13. 遺体を始末してごらんいれましょう


 燃えろ! と強く念じてみる。……あれ? 燃えない。


≪昨夜は点いたのであれば、その状況を思い出せ≫


 老人が促してきた。えーと、どうやったんだっけ? 最初はじっと見つめても火が点かなくて、それから……あ、ヤンキー団栗どんぐりだ。

 ディスられた黒パーカーのポケットに手を入れ、ホカホカ温かい木の実をぎゅっと握る。


 深呼吸して、心を落ちつけよう。


 まずは「出来る」と信じないと何も始まらない。そして唱える、「魔王様にかかれば、こんなの平気の河童かっぱ巻き、超絶簡単アップルパイ」!

 ストッパーを外したら、丸っとつるっと他力本願だっ。さぁさお立合い、眠っていた力を引き出しておくんなまし。


≪すごーい! 燃えてるよ!≫


 フィオが自分のことのように喜んでくれた。

 ついでに茂みの下から赤栗鼠なめんなリスがひょこっと登場して、道を横切っていく。

 昨夜の子か確かめる前に消えてしまった……でもそれよりも問題は、火の勢いが急速に大きくなりはじめたことだ。


≪こ、このまま全身に火が回って、思いっきし火柱とか上がったらちょっとやばくない? というか、煙! 山の中で狼煙のろしが上ったら、誰か来ちゃう!≫


 今朝もフィオの脱皮したのを燃やしたってのに、また忘れていた。き火なんて、慣れてないんだもん。慌ててパーカーを脱ぐ。ポケットの中を空にして、バッサバッサと扇いだ。


≪なんと原始的な。風で防壁膜を編むほうが明らかに効率的じゃろうて≫


 この猫にして、この飼い主あり。今度は熊乗っ取り犯がマウントを取ってきた。


 言ってる意味わかんないよ、と冷ややかに答えると、老人がワザとらしくめ息をついてみせた。


≪火と同様、補助具を使えばよかろう。見るからに、かなりの等級じゃ≫


≪これ? 竜語では『贈り物』って呼んでたよ?≫


 魔術初心者が、感覚をつかむために使用するのが『補助具』。地面に並べたまん丸ころりんシリーズは、自然の中でごくまれに発見される天然ものなんだって。四大元素の結晶だから、人間界でも別名は『森の恵み』。


≪多分、これが風の補助具ね。これを媒介にして、あの死体の周りに風の膜を作りなさい≫


 興味津々で検分していた猫が、ちょうにもらった岩塩みたいな塊を前足で指し示す。中は薄紫だけど、周りが粉ふいたみたいな玉だ。


 急かされるので仕方なく握りしめる。


 風を司る神様、諸々の皆様、山に燃え移らないよう、他の人に見つからないよう、どうか火を包んでください、と祈ってみる。


 膜をイメージしろだの、体内を巡るエネルギーを感じろだの、老人が細かく指示してきた。さっきから『魔素』って脳内翻訳されてるけど、ようするに『氣』が経絡を巡るようなもんかな。


 大きな風のバリアの内部で遺体が焼かれるイメージ。

 風さんが繭みたいに包んでくれるとありがたい。煙が心配だから、そうなってくれないと本当に困る!


 焦りはじめたところで目の前を紫のアゲハ蝶がすーっと横ぎり、遺体がふわっと浮き上がった。炎がその周囲を取り巻いて、そこだけ強烈に燃え出す。火柱も外に出ないし、爆ぜる音もしない。まるで真空のシャボン玉。


 って、真空だと燃えないから、ぐるぐると風で中に巻き込んでは換気しているのかな。蝶さんは……風の大玉の向こうへ天女が舞うような優雅さで去っていく。


≪すごいすごーい!≫


 フィオ、無邪気にはしゃぐ前にこの状況を疑問に思おう。なんか変だよ、この世界。


≪ほぉ、期待以上の魔力じゃ、異世界人。まさか呪術陣を凌駕りょうがするとはな≫


≪そうね、術式を焼ききれなきゃ、魔道士たちが嗅ぎ付けてくるところだったわ≫


 ん? 老人と猫の会話がちょっとおかしい。ちょいと君たち、説明したまえ。私は隣にいた猫の両肩をがしっとつかみ、上から抑え込んだ。


≪術に組み込んだ魔素痕を超越しないと、死体は焼けないのよ。逆に呪術陣を放った魔道士に居場所を知らせることになるの≫


 つまり何かい? だましたの?


≪最初に教えると、騎士団の魔導具で代替するかもしれなかったでしょ。ま、失敗しても、予備の計画はあったから≫


 『騎士団の魔導具』って何。は、置いといて、まずはその予備の計画とやらをけ。まさかフィオと私をおとりにしてどーのこーのって策じゃないよね? あ、この猫、目をそらした!


≪もー、ちゃんと燃えたんだから問題ないでしょ≫


 ある! 絶対ある! なんなの、この人たち。魂、真っ黒けだっ! フィオの純粋さを見習えっ。


しゃべっとる暇があったら、魔力を注ぎこむほうに集中せぬか≫


≪熊乗っ取り犯のくせに注文多い!≫


≪火力を上げぬと魔道士たちが来るぞ≫


 それは避けたい。どおしよう。でも下手したら、ギャップガエルの水玉みずだまの時みたいに魔力切れ起こしちゃわない? と、悩んでいる途中でふと気がついた。


うそだ。だって『呪い』とかっての、焼けてるもん≫


≪ちっ、バレたか。知恵をつけおってからに≫


 じつは半分ハッタリだったのだけど、この反応だと魔道士たちが押し寄せてくる危険性は低そうだ。良かった。


≪ただし油断は禁物じゃ≫


 老人に言わせると、私のは『魔法』レベル。術式をちゃんと組んだ『魔術』ではないので、一旦ONにしたら自動運転ってわけにはいかないんだって。


 瞑想めいそうで気を練る感じ。左手に赤団栗、右手に紫岩塩を握りしめて、魔力を対象物である遺体に送り続けさせられた。


 老人が私の中のエネルギーの動きをちゃんと把握して、次はこう、今度はこう、と誘導してくれる。案外教え方もうまかった。


≪おじいさん、何者?≫


≪…………ワシは、しがない学校のしがない教師じゃ≫


≪念話できる猫は?≫


≪…………わたしは、ただの猫よ≫


 今、双方からすんごく判りやすいうそつかれた気がするんだけど。さっきこの猫、『魔獣』って宣言してたはず。

 あ、フィオ、この二人の言うこと全部にふんふんとうなずかない。しがない教師とただの猫はこんな所に普通来ないから! この人たち、きみが出られなかった結界かいくぐってるからね!


≪いち教師が調査するの? 神殿の魔道士を? そいで、呪われる?≫


 いくら特殊な世界でも、学校教員に神殿の調査権限なんてあってたまるか。それなら私の脳内辞書は『教師』とは訳さないと思うんだな。だって私の『教師』の定義に激しく該当しない。


≪…………遺体が焼けきったぞ。今教えた方法であの風の膜を段階的に解除してみよ≫


 今、老人にすんごく判りやすく話を逸らされた。もはや『そんな気がする』んじゃなくて、絶対した、しやがった。

 猫も老人も、整合性のなさを取り繕おうともしない。私たちなんて、どうとでもなるという自信があるのだろう。




 風の膜が消滅すると、骨が辺りにバラバラと散乱した。


≪人骨が残っているのはまずい。粉々に砕け≫


≪人使い荒い!≫


≪ならばそこの竜、お前の腕力なら出来るじゃろ≫


 竜使いが荒いのはもっと却下! つかフィオに命令するなっ。で、フィオは素直に言うこと聞いちゃダメ! あーもう。まずは骨の温度が下がるのを待つべきでしょ。

 要するに、遺灰にして周囲にくのね。うちのおじいちゃんと同じことしてほしいのね。そんなことを考えていると、だんだん可哀相になってきた。


 この人は遺族に骨を拾ってもらえないわけで。


 遺品を渡してほしい人とかいるのか確かめたら、老人は≪おらん!≫と偉そうに答えた。本当かどうかは判らないけど、それはそれで寂しいよ。


≪あのさフィオ、素手だと手が痛くならないかな? 骨が刺さったら危ないから、こうしてみるのも手だと思う≫


 近くに転がっていた手の平大の石をつかみ、目の前の細い骨に打ちつける。私がやってみせると、フィオもすぐに道のわきに転がっていた石を持ってきたので、二人並んで仲良くかんこんかんこん骨をたたく。

 よいせっ、こらせっ、ラッコの貝殻割りでございっ。


≪なんかキリないわね≫


 高級ペルシャ猫が私たちの頑張りを冷ややかにぶった切る。こっちは指示どおりにやってるのに、何が不満なのよ?

 と、反論しようとしたら、自分の尻尾で散らばる骨をみるみるうちに道の真ん中に集めていく。何この猫、手際いい。


 ていうか、猫の尻尾ってそんなに強かった? 自分よりも大きめの骨をざざざーっと動かせたっけ?


≪見てなさい。こーするのよっ≫


 びしっと宣言した猫が、集めた骨めがけて見事なジャンプをする。当然、落下地点は骨の山で、肉球が頭蓋骨にヒットする。硬そうな頭部が派手な音を立てて割れた。

 その後も繰り広げられる華麗なジャンプと全体重こめまくった肉球パンチ。すごいぞ、骨が粉々になっていく。


 ……確かに見事だけどさ、なんなんだろう。この猫、若干微笑んでる感じがするんですけど。

 あ、ほら。今、≪うふふ≫的な声が私の脳裏にもこだましたぞ。口元緩くカーブしてるよね、目がらんらんと輝いてるよね? 主人の骨ぶった割って、楽しんでるよっ。


 やだ何この猫コワイ。


 フィオと私は、密かにドン引きしつつ、無言のまま周囲の細かな骨を石でカンコンたたいていた。




 地面に散らばる骨の欠片をじっと見つめていたら、一年前に裏山の頂上まで登った日のことを思い出してしまった。

 おじいちゃんが亡くなって少しして、骨壺こつつぼ抱えて登って、神社の奥宮でお参りしたら、なんだか隣で一緒に立ってくれている気がして。

 その後、野紫陽花が群生している一帯で散骨した。一応、地主さんには許可もらったしね。灰って土壌改良してくれるしね。


 この老人の灰も、この山が美しくなる一助となりますように。


 そんな願いを込めて、薄紫の玉を握る。灰がそこかしこの樹々の根元に行き渡るイメージをしてみた。

 すると、優しげな風がふわっと巻き起こる。陽の光に照らされてキラキラと舞い上がった灰粉が、砂利道の両わきにさーっと散っていく。


≪ふむ。見事じゃな≫


 ……本人にご満足していただけて何よりである。散骨シーンで本人のコメント聴けるのって貴重だわ。いや、あんま繰り返し体験したくないけどさ。


≪芽芽ちゃん! きれーっ! すごいすごいっ≫


 フィオにも喜んでもらえた。良かった良かった。私はワザとおどけて、Vサインを決める。もう片方の腕は腰に手を当て、自慢げな雰囲気を作って決めポーズ。


≪……ふん。このくらい、出来て当り前よ≫


 うぐっ。片耳へにょぺたんな猫にダメ出しされた。なんだろう、この高飛車なあねさんは。


≪ていうか、出来るんなら最初からやんなさいよ≫


 スパルタ猫がふさふさの尻尾をぴしゃりと振り下ろした。むちを持った女王様なのかな。




 老人が倒れていた痕跡を消し、散らばった私の荷物をき集める。フィオに飛んでもらって、木の上まで巻きついたつたも数メートル分ほど調達した。


 スイスナイフで大体同じくらいの長さに三等分。葉を落とし、先端を合わせて留め結びして、フィオに握ってもらい、三つ編みにして強度を高める。畳んで丸めたローブを蔓でぐるぐる巻きにすると、リュックの上にくくりつけた。


 全部背負おうとしたら、かさばって重たい。蛇杖へびづえを両手で握りしめて踏ん張った。


≪芽~芽~ちゃ~ん、ボクも~手伝う~よ~≫


 ゆらゆら、体を左右に揺すっているフィオが、申し出てくれた。やじろべえ状態の私のよろめきを真似しているらしい。


≪ごめん。じゃあ老人の袋持って≫


 私が空っぽの斜め掛け袋ボディバッグを渡そうとすると、老人本人の≪待った≫が掛かる。


≪重たいのは、お前さんの袋のほうだろ≫


≪んーでも……≫


≪竜と人間の体力は違う。特にお前さんは弱そうじゃ、倒れられたらまだ困る≫


 心配したフィオが、慌てて私のリュックを持とうとしてくれたから突っ込まなかったけど、『まだ』って言ったよね? いずれ倒れても困らない日が来るってこと?

 じとーんと目を細めて、リュックからはみ出た黒珈琲コーヒー色の熊頭を見つめる。


 ちなみにフィオは背中に厚めのクレストが隆起してるから、リュックをぽってりしたお腹側に回していた。その上の丸めたローブに、ちびワニ顎がぽふんと乗って……なにこの可愛い三段おでん串。







****************


※「平気の河童かっぱ巻き」は「平気の平左」から、「簡単アップルパイ」なる表現は、英語の「easy as pie」からの連想からかと思われます。芽芽めめ語です。

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