第10話 ナフトルの迷宮-2
浄化した階層の隅に座り、一度ここで少し何か食べておくことにした。
方陣札に溜めている魔力を使っているから大して消費してはいないが、やはり魔力はなるべく上限に近づけておきたい。
炎熱をどれくらい使えば全滅させられるか、まだ見当もつかないからな。
携帯食と呼ばれるパンを押しつけて固めたような、酷く硬い……正直、不味いものが迷宮での食事の殆どだ。
携行に邪魔にならず、大して重くもない割に栄養があるらしい。
だが、俺には【収納魔法】がある。
今の俺の段位だと、五日くらいは傷んだり腐ったりせずに食べ物を保管できる。
ただ、生きたままのものは入れられないし、獣の死体なんかは、そのままの状態を保ったままという訳にいかないが。
特に、血や体液が残っているものは駄目みたいだ。
段位が上がれば、多分大丈夫になるのだろう。
だからといって、ちゃんとした料理が食えるわけではない。
今、食っているのは、昨日セイストで買っておいたパンと干し肉だ。
水は『清水の方陣』で出せるから、持たなくていいのは嬉しいがやはり味気ない。
でも、そこら辺の川の水を飲むより、はるかに安全だ。
ガエスタの川の水や湧き水は、場所によっては身体に害を及ぼすものがある。
至る所にかつての迷宮跡があるから、その影響だろうと言われている。
完璧な浄化がされずに閉じられてしまったから砂漠化し、弱いが毒の土壌になってしまっているのだと魔法師達が言っていた。
きっとこの国は将来、全てが毒の砂に埋もれてしまうのかもしれない。
だからだろうか、ガエスタは北のアーサス教国にも、南西のマイウリアにも戦を仕掛けている。
国土を広げ、少しでも砂から逃げたいのかもしれない。
じゃりっ、じゃりっ
どうやら、魔獣がこの階層に上がってくるようだ。
俺は上の階層への通路近くの壁際に立ち、上がってくる足音に耳をすます。
狭い部屋なので、距離を取ろうとするとどうしても壁際になってしまうのだ。
そして、姿が見えた途端、すぐさま炎熱魔法を浴びせた。
一撃目は入ってこようとした一匹と、その次に連なっていたもう一匹を黒こげにできたが……どうやら、まだまだ上がってくるようだ。
だいたい俺と同じ大きさくらいの、牙と爪に毒を持つ四つ足の魔獣……
『
思っていたより強い魔獣だった。
近寄られたら終わりだ。
ごくり、と唾を飲み込み体勢を整える。
だが不思議と、恐怖はない。
狭い通路からの進入だから、一度に何匹もは登ってこない。
なんとか各個撃破できているが……くそっ、魔法を繰り出す速度よりあいつ等の上がってくる方が速い!
消費量は上がっちまうが、ここは『鞭』で炎を途切れさせない方がいい。
大丈夫、魔石はまだある。
そして俺は防ぎきれなくて三匹の魔虎が上がってきてしまった時に、上へと上がる通路に飛び込んだ。
ここには魔虎の大きさだと、一匹ずつしか入れまい。
正面からだけしか来ないから、確実に炎が当てられる!
ざわっ……! と背中が粟立つ。
……後ろに、いる。
前にはまだ二匹。
早く、早く焼ききってしまわないと、挟み撃ちにされる!
くそっ、表に出ていた個体がいたとは迂闊だった。
朝になったから、てっきり迷宮内に全部戻っていると思い込んでいた!
早く燃え尽きろ!
そして、目の前が真っ黒になった瞬間、正面に向かって放っていた炎を振り向きざま階上に向かって放った。
ひゅんっ
目の前で何かが振り下ろされ、俺の前髪を掠めて……地に落ちた。
真っ黒に焼け焦げたその先についている紫色がかって黒ずんだ爪が、俺のつま先に触れんばかりの場所に突き刺さっていた。
後ろからも、前からも、もう何も音がしなかった。
大きく息を吐き……俺はその場にへたり込んでしまった。
「やばかった……こんな、初心者みたいな過ちで……死ぬところだった……」
安全なんてものは、迷宮内では一切あり得ない。
いないと思い込んで、有利だと思い込んで、俺は最も基本的なことを忘れてしまっていたのだ。
逃げられない場所に追い込んだ時、たいていの場合は自分も逃げられない場所に追い込まれているということなのだ。
狭い場所は、決して有利ではない。
もしもう一匹、どちらかにいたら……転がっていたのは俺の方だっただろう。
大きく溜息をつきながら、俺はあたりを全て浄化して歩ける道を確保する。
もう一度、さっきの部屋に入り、黒こげの魔虎達を数えたら全部で八匹もいやがった。
この下の階にいるのはこいつよりは小さい魔獣か、魔虫だろう。
浄化したその部屋で、さっき途中まで食って【収納魔法】の中に放り込んだ干し肉を囓る。
少しでも回復させてからだ。
迷宮の単独踏破……こりゃあ、かなり大変だ。
だが、なんだろう、やたら胸が熱い。
あんなに魔法を使って疲れているはずなのに、もの凄く頭の中がはっきりとして腕も足も軽い。
俺にとって初めての迷宮深部。
そうか、興奮している、のか。
この高揚感が、冒険者を迷宮に駆り立てるものなのかもしれない。
さあ、奥へと進んでいこう。
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