第15話 砂の町・カルトーラ-3

 その後、鍛冶屋で聞いたところによると全土の鍛冶師に長剣と鏃、槍の作成依頼があったようだ。

 本格的に戦闘準備に入っているらしい。

 だが、剣や槍だけでアーサスに勝つつもりではあるまい。


 おそらく、魔法師は全員徴兵される。

 そして、他国籍の者は戦闘に参加すればいいだろうが、そうでない場合は拘束されたり、最悪殺されることだってあり得る。

 移動できないまでも、どこかに身を隠す必要がある。

 しかし、どこに?


 買えるだけの買い物を終え、俺は宿に戻ってきた。

 できるだけ方陣札を作っておかねば、と思ったからだ。

 部屋に入ろうとした時、ふたつ隣の部屋の扉が開いた。

 そういえば俺の他にふたり、泊まっていると言っていたな……と思いだし、無視して部屋に入ろうとしたがそいつに声をかけられた。


「なぁ、あんた、冒険者だろう?」

 薄茶色の髪のその男は俺と同じくらいの年齢に見えるが、どことなく疲れているような雰囲気だ。

「ああ、そうだ。何か依頼でもしたいなら、冒険者組合に……」

 と、そうだ、この町の冒険者組合はもうないんだった。


「依頼じゃない。リーチェスという冒険者、知らないか?」

 リーチェス。

 知ってる。

 俺をセイストで切り捨てた連団のひとりだ。


「そいつになにか用なのか?」

「ああ、会ったら……殺そうと思って」

 おいおいおい! 何やらかしたんだよ、リーチェス!


「そいつ、俺の友達を騙して隷属させて……殺しやがったんだ。何処に行ったか、知ってたら教えてくれ」

 ああ、そういえば……リーチェスの奴が酔った時に一度だけ『賤棄を飼っていたことがある』って言ってたな。

 思っていたより面白くなかったから、すぐに処分した……と得意気に。

 もの凄く、嫌な気分になったのを思い出した。


「おまえも冒険者なんだろう? その友達も」

「……冒険者になる前だ。この国に来て初めて入った冒険者組合で……騙されて、そいつに名前を書かされた」

「おまえもか?」

「ああ……だけど、俺はなんでか、隷属されなかった」


「おまえは、本当の名前を書かなかったんじゃないのか?」

「……? 本当の、名前?」

「ああ、愛称とか偽名とか通称とかを書いただろう?」

「そういえば……いつも呼ばれていた名前を書いた。え? そのせい?」


 隷属契約には『身分証に記された正しい順序の名前を書かせる』か『身分証を手に入れること』が必要になる。

 身分証をこっそり盗み出すなんて、なかなかできることじゃない。

 だから、実質『隷属契約』は、如何に本当の名前を書かせるかってことになる。


 いつも書いている名前が簡略化したものであったとしたら、その表記での契約は無効となるから当然、隷属の契約魔法は効力を発揮しない。

【隷属魔法】を防ぐためには、かなり高い段位の【耐性魔法】を得るか、絶対に名を知られないこと。


 冒険者は『通称』が使える唯一の職業である。

 だが、そもそも『冒険者』という『職』はない。


 成人の儀でそんなものを授かることはなく、俺には『魔剣士』という表示が出た。

『冒険者』は組合に登録して得る『資格』みたいなものなのだ。

 登録すれば『通称』という、冒険者のための名前を使うことができるのである。

 冒険者になる奴は……過去を隠したい奴も多いから、できた制度なのだろう。


「そうだよ、そういう危険を防ぐためにも、冒険者は絶対に本名を明かさない。おまえは、知らず知らずのうちに自分を守れていたんだ。その友達は……残念だったが自衛が甘かったとしか言いようがない」

「この国の衛兵にも、そう言われた。書いた方が悪いって。でも、知らなかったんだから仕方ないだろ! それに、なんで契約解除の申し立てもできないんだよっ?」

「『隷属された賤棄』にそんな権利はないし、賤棄を殺しても誰も罪に問われない。寧ろ、主にちゃんと仕えず勝手に死んだ賤棄が悪い……とされる。知らなかったのなら、知らない方が悪い。ここはそういう国だ」


 そいつは唇を噛み締め、肩を震わせる。

 だが、そういうことなんだよ。

 俺が嵌められたのも、俺がぼんやりしていたのが悪い……ってことになっている。

 騙される方が悪だなんて、こんな歪んだ国は他にはないだろう。


「……リーチェス、知っているのか?」

「追いかけて殺すのか? 止めておけ。あいつは卑怯者だし下らない悪党だが、力と剣は強い」

「何処に行ったか、教えてくれるだけでいい」

「イグロストに入っただろうな。一ヶ月以上前のことだ」


 だんっ!


 そいつは悔し紛れだったのだろう、拳で壁を強く叩いた。

「追いかけるにしても、イグロストへは……入れねぇだろうな」

「リーチェスの目的はイグロスト国内なのか?」

「さぁ……? 確実なことは解らないが、多分、ストレステだろうな。イグロストは通過するだけのはずだ」

 少なくとも、俺はそう聞いていた。ストレステの迷宮を目指す、と。


「そうか。ありがとう、すぐに追いかける」

「アーサスへの国境は閉じてるはずだし、ウラクからも入れないぞ?」

「海から行く。ロムルスからならストレステへの船があるだろう」


 ……そうは見えねぇけど、金持ちなのか?

 ストレステまでの船旅なんて、皇国貨で十万以上はかかるぞ?


「そりゃ羨ましいね。俺は金がないから……どうしたものかと思っているってのに」

 思わず愚痴が出た。

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