぎて、気になるのだろうか。
――でも、どうせ気にしたって意味がない。
(どうせ、すぐにいなくなるもの)
自分なんかと一緒にいてくれる人は、この世界にはいない。
そんな奇特な人間は、存在しない。
だって、自分はお客さん――いつまで経っても、余所の世界から来た異なる生き物なんだから。
そう思って、蝶子は鼻歌に背を向け階段を駆け上がった。
――ほんの少しだけ湧き上がった、あの場に混ざって一緒に料理をつくってみたいなんていう子どもみたいな思いには、気付かないふりで蓋をした。
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