第59話 宿の厩舎
馬の所有者証明とは、どうやら手綱に続く金具と額革の部分に付けた金具に魔力を通しておく……ということのようだ。
ラウルクが言うには、できれば全ての馬具と蹄鉄にも魔力を通しておくといいらしい。
「馬が安心するんだよ。主と同じ魔力が付いてる道具だと。それに、馬が盗まれた時に馬具を全部剥ぎ取られちゃっても、蹄鉄までは外さないから所有証明ができるしね」
「ラウルクは……詳しいんだな」
「好きだから! 馬!」
……そっか。
そーいや、セイリーレのあいつも『好きだから知りたい』なんて、言ってたっけなぁ。
「所有証明には、馬が嫌がらなかったら額に魔力徽章を付けられるんだけど……」
「嫌がる馬が多いのか?」
ラウルクは、こくん、と頷く。
「どうしても馬具があたる位置だからっていうのもあるんだけど、徽章の魔力が耳とかを敏感にするらしくて、落ち着かないみたいでさ」
「そうか。こいつが嫌がるなら、止めておいた方がいいな」
「へへへっ、兄ちゃんならそう言ってくれると思った」
馬の胴体を撫でてやりながら、ラウルクがやたら嬉しそうに笑う。
他人の馬なんてどうだっていいだろうに……優しい奴だな。
「それで? 名前、決めた?」
……
…………
………………
「もしかして、全く思いつかないの?」
「……ああ……」
名付けなんて、そうそう思いつくものじゃねぇって。
「じゃあさ、俺が付けてもいい?」
まぁ……いいか。
どうせ俺じゃ、ろくな名前にならんだろうし。
「『カヴァロ』ってどう? この間教わった古代語で『馬』って意味なんだって!」
馬に、馬って意味の名前を付けるのか?
なかなか思いつかねぇ、斬新な意見だな……
「カバロ……だとよ? どうだ?」
俺が馬に向かってそう言うと、ラウルクがムキになって違う違うと言い出す。
「『カヴァロ』! だよ!」
「カバロ」
「兄ちゃん発音悪い!」
うるせぇ。
「いいよな、カバロ?」
ぶっふふぉんっ
鼻息が荒いんだよな、こいつ。
でも笑っているように見えるから、いいんだろう。
「いいらしいぞ?」
「えーー、にーちゃん、訛り強すぎ!」
大きなお世話だ。
「ん? なんだ?」
カバロがやたらと、俺の外套に鼻をすり寄せてくる。
右側の衣囊にぐいぐいと……あれ?
ここになんか入れてたか?
異物感を感じた衣囊に手を突っ込んで取り出すと、踏破徽章だった。
そう言えば受け取って、そのまま衣囊に入れてたんだった。
忘れてたぜ。
「兄ちゃんっ、それ踏破徽章っ? 迷宮、踏破したの?」
「ああ」
「ふぁー……すげぇ! 全然、強そうに見えないのにー」
悪かったな、貧弱そうで。
「うわー、中級だー」
「よく解ったな」
「見たら解るよ。初級は三角、中級は五角形、上級は七角形なんだぜ! あ、六番だ! 一桁なんて珍しい!」
「番号はただの呼び名だろう?」
「違うよぉ、兄ちゃん、何も知らねぇんだなー」
得意気に教えてくれたラウルクによると、一桁の迷宮は魔虫が多くて育成中だと踏破回数が少ないのだとか。
「十番台は何種類かの魔獣が一緒に出てくる所で、二十番台は魔獣の数は少ないけど大きめのが出るんだ。三十番台は分岐も魔獣も少なくて割と簡単な迷宮って振り分けなんだぜ」
どうやら中の状況に合わせて番号を振り替えているらしいが、育成が終了してしまったら魔獣の移動はほぼ無くなるらしいので固定番号になるようだ。
……冒険者組合より、宿の少年の方がはるかに有用な情報をくれる。
「ねぇ、魔具は? なんか凄いの、あった?」
「いや、育成中だったからな」
潜った冒険者からの報告で、二十六階層目があったと確認されたら冒険者組合が育成終了と判断するらしいが、そもそも人気がなくて潜る奴がいないとか下まで行って確かめられないって時はどうするんだろう?
俺の疑問にラウルクは『そんなことも知らないのかよ』と、溜息をつきつつ教えてくれる。
「そんなの、衛兵団が行くんだよ。衛兵団には凄い魔法があって、魔獣を寄せ付けないことができるんだって。深いところには方陣門が仕掛けられてるから、直接入って行けるんだよ」
ということは、衛兵団は迷宮全部の地図を持っているってことか。
それで、増えた階層が判るのかもな。
あの『比較的安全な避難部屋』は、衛兵団の方陣門がどこかに仕掛けられていたのかもしれないな。
「じゃあ、いい魔具ができたら
「魔具の換金は冒険者組合でしかできないし、衛兵団は冒険者登録はできないからね。魔具を外国で換金しようとしても、所有証明が出ないから持ち出せないよ」
そうなのか。
衛兵団の凄い魔法……ってのは、あの『浄化門の方陣』だろうな。
「でも、育成終了してても三十階層以上にならないと、高額の魔具は見つからないって前に来たお客が言ってた。だから迷宮は三十年以上じゃないと、魔具では儲からないんだって」
だいたい一年で一階層増える……くらいの換算なのだろう。
浅い場所や若い迷宮で魔具を取り出しても、たいした金額にならないのであれば冒険者達だって持ち出さねぇもんな。
そして、探知より精度の低い『鑑定の方陣』で感じられるくらいの魔力がない物には、値段も付かないらしい。
「兄ちゃん、そんなに何も知らなくて、よく迷宮に入ろうなんて気になったね? 大損するよ?」
「……おまえは詳しいな。迷宮に入りたいのか?」
「ううん! 全然! 迷宮には、馬、いないし!」
確かに。
ぶっひんっ!
カバロがずっと手に持っていた踏破徽章に、頭をすり寄せて来た。
何がしたいんだ、こいつは?
もしかして……と、徽章を額に当ててやると、違う、というように首を振られた。
そして、もっと頭の上の方を俺に向けてくる。
「もっと上の方? この辺りか?」
鼻筋まで通った白い部分の一番上、鬣との境くらいの場所に徽章を当ててやるとまた嬉しげな鼻息を漏らす。
「付けて、欲しいのか?」
うおっ、鼻息すげぇ。
「……兄ちゃん……馬の気持ちが解るのか?」
「いや、全然。なんかそうかなって思っただけだ」
「きっとカヴァロは兄ちゃんが好きなんだな。だから、兄ちゃんの魔力が入った徽章が気に入ったんだ」
ふむ……徽章はふたつある。
どっちがいいか選ばせてみよう。
「カバロ、どっちが好きだ?」
ふたつの徽章を右手と左手に持ち、問いかけると六番の青徽章がお気に召したようだ。
いいというなら……付けてやろうか。
こいつが指定した位置は額革もあたらないし。
徽章の刺し針を折って平らに均したものをくっつけて魔力を流すと、徽章はしっかりとカバロの額に吸い付いた。
「あ、耳が前に向いた……ちょっと警戒してるかも」
「耳を何かで覆ったら、音が気にならないようにできるか?」
「虫除けの耳覆いがあるよ! それなら、邪魔にもならないから!」
そう言ってラウルクが覆いを掛けてやると、どうやらカバロは落ち着いたようだ。
うん、よかった。
さてと、いい加減腹が減った。
「じゃあ、ラウルク、そろそろ夕飯に……」
「あっ、そうだよねっ! ごめん、兄ちゃんっ! 今、飼い葉を持ってくるね!」
……
そうか、
ラウルクは……ぶれない奴だな。
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