第25話 セイリーレ-5

「なんだ……これは?」

「ご注文の品だよ」

 できあがった『殺せない剣』を見せると言うから、工房の方にまわった俺に奴が差し出したのは『つかだけ』だった。


 いや、確かに殺せねぇけど!

 これじゃ『剣』ですらねぇよ!

 くっそー、何をニコニコしていやがるんだ!

 俺をからかって楽しむためだったのか?


「まあまあ、慌てるなよ。使い方を説明するからさ」


 奴が、その柄の一部に俺の指を当てて魔力を流せというのでやってみる。

 柄が少し青く光った。


「これでこの剣はあんた専用になった。今、親指で触っている辺りを強く押してみて」


 親指に力を込める。

 カチッと音がして、つばと剣身が現れた。


「こ、これ……光?」

「そう『光の剣』。これは実体を切る剣じゃないから」

「どういうことだ?」

「この光の剣身が届く範囲で敵を一度切ると、痛みだけを与える。同じ敵を二度切ると、麻痺する」


 身体は切れずに、痛みと麻痺を与えるってことか?

 怪我すらさせずに無力化できると?


「うん。そういう魔法を組んだから。そんであんたがその柄を手放したら、剣身は消える」

「他の奴には使えないってことか?」

 その通り、とそいつは得意気に説明を続けた。


 どうやらこの剣……じゃねぇ、柄は放り投げたとしても俺の腰に戻るように魔法が付けられている取り付け金具まであるそうだ。

 しかも、剣の魔法に俺の魔力は必要なく、指で柄の一部を押し込むと発動する魔法だという。

 聞いたことねぇぞ、そんな魔法!

 流石、魔導の国イグロスト……辺境にも、こんな魔法師がいるのか。


 この剣なら迷宮の狭い場所だとしても、剣身が壁に当たってしまうことはない。

 しかも暗い迷宮内でも、この剣身は灯り替わりになる。

 燈火も、採光の魔法もいらない。


「本当は光らせなくてもいいんだけどさ、この方が格好いいかなって」

 ……そんな理由……

 でもちょっと、解る。


 この光は三段階に調節できるらしい。

 一度押し込むと普通の長剣程度の長さ。

 二度押し込むと剣身が細くなるが長くなって槍みたいな長さになった。

 三度目には剣身は長剣ほどに戻るが幅が広くなる上に更に明るくなり、明るいほど斬られた相手は痛みが増し、麻痺の時間が長くなるそうだ。


「剣身の、一番明るさが薄い場所で自分の腕を切ってみてよ」


 そう言われおそるおそる触れさせてみると、とんでもない激痛が走った。

 薄い光が当たっただけでこんなにも痛いのに、全く切れてもいないし、当然、血も出ていない。

 痛みは暫くすると治まったが、明るい部分が触れていたらもっと強烈な痛みで、長時間続くのだろう。


「あんまり痛過ぎると死んじゃう人もいるから、一段目でも人に使うなら腕とか足だけにして、頭とか胴体を切っちゃダメだよ。三段目は、魔獣でも虫類とかめちゃくちゃ強い敵とかだけにしてね」

「怪我もしていないのに死ぬのか?」

「うん。人の心は弱いからね。痛いってことに心が耐えられなくなったり、致命傷を負ったと思い込むだけで命を手放してしまうこともあるんだよ。まぁ、魔獣は平気だと思うから『不殺の迷宮』では問題ないと思うよ」


 そういうものなのか。

 痛いと思うだけで、人は死ぬのか。

 逆にそれだけでは死なないから『魔』っていうのかもな。


 代金は金より昨日の迷宮の岩がいいとか言うので、手持ちを全部渡したらめちゃくちゃ喜んでいた。

 本当に変な奴だ……


「気になっていたんだけどさ、あんたのその手袋の模様って『方陣』?」

「ああ、俺の魔法は【方陣魔法】だけだからな」

「それはなんの方陣なの?」

「強化だな。俺はあんまり力が強くねぇから、剣を振り続けるのがきついんだよ」


 そいつは呆れたような顔をして、溜息をついた。

 なんだよ、何が言いたいんだよっ!


「あんた、ちゃんと剣技を習ったことないんだな? 腕の強化をしたって剣技は巧くならないぜ? むしろ逆効果だ」

「は? 逆効果……?」


 え? え?

 だって腕が強ければ、強く振れるじゃないか!


「それだとあんた自身は筋肉をろくに使ってないってことだ。それじゃ筋力は上がらないし、寧ろ衰える。筋力がなくなると剣に振り回されるだけで、剣技技能は全く上がらないよ」

「おまえ……剣も使えるのか?」

「いや。これは衛兵隊に教わったことだよ。新人騎士が訓練に来るくらい、この町の衛兵隊は強い。彼等が腕や背中につけている魔法は強化じゃなくて『回復』だよ」


 そんなこと、誰も言ってなかったぞ?


「筋肉は使うと筋繊維が壊れる。でもそれは回復する時に以前より強くなって回復する。だから、魔法で強化なんてしてしまうと筋力をちゃんと使えなくなって、回復したとしても育たないんだ」

「じゃあ……俺は今まで、自分で弱くしていたってことか?」


「そうだね。ついでに方陣自体も、全部見直した方がいいと思うよ? その『強化の方陣』も結構無駄が多いし」

「無駄?」

「そう。余分な言葉や文字が沢山入っている。それだと文字数の分、魔力が要るから効率が悪い。もっと簡単に、端的に方陣を組む方がいい」


 俺は、方陣っていうのはそういうもので、これが完成形だと思っていた。

 この文字の意味とか、使う魔力のことなんて考えたことはない。

 この方陣を写していいかと聞かれたので、写させてやった。


「これと、これも要らない文字だ。ああ、文字じゃなくても邪魔な飾りとかあるなぁ……」

 ブツブツ言いながらそいつは方陣を書き直していく。

 見たことのない筆記具だが、この国独自のものなんだろうか。


 できあがった方陣は、頼りないくらいさっぱりとしていた。

 試しにその方陣に左手で魔力を通しながら、右手で小さめの石を握ってみろと言われたのでその通りにしてみる。


 バキッ!


 ……石が、割れた。

 粉々とはいかなかったが、五つくらいの破片になった。

 あり得ねぇ……俺には、こんなに力なんてないはずだ。


「うん、力がちゃんと伝わるようになったね」

 そいつは満足げに頷く。

 これが、本来の『強化の方陣』の魔法?


「今までのものは古い言葉で作られていたものに、今の言葉を付け加えただけなんだよ。同じ意味の言葉の重複は、ただの無駄でしかない。そのやくもあまり上手くないみたいだし」

「でもよ、みんなが使っているのはこれだ。これしか……知られていない」

「あんたさ、自分の魔法、好き?」


 は?

 なんでそんなこと聞くんだ?

 魔法に、好きも嫌いもないだろうが。

 生活のために、生きるために必要だってだけだろう?


「折角貰えた自分の魔法と技能なんだからさ、好きになったらもっと知りたくなると思うよ。そうしたら見えてくるよ。本当に必要なものが」

「おまえは【方陣魔法】も使えるのか?」

「いや、今日初めてちゃんと見たよ『方陣』の実物。魔法に関することだからある程度の知識として知っていただけ」


 魔法師ってのは、自分で使えない魔法まで研究したりするのか?

 できないことを知ったからって、なんになるっていうんだ?


「うーん……それは、考え方の相違だなぁ。俺は、欲張りなだけかもしんないし」

「欲?」

「だって、俺は『魔法』が好きだからね。自分のも他人のも知りたいことは沢山あるんだ。本があれば読みたくなるし、知らない魔法を持ってる人がいたら話を聞きたくなる」


 そうか、俺は他人なんて興味なかった。

 違うものを持っていたって、どうでもよかった。

 自分の魔法もある程度使えるようになってからは、どうしたらもっと巧く使えるかなんて思わなくなった。

 ただ、新しい方陣さえ手に入れれば、強くなれると思っていた。


「俺は『方陣』に疑問を抱いたことなんてなかったし、読もうなんて思ってもいなかった」

「少し興味出た?」

「……他のものにも、無駄があるって言ってたな?」

「ああ、見たいけど……そろそろ、雪が降り始めるよ。冬の間ここにいるならいいけど、移動するなら……今のうちかもよ?」


 慌てて窓の外を見ると、小さい白いものがちらちらし始めていた。

 まずい、移動しておかないと!

「見直したいなら、これをあげるよ」

 奴がくれたのは、いくつかの文字がただ羅列されている羊皮紙だった。


「これ、方陣に書かれていたとしても全然意味のない文字の一覧表だから、あんたの方陣からこの文字を抜くだけでも、かなり効力が変わってくるはずだよ」

「助かる。金とか、いいのか?」

「じゃあ、今度来る時に『不殺の迷宮』で拾った鉱石とか、持ってきてくれればいいよ」

「魔法師の情報が、石っころでいいのかよ?」

「うん。俺には価値のあるものだからね」


 変な奴だ。

 俺とは全然、生き方も考え方も違う。

 なのに、なんだか嫌いにはなれそうもない奴だ。



 俺は慌てて宿に戻り、今日の宿泊を断って発つことにしたと伝えた。

 すると、宿屋の女将さんが俺が部屋に置きっぱなしにしていた、あの食堂の料理が入っていた袋を譲って貰えないかというのでそのまま渡した。

 あの袋には魔法が付けられていたから、もしかしたら売れるのかもしれない。

 食べ終わっても、あの袋は捨てずに取っておこう。

 次にこの町に来た時に……次?


 今までの町で『次』なんて、考えたことはなかった。

 明日死んじまうかもしれない冒険者が、『次』なんてお笑いぐさだと誰もが言っていた。

 冒険者はみんな『次』なんてあてにしていないものだから。

 いや、違うな。

 もう一度行きたいなんて思える場所が、なかっただけだ。


 雪が随分、強く降ってきた。

 馬車乗り場に着くとなんとか間に合ったようで、俺が乗り込んですぐに出発した。

 今日のこの馬車以降はもうセイリーレに馬車は来ないかもしれないと言われ、本当にギリギリだったと胸をなで下ろした。



 セイリーレは……いい町だ。

 冒険者が嫌いって言うから、よそ者全部に冷たいのかと思ったけどそうではなかった。

 飯は旨いし、宿も、どの店も温かかった。


 でも、俺はセイリーレには住めないだろう。


 あそこは俺の居場所じゃあないと、感じている。

 きっとセイリーレでの暮らしは、俺には窮屈だと感じてしまう。

 なんでもあって、人との繋がりが持てたとしても、あそこに俺が一番欲しいものはない……そんな気がする。


 あいつがくれた『余分な文字の一覧』を見ていたら、裏にも何か書いてあった。

『次に来るとしても〈方陣門〉は使うなよ。使ったら捕まるからな』

 ……よかった……言われなかったら絶対に使ってた。

 だって、セイリーレは移動とか不便でなんかの要所って訳じゃねぇし、偶々通りかかるなんてことはない場所だ。

 町の外までなら、方陣門で移動して来たって平気……だよな?


「あの保存食ってのがなくなったら、また来ようか……」


『次』はあいつにストレステの迷宮の鉱石を持ってってやろう。

 あ、あいつの名前、聞き忘れた。

 俺も名乗ってないが……

 まぁ、いいか。



*******


『カリグラファーの美文字異世界生活』第271話とリンクしています。

 

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