6. 竜と作戦会議する

 こほん。私の理性が崩壊する前に、本題に戻るとしますか。ってことで、人間の悪行を包み隠さず暴露したまえ。お姉さんがかたきを討ってしんぜよう。

 体力ないけど、しつこい性格だからお百度参りとか、五寸くぎわら人形打つくらいは出来るよ? あと、頭は多少働くから、そこそこの嫌がらせは思いつくと思う。


≪そんなの危険だよ! あの人たち、すっごく強いの! 魔法使いだもん!≫


 はて。今なんか変な単語が脳裏に響いたよーな。


≪まほう≫


 ……とな? 小首を傾げて、よく解りませんジェスチャーをしておく。とりあえず。


≪そう、それも『魔導士』って言ってね、恐ろしい魔術をたくさん使うの。それでそれで……≫


 脳内フリーズしかけた私を置いて、竜はどんどん話を進めていく。

 そーいや、さっきまで魔法陣に座ってたっけ? あれって夢オチでも富裕層のなんちゃってゴッコでもなくて、本当に本物だったのか?




 ……えー、こちらの世界におります竜によりますれば。

 の話を、わたくしめが時系列に整理いたしますれば。


 この竜は、隣国の深い山奥で母一人子一人の生活をしておりました。

 普通は『竜の大陸』(!)に生息するらしいのだけど、シングルマザーには諸事情があったご様子で。なんかこの子自身もよく解らない理由で群れから離れて、『人間の大陸』でひっそり生活していたのでした。


 空気の美味しい場所に巣を構えて、たまには小さくなって人里まで忍び込み、人間の文化風習も学習しながら、二頭は楽しく幸せに暮らしておりましたとさ。

 ですが少し前に母竜が天に召され、独りぼっちになった竜は、母親との思い出が詰まった場所から巣立ち、あちこち旅する決意をするのです。


 ……と、ここまでが前フリ。いいな、『竜の大陸』。魅惑的な響きだ。


 『人間こちらの大陸』でも竜に乗って戦う竜騎士がいるので、竜そのものはそんなに珍しくはない存在。けれども野生の竜は攻撃的な個体が多いので、危険視されてるらしい。


≪……竜騎士の竜のほうがよっぽど攻撃的な感じがするんだけど≫


≪竜騎士と契約する竜は強いよ。でも、契約しているから人間が命令しないと、攻撃しないんだって≫


≪拘束力すごいね、魔法の契約か何か?≫


≪何かそんな感じ。たぶん?≫


 で、山脈沿いを歩いていたらしい。そしたら国境越えちゃって、この山に辿たどり着いたと。ちゃんと国の旗を識別できるのはスゴイね……お母さんに教えてもらったのか、そーか、でもさ。


≪え? 行き当たりばったり?≫


≪う……うん。だって、竜の知り合い、いないし。行くとこ、ないし≫


 なんじゃそれ、涙ちょちょ切れじゃねーか。お姉さんの胸で泣け! 泣いていいぞっ。

 ……って、よく考えたら私とミーシュカもおんなじ状況に今いるんだけど。


 はぐれ子竜が渡ってきたこの山、なんと神殿の裏にある霊山で、神殿の奥の部屋とつながってて、神殿に勤める魔導士たちに見つかってしまった。

 ……ここもちょっとだけ似てるな。私たちを召喚したのが、同じ魔導士連中らしいから。しかもさっきの部屋が『奥の部屋』なんだと。


 彼らの望みは、この竜が隣国との戦争に協力すること。まだ開戦してないけど、魔導士たちが工作して両国の国民が戦争したくなる気分にするらしい。


≪まほうで?≫


 洗脳か? 暗示か? 全国民を?


≪ちがうちがう。ボクが聞いちゃった話だと、隣の国の騎竜のフリした魔導士が、この国の偉い人を暗殺するとかで、それからえっと、都で人間がたくさん怪我してたくさん暴れるとか≫


 情報操作して暴動を起こすつもりだな。なるほど偽旗テロね、卑劣だな魔導士。しかも人間同士の問題で、竜を殺人の実行犯に仕立て上げるなんざ万死に値する!


 で、なぜか知らんが、開戦したらこの竜が先陣切って隣国に攻め込め、と。

 当然この子は、その願いを跳ね除けた。立派である。竜たるもの、かくあるべし。


 だが、相手もゲスかった。さすが人間だ。こんな時だけ皆で団結しては魔術の粋を駆使し、巨大な結界を編み上げ、竜をこの霊山の中に閉じ込めてしまったのだ。

 戦争の手助けを持ちかけられて困った竜は、実現不可能な条件を出すことにした。というか追い詰められて、無理矢理首根っこ抑え込まれて、魔術で契約させられそうになったから、なんとか力を振り絞って条件だけでも滑り込ませたらしい。


 それが『異世界から連れてきた子を生きたまま食べれたら言うことをきく』というもの。


≪……それ、わたし?≫


≪ちがっ! じゃなくて! ホントにそんなこと出来るって思わなかったの!

 だって、お母さんが召喚魔術は古代には存在したけど、すごくすごく危険で、すごくすごく難しくて、すごくすごくいけない邪悪なものだから封印されたんだって。

 現代の魔導士は誓いを立ててるから絶対しないって。不可能な条件だったら、言うこときかなくてすむと思ったの……でも『人間を食べる』って言っておいたら、怖がってくれると思ったの!≫


 あー。甘いわ。そのていどで怖がるとは思えん。さらに隙なく警戒して、より強い力で従わせようとするのだよ。

 あと人間て、誓いなんぞ平気で破るのさ。魔術で拘束しても、絶対に抜け穴探す。つか、契約文言自体に最初から抜け穴を入れてる可能性高し。政治家や弁護士がしょっちゅうやることを、こっちの悪徳魔導士がやらないはずがない。


 おまけに餌づけで飼いらそうと、けがれた魔術でぐちょぐちょになった魔獣の死骸を霊山に頻繁に持ち込むものだから、この竜、すっかり草食になっちまったんだと。

 うぉい責任者、出てこんかいっ。あたしゃ怒ったよ、完全に!


 魔導士が隣の国じゃなくて、もう一個別の大国と通じてて、戦争のドサクサに紛れてこの国と隣国をまとめて併合しちまおうという算段だとか、大国から賄賂もらってるのに戦後はその大国をも魔導士サイコパスが乗っ取るつもりだとか、もはやどーでもいいっ!

 人間の国はくたばろーがどーなろーが、勝手に滅びさらせ。問題はこの子だ。


≪まずは、この霊山の結界とやらよね。なんか方法ないのかな≫


 山の中腹が神殿とつながっているらしいので、そっから出れないのか。あるいは、山のどっかに隙間が空いてないのか。


≪何回かあちこち試してみたんだけど……≫


 竜が、しゅううん、と項垂れる。おおう、ごめんよ。落ち込まんでくれ。


≪例えばさ、私の大きさならどっかから出れないかな? 人間も全員だめ? 異世界人でも抜けられなさそう?≫


≪うーん……どうかなぁ?≫


≪取りあえずは、結界の穴を探そう。夜が明けたら、まずは結界との境界線に連れて行ってくれる? なんか見つかるかもしれない≫


 物語だと結界って、基軸となる魔法道具が設置してあったり、魔法陣みたいなのを物理的に描いてある。それをちょちょいと崩すと、意外にあっさり崩壊したりしなかったり。


≪それがダメでも、下りられるだけ山を下りて、他の人間探そう! 全員が魔導士ほど邪悪とは限らないでしょ? ひょっとしたら良い人に出会えるかも!≫


 こちらはかなり他力本願な作戦だが、内側に閉じ込められている以上、外側からの応援を呼び込むことも考慮に入れるべきだ。


 キケロも言ったではないか。息ある限り、希望を胸に。人生しつこきゃ、なんとかなる!







****************


 ※キケロの格言は「Dum spiro, spero(息をする間は、我は望む)」だけです。最後の一文は、芽芽めめの解釈です。興味のあることには、才能とか運とか関係なしに大層諦めの悪い子なので(笑)

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