聖なるその手が抱くもの

真山空

プロローグ

「異世界から来た勇者よ、その働きを讃え、望む褒美を与えよう」


 玉座に座る王は、ばさばさの黒髪に簡素な革の鎧を着たちっぽけな少女を見下ろしたまま、威厳に満ちた声で言った。

 

 望む褒美……それは、目的を達せられなかった勇者に対しては破格の提示であった。

 ――にもかかわらず。


「……では、住む場所を。誰にも会わなくてもいいように、迷いの森に家をください。私の望みはそれだけです」


 勇者として異世界から呼ばれた少女は、生気のない目で王を見上げて淡々と望みを告げた。


 その声に、感謝の念は感じられない。

 なにより、礼すらとらぬその様は、不敬以外のなにものでも無い。


 勇者の労をねぎらう王に、愛想もへったくれもない声で応じた彼女は、自分の一方的な要求を突きつけると、王の返事を待たず退出した。


 あまりにも礼を欠いた態度にざわめきが生じる。


(なんだ、アレは……!)


 謁見の間に集まっていた者の一人であるフォルトもまた、王を王とも思わぬ無礼さに我が目を疑った。


 ――神殿に属する神官であり、神の癒やし手と呼ばれるほど強力な治癒能力をもつフォルトは、この時勇者に対してあまりいい印象を持たなかった。


 自分は特別なのだとおごり、人を見下し……孤高を気取っているだけの人間としか思えなかったのだ。


 しかし、神殿で次期長候補筆頭であるフォルトは、二度と会うことも無い女だからと勇者について考える事を放棄した。


 そしてすっかり忘れていたのだ。


 すべてが平穏を取り戻し、穏やかな時間が流れ始めた一年後、迷いの森に住む世捨て人の世話を命じられるまでは――。

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