タイムカプセル
九月の月羊
ただ無垢な君と
あぁ死ぬにはいい日だったのに今日がまた終わってしまう。
奏はそんなことを言いながら、東の空が暗い紺色から薄い青色になりつつある空を見ている。
また生きのびてしまったわね。
奏はその言葉とは裏腹にどこか嬉しそうだった。
ねえなんで私が死にたいか分かる?
電話越しに奏の無垢な子供のような、色のない声が鼓膜を揺さぶる。
今は午前9時、いつもなら床について寝ている時間帯だ。 さっき公園で奏と別れて約2時間ほどたって奏は私の携帯を鳴らした。
なに急に。
眠りを邪魔された私は不機嫌な声で心に思ったことをストレートに伝える。
いいから答えて
奏は私の答えを催促する。
そんなこと言ったってわかんないよ。
少しも考えることなく、だけどあたかも考えているかのように少しの間を置いてこたえる。
仕方ないから答えを教えてあげる。
奏は楽しげな口調で話す。
思い出の詰まったタイムカプセルがしばらくたって掘り返してみると無くなってたら悲しくなるでしょ。
理解が出来ない、素直に私はそう思った、死にたい理由と、タイムカプセルになんの関係があるのか。眠気でぼんやりした頭では理解が出来ないし、今の私にはその2つになんの関係があるのか知りたいとすら思わなかった。
何よそれ、私もう眠いから切るよ
奏の返事を待たずに私は電話を切った、そしてそのまま、眠気に導かれるまま眠りの底にふわふわ落ちていった。
次の日の深夜1時私は奏にいつもの公園に来るようにメールで伝えられた。
ブランコと丸太を半分に切ったようなデザインのベンチがあるだけの簡素な公園、それがいつも私たちがよく集まっている場所。
私が公園に着くと奏はブランコに座ってぼーっと、薄い雲に覆われた限りなく黒色に近い紺色の空をを眺めていた。
お待たせ
奏が座っている隣のブランコに私も腰掛ける、少しの罪悪感を孕んだまま。
私は昨日の奏との電話の内容を思い出す、いくら眠気に襲われてたとはいえ、淡白で冷たい事を言ったかもしれないと、罪悪感が足枷みたいに心に重くのしかかっていた。
昨日の電話で話したことだけどさ。
この罪悪感を少しでも中和したくて、昨日の電話でした話を掘り返す。
あれってどうゆう意味だったの、死にたい理由とタイムカプセルになんの関係があるの
私はあたかも興味があるふうを装う、早くこの罪悪感から解放されたい一心で。
少し間を置いてから奏の艶のある綺麗な唇は動き出す。
両親にとって私は沢山の思い出の詰まったタイムカプセルなの、両親が愛し合ってた時に作られ埋め込まれたタイムカプセル。でも今は両親の間は愛なんかで繋がってないの。もう家族一緒に愛し合って私の中にある思い出も、喜びも、感動も、何もかもに興味が無くなったのよ。両親を繋ぎ止める理由は経済的なものに変わってしまった。
だからと奏は言葉を繋ぐ。
もう一度タイムカプセルに詰め込まれた思い出に両親の目を向けさせる為に、私は死ぬの。
私は何も言えなかった、なんて言葉をかければいいのか分からなかった、なにも言葉が浮かばない、なにか言わないと。
そんな簡単な理由で死ぬなんて、ダメだよ
焦ってぐちゃぐちゃの頭で出した言葉が、こんな無責任な言葉だった。彼女の思いも何もかもを考慮してない無責任な言葉が私の口から滴り落ちた。
そうね、あなたは間違ったことを言ってないわ、そんな簡単に命を捨てるなんて間違ってる。
違う、違うよ、ごめんね、奏を否定したい訳じゃないの。
声が震える。
分かってる、あなたは優しいもの。
奏は慈愛の眼差しで私に微笑みかける。
違う、私は優しくなんかないよ、ただ、罪悪感から逃れたくて、優しく振舞ってるように偽ってるだけだよ。
奏の優しい言葉を聞いた途端涙が溢れてきて私は声を震わせながら内に秘めるものを吐き出す、罪悪感から逃れるために。
それでいいのよ、みんな罪悪感なんてものを抱えて生きて行きたくないものよ。私もそう。
奏の顔は雲の隙間から差す月の光によって目を離すと消えてしまいそうなほど綺麗だった。
なんであの時、奏は嬉しそうだったの。
私はふとあの時の事を思い出す、奏が生き延びてしまった日、奏が自分を殺さなかった日、奏が奏自身を延命した日。
さあ、何故かしらね。
奏自身も分からないの?
奏はブランコにから離れて半分に割った丸太を模したベンチに腰を落とし、右隣のベンチをポンポンと叩いて私に座るように促す。私が隣に座ると奏は私の肩に頭を預け寄りかかる。
きっと、死ぬのが怖いのよ。だから一時死から離れられた事が嬉しかったのかもしれないわね。
奏も人間だ、死ぬのが怖くて当然だ、じゃあなぜそうまでして。
なんで奏は死ぬのが怖いのに、死にたいの
奏は宝石のように綺麗な瞳を瞼の裏に収める
私じゃなくたっていいからよ
奏の言葉はいつも言葉足らずだ、相変わらずすぐには理解の出来ない答えを透き通る声音で吐き出す
両親は私を求めて子供を作った訳じゃない、子供そのものが欲しかったから子供を作ったの、だから別に私じゃなくたってよかったの
だから死ぬのよ。
今度は私が聞く前に奏から噛み砕いた説明があった事に私は少し驚いた。
でも、そんなの仕方ないよ親は産まれてくる子供を事前に知ることなんて出来ないんだから。
その通りよ、だから親もその子供も結果を受け入れるしかないの、どんな子供でも、どんな親でも、結果だけを受け入れるしかない、みんなそう、これだけは変えることの出来ないみんなに与えられた平等。
親も子も選ぶことが出来ないの、でも親は子供を作るか、作らないか選ぶことができる。子供は産まれてくるか、産まれてこないか選ぶことは出来ない、だから親は作った子を幸せにする義務があるの。子供は愛の結果産まれてくるんだから。
奏の言葉が熱を帯びる
じゃあ
奏はゆっくり立ち上がり、私の前にたって私の目を見据える。
両親が愛し合わなくなった子供は何になるの。
両親が愛し合った結果生まれてきたはずの私は何になるの。
奏の哀の孕んだ宝石の瞳は私の瞳を捉えて離さない、奏はきっと私に答えを求めてる、私の答えに縋り付いている。
だけど私には分からない、考えたこともなかった、愛の冷めた両親の子供が両親にとってなんなのかなんて。どんなことがあったって両親の子供であることは変わらないよなんて答えはきっと奏は求めてるない、奏はきっと血の繋がりを求めているわけではない、きっともっと目には見えないDNAには載って無い何かを求めてる。
私にはその答えが分からないの。
でも幸いな事に私の中に両親にとって嬉しかった思い出や感動した思い出がタイムカプセルみたいに詰まっていることはたしかなの。
すっかり雲が晴れた夜空を奏は見ている。
私が産まれた時のこと、初めてハイハイした日、初めての誕生日、初めて立ち上がった日、初めて歩いた日。両親にとっての思い出が、私の知らない思い出が私の中に詰まってるの。その思い出はタイムカプセルみたいにたまに掘り起こされてその時の思い出に浸るはずだったものなの。
でも今の私の両親は私の中のタイムカプセルに興味がないの、というよりきっとタイムカプセルの存在自体忘れてるのよ、タイムカプセルに興味のない両親が、その存在を忘れてる両親が、タイムカプセルを掘り返すのにお葬式は絶好の機会だとあなたは思わない?
奏は月に手をかざし、月光と戯れている。
でも、それでも私は奏が死んじゃったら悲しいよ。
今度は違う、ぐちゃぐちゃの頭から零れた無責任な言葉ではなく、私の本心、奏に生きて欲しい、奏が生きていてくれるならずっと隣にいたい。何年後もこうやって話をしたい。
ありがと。
奏は少し潤んだ瞳で私と視線を交わす。
私もまだ少しあなたと一緒に居たい。別に死ぬのは今すぐじゃないと行けない訳じゃないわ、両親が生きてさえいれば。だからもう少しあなたと一緒にいさせて。
私は立ち上がって奏を抱きしめる、強く抱きしめると壊れてしまいそうなほど華奢な体に心臓の音が響いている。私たちはただお互いの存在を確認するように、お互いの体温を交換するように、小さな簡素な公園で2人はただ月明かりが照らす中、抱きしめる会っている。
タイムカプセル 九月の月羊 @Kisinenryokunn
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