第94話 カトエラから国境門
次の日の朝、やたらとカバロとの別れを惜しむヒューリに見送られて、カトエラを後にした。
預けていた一ヶ月分の差額をきちんと計算して返してくれた上に、カバロに土産だと言って飼い葉までくれた。
……ちょっと重いが、カバロへの物だし受け取っておいた。
方陣門でカバロと一緒に着いたのは、門前町。
俺が、カバロを手に入れた町だ。
出国する時は短期間で戻るならば預かり所があるのでそこに馬を預けられるが、預かってくれるのは十日間だけだ。
それ以上の場合は、大概この町で売ってしまうらしい。
あの時はこいつに対して、こんなに愛着が湧くなんて思ってもいなかったんだが……今は……売りたくはない。
俺ひとりならば出国に何も問題はないのだが、カバロにはちゃんとした所有証明手続きと出国証が要る。
この証明書がないと他の国に入国できない場合もあるというから、ちゃんとしとかねぇと国境で馬を取り上げられる国もあるらしい。
まぁ……イグロストは大丈夫そうだけどな。
冒険者組合、そして役所に行って手続きしていただけで一日が終わってしまった。
こういう事務的なものってのは、どうしてこうも時間が掛かるもんなのか。
宿で一泊、この国を出るのは明日の朝。
部屋に入って改めて【収納魔法】の中を確認したら、魔具を入れていた大袋がふたつ、破れている。
……結構詰め込んだからな。
まぁ、仕方ない。
綺麗にしてあるし、このまま直に【収納魔法】に入れておこう。
そして、あれほどあった保存食があと二食だけになっていた。
菓子は……もうない。
期限ギリギリだったから無駄にせずに済んだのはよかったが、やっぱり買いに行きたいよな。
イグロストに入ってエデルスの魔法師組合にも行きたいし、次の迷宮に行くにも……
次……?
どこに?
ストレステの迷宮は、確かに面白かった。
手に入れた方陣の魔法とあの光の剣のお陰で、他の奴等が幾人もの連団で挑む迷宮をたったひとりで踏破できた。
入る前の高揚感、中にいる時の緊張感も嫌いじゃない。
踏破して外に出た時には、達成感と『認められる』ことへの喜びで『癖になる』ってのも頷ける。
確かに『迷宮』は冒険者ならば挑み、踏破したいと思うものだ。
……きっと、俺は贅沢になっているんだ。
『用意された迷宮』じゃない場所に行きたい。
最奥に記章など置いていない、地図などない、誰ひとり入ったことのない『本物の未踏破迷宮』。
あのナフトルの迷宮のような、不殺の『記章の先』のような『全然違う世界』を感じられる迷宮は……ストレステには、多分もうないだろう。
管理され、娯楽として提供されている迷宮では、あの時の得体の知れない『何か』が胸に沸き立つことはなかった。
でも、命を賭けることや、魔獣を殺すことに恍惚としたものを感じることはない。
俺が欲しい『快感』は……あの『できたて迷宮』の『核』に触れた時に感じた心の内から沸き上がる言葉にできない感情の昂ぶり。
それを、探すためっていう旅も……悪くないかもしれない。
翌朝は快晴だった。
カバロの全ての馬具と、額の徽章に魔力を入れ直してやると嬉しそうに顔を擦り付けてくる。
さあ、行こうか。
外へ出ようとカバロと共に外壁門へと向かうと、役人らしき奴に止められた。
「おい、この先の国境門に行くなら、馬は登れないと思うが?」
「……いや、大丈夫だ。こいつとは一緒に旅を続けたいんでな」
「馬の通行税、馬鹿にならんぞ?」
「平気だよ。ここの迷宮で稼がせてもらったから」
門が開けられ、俺達の前にはガストーゼ山脈が広がる。
あの少しだけ窪んだ位置にあるのが、ストレステの国境門だ。
たった二ヶ月半ほどだった『迷宮』での冒険。
でも、なんか、スッキリした。
上り坂も下り坂も急過ぎて馬では越えられないという山腹の国境門まで、俺はカバロと共に方陣の『門』で辿り着く。
当然、門番の役人達は『どうやって来たんだ?』という顔をする。
ストレステ共和国から出る最後の門をくぐって、俺達はイグロストへと歩を進めた。
ああ、やっぱり下り坂、怖いみたいだな。
カバロは立ち止まっちゃって、動かない。
「大丈夫だ。方陣門で行こう」
ふと、思った。
ここからセーラントへ入る国境まで行くのも、セイリーレの白森から入る国境へ行くのも……変わらないんじゃないのか?
順番的にはセイリーレに行ってあの保存食や菓子を買い足してから、エデルスに挨拶に行ってセレステに行く方が効率がよくないか?
確かにセイリーレの方が距離がある。
もしかしたら遠い方が、魔力の消費量が多いかもしれない。
でも、方陣は書き直して使用魔力量が抑えられているし、俺の収納には迷宮で殆ど使わなくてめちゃくちゃ魔力が入っている魔石も山ほどある。
カバロの馬具と、徽章には魔力も入っているし……
馬具に魔石をいくつか付けておけば、カバロと一緒にセイリーレに行った方が楽な気がする。
よし、セイリーレの白森を抜けた所にあった、あの狩猟小屋に行こう。
俺は方陣魔法を展開して『門』を開く。
あの、セラタクトって菓子、また食えるかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます