どこにでも転がっているそんな物語

けみまゆげ

第1話

目が覚めるとよくわからない場所にいた。

辺りは薄暗く、レンガで出来た壁があり、柵がされている。

いや、柵って言うより鉄格子かな?

まるで牢屋にいるみたいだ。

あれ?ここ牢屋じゃね?


「おう、目が覚めたか」


辺りをキョロキョロしていると、いかついおっさんに話しかけられた。

居たのに全く気がつかなかった。

とりあえず返事をしておくか。


「おう、マイクおはよう。今日はいい天気かもしれないし、そうじゃないかもしれないな!」

「俺はジェイクだ。誰だマイクってのは、それと今日はいい天気だ」

「ああ、もちろん知ってたよ、だからわざと一文字間違えたんだ。今日はいい天気みたいだけど、ここはちょっとじめじめしててとてもそうとは思えないな!」

「そりゃ、そうだここは地下牢だからな」

「あーやっぱりそうなのか、なにして捕まったか全く覚えてないや、ところでジェイクはなにをしたんだ?」

「バカ野郎、俺はなにもしてねぇよ強いて言えばお前のせいだ!」

「え?俺、そんなやばいことしたの?」

「覚えてねえのか、まぁ無理もねぇかあいつも頭を思いっきり殴ったって言ってたからな」


あれ、そういえば後頭部がずっとズキズキしてて痛い、気がする。


「お前はこことは違う世界から召喚された、この国を救う勇者さまらしいぜ?」


あぁーなんか思い出してきたかも…






☆☆☆





気がつくと俺はよくわからない場所にいた。


目の前には豪華な椅子に座って、豪華な格好をしている奴がいて、その左にはローブを着たいかにも怪しそうなやつ。右には鎧を着たロン毛の男。

そして俺の後ろに見張るようにして槍を持って立っている兵士?が二人。


俺が辺りを確認していると豪華なやつ…いや、豪華なやつじゃ長いから成金と呼ぼう。

成金が喋りだした。


「勇者よ、王国を滅ぼしこの国を救うのじゃ」

「は?」


いきなりよくわからないことを言われて、思考停止をしてたけどロン毛が成金に提案する。


「国王よ、まずはこの国の事情を話すべきでしょう」


王もそれに納得いったようでローブの奴に説明を促し、ローブの奴は説明を始めた。

話を聞くとどうやら俺は異世界召喚されたらしい。

ここは帝国で王国と戦争をしているが、王国が勇者を召喚して帝国側が劣勢に陥り、それならこちらも勇者を召喚しようとなったらしい。

だけど勇者と呼べる人材がそう何人もいるはずもない。

この世界で勇者と呼ばれる存在は莫大な量の魔力を持っているらしい。

そして、近年帝国では魔力を宿す実験が成功したらしい。

そこでその実験を使って人工的に勇者を作るという試みが始まった。

しかし、普通の人間では魔力を宿す過程で精神が汚染されて、少しの魔力を宿しただけで廃人になってしまうらしい。

だから異世界から精神耐性が高い者を呼び出し人工勇者を作ろうとしている。

そしてそれに協力しろと言ってきた。


「ふざけんじゃねぇよ、こんな全く知らない場所に呼び出しといてそんなふざけた実験に付き合うわけねぇだろ」


俺がそう言うと俺の後ろに居た兵士二人が構えだした。


「捕らえろ」


成金がそう言うと二人の兵士は俺を挟むような位置に立ちジリジリと距離を詰めてきた。


「来いよ雑魚A、と雑魚B」

「貴様ぁぁ!」


俺がそう言うと一人が突進をしてきた。


「まっ待て」


もう一人が止めようとするけどもう遅い。

俺のほうに向かって来てる雑魚Aに向かって俺も走り出す。

慌てたようにしながら槍を突きだしてくるが、俺はそれを身体を捻って避ける。

そしてそのまま顎の辺りを狙って回し蹴りをする。


「まずは一人」


もう一人は冷静で一人がやられたと気づくと、ゆっくり近づきそして槍で突きを何度も繰り返してくる。

俺は素手だからこちらから攻撃する手段はない。

突きを避けながら距離をつめようとするけど、雑魚Bは槍を上手く使い距離を詰めさせないようにする。

めんどくさい、相手だった。

雑魚Bが突きを繰り出してきた次の瞬間、俺は槍の口金の部分を掴み、思いっきり引く。

雑魚Bはそれを耐えようと引き返す。後はその瞬間を狙って逆に押す。引き返すつもりが押されてバランスを崩しているうちに距離を詰め、顔面思いっきり殴った。


痛っ!!そう思ったけど声には出さない。

雑魚Bの顔は鼻を中心に少し、凹んでいた。

鼻は折れてそこから血が流れ出す。

問題は歯だった。折れた歯が拳に深く刺さり、めちゃくちゃ痛い。

少し涙目になりながら、もう顔面をおもいっきり殴らないと密かに決めた。


おっといけない。雑魚Bのせいで時間を使ってしまった。


俺はAとBの槍を奪い両手に持ち成金に向かう。

ここから生きて出るには人質を使って出るのが1番と考えた結果、ローブを着たやつは怪しそうで危険、ロン毛はみたかんじ将軍っぽいからかなり強そう、結果1番偉そうだし、弱そうな成金を人質にすることを決めた。

だけど、相手もそれをわかっていて成金と俺の間にはロン毛が立っている。

そして出口を塞ぐようにローブの男が入口に立っていた。


「すまないな、貴様には悪いと思うが王に逆らうわけにはいかん」

「そう思ってくれてるなら逃がしてほしい所だけどな」


そのやりとりを合図に俺は走り出す。

そして俺は走りながら右手の槍をロン毛に向かって投げる。

ロン毛はそれを弾く、その瞬間を狙って俺は突きを繰り出す。


「反応速度お化けかよ」


俺は投げた槍に隠れるように距離を詰めていて、槍を弾くまで俺の姿はロン毛に見えなかったはずだった。だけど槍を弾いた瞬間、俺の突きに反応して突きを弾いてきた。

勝てない。この一瞬で俺はそれを悟った。

何度打ち合っても、軽くあしらわれる。

届かない。奇策は実力が近い者にしてこそ意味がある。

実力が遠すぎる者にしてもただの下策になりさがるだけ。


「もう諦めたらどうだ、貴様では私には勝てんよ」

「ああ、そうだな」


身体能力が違う、経験が違う、日頃の積み重ねが違う。

どれをとっても俺じゃこいつに届かない。

だから…


「もう諦めるよ…お前に勝つのを!」


そう言うと俺は横に全力で走り出す。そして槍を思いっきり成金に向かって投げる。


俺と成金の間にはずっとロン毛が居る。どれだけ動いてもそれは変わらなかった。

だからロン毛を油断させ、隙を作って、成金との道を作る。

ロン毛は成金を守らないといけない。

そして、ロン毛ならギリギリ槍を止められる。

槍を止めることができてもそれで精一杯。ロン毛が槍を止めてる間に俺は成金の所まで行ければいい。


いける、ローブを着たやつは入り口を塞ぐように立って王の近くにいないし間に合…


確かに確かにローブはさっきまで入り口にいた。それなのに今、目の前に居る…


ドンっ


後頭部に衝撃が走り意識が遠退いていく。


「グレブ将軍、あなたが抜かれるとは思いませんでしたよ」

「ああ、私が思った以上に知恵が回るようだ面目ない。

だが本当にこんな少年に実験をするのですか」

「それはもう決まったこと…」






☆☆☆





「ああ、思い出した。どおりで頭が痛いわけだ」

「そうか、改めて、俺はジェイクだ。お前の教育係ってとこかな、よろしくな」

「俺はキジマ・シンヤだよろしく、ところでこの首のやつはなんだ?」

「それはお前が脱走できないようにするための物らしいぜ」

「めんどくさいことやってくれんな、まっいいやとりあえず疲れたから寝るわ」

「おいおい、今起きたばかりじゃねぇか」


きこえない、頭痛いし、心の整理もできてないしもうまぢ無理。

睡眠学習するから許して。




「うぐがぁあ」


俺は何度目かになる施術を受けていた。

肉体に魔力を宿すには細胞を原子レベルまで分解し、そこに魔力を宿すための核となる物を入れるらしい。身体再構築魔術?ってフォスが言ってた。

フォスって言うのは俺が召喚された時にいたローブの奴のことだ。いつまでもローブの奴じゃ長いからな。

話がそれたけど、身体再構築魔術は激しい痛みが伴う。だから最初俺は意味がわからない悲鳴をあげてたわけだ。

だけどこの魔術は一気にやると、痛みが強すぎて心が壊れてしまうらしい。だから心を壊さないように、今日は右腕、明日は左足、と言ったように少しずつ進めて行く。だけどその度に俺の患部には激痛が伴うわけで、たまったもんじゃない。できれば一気に終わってほしいけどそれじゃ心が壊れるらしいし困ったもんだ。それでも俺は精神耐性が高いからまだましなほうらしいけど。


今日の施術は終わりまたいつもの地下牢に戻される。


「あいつらいつか絶対ぶっ殺してやる」

「そのいつかがくればいいけどな」

「まずは、これをどうにかしなきゃいけないよな」


俺は今、首輪をつけられている。

これは言うことを聞かせる為の物で脱走行為、自傷行為、暴力行為、を行うとこの首輪から電気が流れる仕組みになっている。

一度脱走しようとしてこの首輪のせいで捕まった。

流れる電気はとても強力だけどギリギリ身体に支障がでない。そうゆう物だった。

だけどギリギリ身体に支障が出ない、と言うのはそれが一回だった場合だ。

二回、三回と連続で流れると身体に支障が出るだろう。そしてすごく痛いから俺はあいつらの言うとおりにしなきゃいけないってわけだ。

そしてこの首輪についてわかっていることがある。

それは考えるだけじゃこの首輪から電流は流れない。

例えば脱走計画を練っているうちは発動せずいざそれを実行したら発動する。

だから最初はなんの首輪かわからなくて脱走に失敗した。

でも次は成功させる。


「で、どうやってその首輪を外すんだ?」


そう、それさえなんとか出来れば、脱走できる。


「それが全く思いつかねぇ」

「全く、お前はいっつもそうだ肝心なとこで詰めが甘い!

この前のテストの時もそうだ」

「いや、あれは裏に問題が続いてるなんてしらなかったんだよ」


俺はジェイクにこの国の言語の読み書きや歴史、地理を教えられている。

それの確認テストで俺は表の問題だけ完璧にこなして、裏の問題をやっていなかった。

でもあれはどう考えても俺は悪くない。裏に問題が続くなんて一体誰が予測できるか。

お説教を始めるジェイクを尻目に俺は布団に入った。


それから何日か経ち、明日はいよいよ最後の施術になる。


「で、なに思いついたのか?」

「いや、それは全く」

「まっ生きてりゃいつか自由になれる日がくるはずだ」

「それがいつになるかわからないし、最悪使い捨てにされるからなるべく早く、俺は自由になりたいんだよ」

「使い捨て…か、お前は帝国側の勇者になる男だ。そんな男を使い捨てになんてできねぇよ。

使い捨てにされるのはもっと他の居ても居なくてもいいようなやつだ」

「それ自分のことを言ってんのか? そんなこと俺がさせない。なんたって俺は勇者になるんだからな、勇者になったらジェイクとその家族くらい簡単に助けられる」


ジェイクは元々異世界から呼んだ者を勇者にするのに反対だった。

ただジェイクの教師としての才能は折り紙つきだったようで、帝国はどうしてもジェイクに教育をさせたかったようだ。

だからジェイクの家族を人質にとり、逆らえないようにした。


俺のこの首輪さえ取ることができるなら、ジェイクもその家族さえも俺は救える。

俺は勇者になるんだ。まずは最初手始めにジェイクを救ってやる。

そして、余裕があればこの国もついでに救ってやる。

ここの奴らには酷い目に合わされているけど、ジェイクみたいにいいやつもいる。きっと

他にもいいやつがいるはずだ。だからこの国のムカつくやつをぶっ飛ばした後、そんな人達の為にこの国も救ってやってもいいかなと思う。


そんなことを考えながらその日、俺は眠りについた。






最後の施術が終わった。

最後の部位は目で何故か今までのように内側から引き裂かれるような痛みはなく、視界が暗転したかと思うとすぐに終わった。

今までだったらそのまますぐに地下牢に戻されるのだけれど、今日は俺の性能を試すみたいで、城の隣にあるコロシアムへとフォスに連れていかれる。


コロシアムはドームみたいになっていて、俺は中央に連れていかれた。

客席からフォスが合図を送ると逆の入り口から石像と言っていいのかわからないほど不恰好な石の塊が出てきた。なんだか汚いオーラみたいな物を纏っている。


「勇者シンヤ、力を示せ」


フォスは俺にそう告げた。どうやら俺にこれを倒せってことらしい。

フォスのほうを見ると、寒気走った。深淵を覗いたような気分だった。

まるでフォスが地獄そのものと形容しているかのようなオーラを纏っていた。


ドッドッドッ


気がつくと石の塊が俺のほうに走って来て距離を詰めていた。

今はフォスのことは置いといてこいつをどうにかしないといけない。


図体が大きい分、一歩一歩は大きいが動きは対して速くない。

俺の所までたどり着くと拳を振り上げ、それを俺めがけて振り下ろす。

それが酷くゆっくり、俺には見えた。余裕をもって全力で後ろに跳んで避けると石の塊との距離がどんどん広がって行く。気がつくと全身に衝撃が走っていた。


「嘘だろ」


思わず声が零れる。

俺は拳を避けるために後ろに跳んだ、全力で。拳は確かに避けることができた。だけど10mは距離が空いていたはずのコロシアムの壁に激突していた。

身体能力が飛躍的に向上している。


これが俺が受けた魔術の成果か。あれだけ苦痛を伴ったんだからそれ相応の成果が出てもらわないと困るけど、さすがにこれはやりすぎじゃないだろうか。ああーでも勇者って呼ばれるやつらは皆こんなものなのか?

魔術や魔法が在る世界の基準がいまいちわからない。


そんなことを考えてながら、ふと前を見ると石の塊が前に居た。しかもやつの拳が目前に迫っていた。


まただ、目前まで迫っていた拳が勢いを落としたように動きが遅くなる。

俺はなんとか腕をクロスしてそれを受け止めた。

痛みは特になかった。

今までの施術で痛みに耐性が出来たのか、それとも身体が頑丈になってこいつじゃ俺にダメージを通せないか、だ。

そして、もう一つわかったことがどうやら俺は集中すると目が良くなるらしい。

集中している間は時の流れがひどく緩慢になる。

目の施術が終わった後からオーラが見えたりするし、これは本当に俺の目か疑いたくなるよ、全く。

考えごとはここまでにしてとりあえず今はこいつを倒すか。


拳が再び俺に向かって来ていたから俺はその拳に向かって自分の拳を思いっきり振るう。

まるで豆腐を殴っている。そんな感触だった。

石の塊の腕が吹っ飛んだ。そして俺はもう一発胴体に拳を叩きつける。

それで終わった。辺りに石の破片が散らばり、石の塊だった物は無くなった。


「まさかこれほどとは、おもしろい。ジェイク、入れ」


フォスは俺の身体能力に驚きそして歓喜していた。

そして石の塊が出てきた入り口と同じ所からジェイクが出てきた。

ジェイクのオーラは暖かそう。 ジェイクはいいやつだからまさにそれを表したオーラだった。

「ジェイク、わかっているな?」

「はっ我が全力で勇者シンヤを殺して見せます」


えっ今、なんて言った?


頭がパニックになる。考えることが出来ない。

顔はいかついけど、優しくて、俺がなにか間違ったら怒鳴りつけて俺を叱るようなことはせず、優しく諭すように俺を叱ってくれた人がなんで、それに昨日まで一緒に此処を出る話をしていただろ。

それなのに、それなのにどうしてジェイクがそんなことを言うんだよ。

俺を殺すなんて。


「戦場でぼーっとしてると死ぬぞ」


ジェイクはいつの間にか距離を詰めて剣で突きを放ってきた。

剣が風を切る音がした。

ジェイクの突きに対して俺はただ後ずさることしかできず、足下にあった石の塊の残骸に足を取られ転んだ。それのおかげで突きを避けることができたけど、もし俺が転んでいなかったらジェイクの突きはきっと俺の喉を貫いていた。


「おいおい、いつまで座ってんだ?」


また、突き。

俺はそれを転がって避けると、すぐ立ち上がってジェイクを見る。


ああ、今思い出した。ジェイクは逆らえないんだ。

家族を人質に取られこいつらに俺と戦うことを強要されている。

家族と最近知り合った奴なんてどっちを選ぶかなんて決まっている。

だから、俺に剣を向けるのはしょうがない。俺がしないといけないのはジェイクをなるべく傷つけず、無力化すること。

こっちは素手だから剣が振れないほど近くに行ければなんとかなるはずだ。


「やっとやる気になったか? 気を張れよ? 油断したら死ぬぞ」


速い、さっきの石の塊と比べ物にならないくらいに。

俺の胴体を切り裂こうと剣が迫ってくるが、俺は上体を反らし、そのままバク転を何度かして距離を取る。そしてバク転を止めるとジェイクが目の前に居た。ジェイクは俺の腹を思いっきり蹴った。


腹を刺す痛みを感じながら、俺は喉の奥から混み上がってくる胃液を辺りにぶちまけた。


「これが勇者か?話にならねぇな。ただ身体能力が高いだけじゃねぇか」


俺が今まで受けた施術は意味があったのか。そう考えざるを得ない。

身体能力は上がり、身体は確かに丈夫になっている。それでも届く気がしない。

 俺のほうがパワーはある、だけど攻撃するところが読まれているように当たらない。

 俺のほうが速いだけど、ジェイクのほうが鋭い。


ああ、俺じゃ勝てない。


そんなことを考えている間にも、殴られる、蹴られる。痛い、俺はなんでこんなことをやっているんだったっけ。

所詮、俺は勇者に成る器じゃなかったんだ。ただ、たまたま精神耐性が高くて選ばれただけで、なにか特別なものを産まれ持ったわけじゃない。

どこにでも転がっている、そんな物語の中の主人公のように、不屈の心や特別な力なんて持っていない。

どこにでもいる、普通の男。ただ、少しばかり力を与えられただけだ。

きっと有頂天になっていたんだ。施術が終わり、多少強くなった。それで自分が特別に成った。そう勘違いしていたんだ。俺は凡人だ。勇者には成れない。


「もう終りか? 勇者さまよ? そうだハンデをやる。俺はお前の首しか斬らない」


ああ、むかつく俺は勇者なんかじゃないんだよ。


「所詮、力を得てもそれが凡人ならただ無駄にするだけか」


人は何故か図星をつかれるとどうしようもなく頭にくるらしい。

俺は凡人だ。ああ、わかっている。だけど、どうしてかそれで終わりたくないと思ってしまう。自分の中のなにかを期待してしまう。


もういい勝てなくてもいい。ジェイクが何故俺を煽ってるかしらないけど、その挑発に乗ってやる。せっかくあの激痛に耐えて多少の力を得たんだから一矢報いてやる。それから、死のう。

このままじゃどうせ役立たずとして処分されるんだから、憂さ晴らしの一つや二つくらいやらせろよ。


「剣だけを視るな、相手の全体を視ろ」


蹴りを入れられる。


「足を止めるな、格上相手に足を止めてたらいい的にされるだけだ」


剣の腹で殴られる。


「攻撃の振りがでかい、振りがでかいから威力はあがるが読まれ易いし外した時の隙がでかい」


俺の攻撃が掠りもしない。


「いいぞ、だいぶ動きが良くなってきた」


まるで稽古をつけてもらっているようなそんな気分だった。

 そんな掛け合いをしばらくした。相変わらず俺の攻撃はかすりもしない。だけど、防御はちょっとづつ出来るようになっていった。


「及第点だ、少し本気を出す。食らいついてこい」


ジェイクの動きのキレが増す。

きっと隙がないってのはこのことを言うんだろう。ジェイクの動きを視た感想がそれだった。


ジェイクの剣筋が視える。だけど、視えるから避けれると言うわけではない。

剣を避けたら蹴りがくる。わかっていても身体が反応できない。


ずっと集中しているせいで視えている世界はひどく緩慢だ。時は緩やかに流れる。だけど、その緩慢な世界の中でもジェイクの動きは鋭い。その動きとは反対に俺の動きは鈍い。


俺のほうが速い、でも速いだけで鈍い。


ダダダッ

兵士がフォスの元に駆けて行く。

その音がやけに大きく辺りに響いた。


「フォス様、城内に侵入者が」


どうやら城に誰かが入り込んだらしい。


「グレブ将軍に対応を求めよ。私もすぐに行く」


フォスがそう言うと兵士はまたどこかに駆けて行った。


「向こうも忙しいらしいからもう終わりにするか」


ジェイクはそう言うと俺の首を狙い始める。


ああ、そうか剣で殴られてたから忘れてたたけど、首しか斬らないって言ってたっけ。


ジェイクの剣撃はさらにキレを増して俺の首を狙う。

一撃目、二撃目と避けることができたけど二撃目を避ける時に身体を投げて避けたせいで三撃目を避けることはできなかった。


自分が死ぬ、そんな時でも世界は酷く緩慢に時を刻む。

俺の首に吸い込まれるようにして剣は動く。


人は死ぬ前に走馬灯を見る。


どこかの誰かがそんなことを言っていた。

俺にはそれが見えないらしい。

 どうせならいい過去を見て死にたかったもんだ。

 ああでも俺にはそんないい過去なんて有ったか?

 

そんなことを考えながらジェイクの剣筋を眺める。


ただ、余分が一切ない。そう思えるほどの剣筋だった。

俺は剣を握ったことすらない。そんな俺ですらわかるほどに洗練されて澄み切っている。


結局、俺はジェイクに一発でも入れてやることができなかったなぁ。


いや、最初から無理な話だったんだろう。

積み上げて来たものが違った。

ジェイクが本気を出したのはきっとただの一度、この一振りだけなのだから。


「天晴れ」


いつの間にかジェイクのすぐ後ろに居たフォスがそう言った。


「まさかずっとその枷を狙っていたとは、な。首に当たる直前に軌道をずらし皮一枚傷つけることなく枷を破壊する。驚くべき技量だ」


俺の首輪はジェイクの剣で斬られていたらしく、一部が壊れていた。

ジェイクは最初から俺を助けようとしていた。けどそんなことすればジェイクの家族が。

「おいおい、そんな心配そうな顔でこっちを見るんじゃねぇ。家族なら大丈夫だ」


ジェイクの言葉に俺がほっとしていると、フォスが笑い出した。


「ああ、そうかグレブか、やつが手を引いていたか。侵入者も貴様らの手引きか。

ふははは、全く…不愉快だ。お前はここで死ね、ジェイク」


フォスがそう言うと。辺りの温度が急激に冷えた。

厳密に言うと辺りの温度は全く下がっていない。フォスが発する莫大な殺気が冷気となって、俺の動きを阻害する。


「シンヤ、逃げろ!!」


まるで蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れない。

ジェイクの声はちゃんと聞こえている、だけど、真っ白になった頭でその言葉を理解することが出来なかった。


そんな俺をおいてけぼりにして時は流れる。






「さすが帝国一、いやこの世界一の剣士と言ったところか。だが、鍛練を怠ったその身体でどこまでもつか」


「そりゃ、随分な過大評価だな。だが驚いた、あんたはずっと魔術師だと思ってたぜ。いっつもそんな辛気臭いローブなんか着てるからよ」


フォスは小太刀でジェイクと斬り結んでいる。

フォスのほうが身体能力が高い。だが、ジェイクはそれを読みと技術でカバーする。

実力は拮抗していた。ただジェイクには余裕がないように見える。


「面倒だ。少々急ぐとするか」


急ぐ。ジェイクがその言葉の意味をフォスに問おうとした瞬間、今までの最高速でジェイクに向かって突き進む。

ただの突進。単調すぎる攻撃だった。

怪しいと思いつつなにか奇策を打ってきても対応できる。その確信と実力がジェイクには有った。

だからなんの躊躇いもなく突進してきたフォスを薙いだ。

手応えはあった。

だがその手応えと同時に彼は悟った。

この結末を。





「目的は果たせなかったが、これでいい」


フォスはそう言うとどこかに消えて行った。


「ジェイク、大丈夫か!?」


フォスは消える直前に俺に向かって攻撃をしかけてきた。

俺は棒立ちのままなにもできず、ジェイクが間に入って攻撃を止めてくれた。


「ああ、大丈夫だ。シンヤはグレブの元に行ってくれ」


 大丈夫なものか、血が止まらない。次から次へと血が流れてくる。

 一生懸命その傷を両手で抑えるが抑えたら抑えた分だけ血が滝のように出てくる。


「シンヤ、もういい」

「うるせぇ、黙ってろ!」

「お前は気にしなくていい、これは俺がどじっちまっただけだ」

「俺がなんとかしてやる」

「ああ、最後に家族に会いたかったなぁ」

「二人で会いに行こう」

 

 大丈夫、血さえ止まれば助かるこの血さえ止まれば。


 止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、

 止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、

 止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、

 止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、

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 止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、


 

 やっと血が止まった。これでジェイクも助かる。


「おいジェイク血が止まったぞ、もう大丈夫だ」

 

 そう言いながらジェイクの顔を見る。

 

 ジェイクの顔を見ると目はどこを見ているか解らず、虚ろになっている。口はポカンと開いたままになっていて顔はひどく蒼白だった。

 

 ジェイクは死んでいた。

 

 血は止まった。そりゃそうだ。もう流れ出る血がないんだから。


 辺りは赤一色になっていて、ジェイクを中心に血の海が出来ていた。


 救えなかった。俺がジェイクを殺した。

 俺があの時フォスから逃げていれば、こんなことにならなかった。

 俺がもっと強ければ、こんなことにならなかった。

 

俺が本物の勇者だったなら…


“お前は悪くないだろう?”

 

 そんな声が聞こえた気がした。

 

 良く考えればそうだ。フォスだ。あいつが全部悪い。

 俺を召喚したのがあいつで、身体再構築魔術を作ったのもあいつだ。

 あいつがジェイクを刺したからジェイクが死んだんだ。

 あいつさえいなければジェイクは死ななかった。

 

“ジェイクが死んだのにあいつは生きていていいのか?”


 いいわけあるか、あいつだけのうのうと生きているなんて許せるわけない。

  

 俺があいつを殺してやる。


 視界が赤く染まる。


 それから俺はジェイクをここに置いて歩き出した。


 フォスを殺すことを考えながら、歩いていると知らぬ間に謁見の間に来ていた。


謁見の間に入るとグレブと王、そして顔が良く見えないけど黒い服を着ている人がいた。

黒い服の人が体格から多分女性だ。

俺は何故か目を奪われた。


ああ、違う。何故か、じゃない。彼女があまりにも美しかったからだ。

顔はよく見えない。だけど彼女の纏っているオーラがとても美しかった。

少し儚げで凜としていて、それでいて少し寂しそうなオーラが。


そのまま見とれていると彼女は手に持っていた小太刀を振り上げた。

その時彼女から何かが流れ落ちた。気がした。

気がつくと俺は走り出していて、彼女から小太刀を奪い取っていた。


きっと彼女は王を殺そうとしていた。だけど殺したくなかったのかもしれない。

手に届く距離に来ても彼女の顔はよく見えない。なにか魔法を使っているみたいだ。

これはただの憶測だ。顔も見えない。そんな彼女が本当に王を殺したくなかったなんてただの勘違いかもしれない。だけど、だけどそれでも彼女が泣いている気がした。だから俺が彼女の代わりに王を殺そう。それに俺はこいつに少なからず恨みもある。だからこれでいい。


「俺が代わりに殺す」


そう言って、俺は王の心臓に小太刀を突き刺した。

その瞬間、王から小太刀を経由して俺に何かが流れて来た。




★★★




「陛下、此度の外交を私に任せてはくださりませんか?」


ルークがそう言った。


ルークは私の一人息子だ。妻のサンドラはルークを産むと病に伏せてしまい。それからしばらくして死んでしまった。

その時のことを私は今も鮮明に覚えている。

赤子のルークをあやしながら、日に日に弱っていくサンドラの横で執務をこなし、なるべく長い間、近くに居てやることしかできなかった。

今思えばあの時すでにサンドラは自分の死を悟っていたのかもしれない。できるだけ侍女に頼らず、病に伏せながらも自分の手でルークを育てると言って聞かなかった。

妻がかかった病は伝染病の類いでないことはわかっていたからそれを許したが、あの時彼女は愛しい我が子をできるだけ長い時間その腕に抱いていたかったのかもしれない。または生きている内に母親として注げる愛情を生きている間に注ぎたかったのかもしれない。

ああ、きっと彼女ならその両方だろう。物心がついて、母親が居なくても妻は侍女の手をほとんど借りず君を育てたと聞いたら、息子も母の思いに気づけるけるはずだ。


いつの日か自分の愛を息子に知ってもらうために、いつの日か自分が母親に愛されていたとわかるように。


きっと彼女はこの思いを自分のたった一人の息子に届けたかったのだろう。


だから、私は息子に厳しく接することにした。親が二人揃って子を甘やかしてはきっとわがままに育ってしまう。そう考えたからだ。だが、私とて息子に嫌われたいわけではない。

厳しくも、優しい。そんな理想の父親を目指した。

ただ、日頃から本当にこれでいいのかと侍女や気の許せる文官に聞いて回っていた。


そんな苦労があったからか、ルークが自分から政務をしたいと言い出した時、私はひどく嬉しかった。

ただ、今回は不作の為、友好関係を結んでいた王国に食糧の輸出を増やしてもらうために王国に交渉に行かなくてはならない。

国と国の取り決めを決めに行くのだ。失敗は許されない。


そんな大役をルークは自分に任せてくれと、そう言ったのだ。

息子が初めて自分から政務に関わるのだ。普段ならまず他の政務をさせて、経験を積ませようとそう考えたはずだ。だが、いかんせんその時の私はひどく浮かれていた。

友好関係の王国なら少しの無礼なら許容してくれるだろうと、優秀な文官を同行させれば問題ないだろうと。


だが、私のその考えは間違えだった。





「陛下、このままでは国庫が持ちませんぞ」


私がルークを王国に送りだして1ヶ月近くが経過した。

ルークの帰りがあまりに遅く 一人の文官が私にそう言ったが、わかっていると私はそれを一蹴した。

その時だった。一人の兵士が駆けてきた。私はやっと帰ってきたかと思い。

説教をせねば、いやまずは労ったほうがいいかと頭を悩ませていると、兵士が王国から荷物が届いたと言う。

であれば先に食糧だけこちらに送ったかと思ったが、兵士が持って来た箱は食糧を入れるには小さすぎた。

箱を開けないことには中身がわからない、だから私は近くの文官に中身を確かめるようにそう言った。


だがその文官はなぜか中身をなかなか口にしなかった。文官の顔を見ると、顔色が酷く悪かった。私は居ても立っても居られなくなり、文官の元まで行き、中身を確認した。


視界が赤く染まる。


「戦争の準備を始めよ」


私は小さくだがよく通る声でそう言った。


「王国を許すな」


私はルークだったものを抱きしめた。

魂は抜け落ち、身体とは引き裂かれ、頭だけとなった彼を。




コツコツコツコツ


その足音はなぜかよく響いた。


「王国を潰す方法を、大量の食糧を手に入れる方法を、欲しくはないか?」


黒いローブを着た男がそう言った。


王国と帝国は国力がそれほど変わらない。だから簡単に王国に勝つことはできない。

ましてや今、帝国は不作で食糧が足りない。

この男はその方法があると言うのだ。

にわかには信じられない。だが、この男の話を聞く他に選択肢などなかった。

ルーク殺し、その首を送りつけてきた王国を到底許すことなどできないのだから。

「名を聞こう」

「フォス、と言う」


それが悪魔の名前だった。




★★★




王国への怒りが流れ込んでくる。


王の意識に呑み込まれる。


たった一人の息子を無惨に殺された。我慢などできるはずがない。

己の全て懸けて王国を滅ぼそう。


「呑み込まれちゃったか。

大丈夫。私が、このアリア・イスラフィールが解放してあげる」


そう言うと彼女は私に近づいて来た。


なんだ殺されたいのか、なら望み通りそうしてやろう。


右手で彼女を殴る。彼女はそれを素手で添えるようにして逸らす。そしてそのまま抱きしめてきた。


「大丈夫、もう大丈夫」


彼女がそう言うと暖かい光に包まれた。気がした。


大丈夫なものか、私は、私は!


そう思い、腕を振り上げるとサンドラがその腕を抱きしめていた。


『あなた、もうよいのです。もう楽になってよいのです』

何故、お前がそんなことを言う!!

ルークが、ルークが殺されたのだぞ!!


そして振り上げようとした左手をルークが押さえていた。


『父上、ありがとうございます。私の為にそれほど怒っていただけただけで自分は満足です』


『さぁ三人での初めての晩餐でもしましょう?二人の為に私が腕によりをかけて、産まれて初めての手料理を作りますから』

 

 サンドラはニコニコしながら私に手を伸ばす。

 

『母上……父上さぁ行きましょう』

 

ルークは少し呆れたようにサンドラを一瞥し私に手を差し伸べる。


二人が私の手を引いて行く。


ああ、今行く

サンドラ、私はシチューを食べたいな


『シチューはどうやって作ればいいのかしら?ルーク知っている?』

『母上、やっぱり…私は料理が少しできるのでお手伝いします』

『あらあら、それは楽しみね。まさかルークの手料理を食べることができるなんて』

『えっ?あ、いや、楽しみにしておいてください…』


ふふふ、

二人のやりとりを聞いていると笑みが溢れた。

思えば随分長く笑っていなかった。

ずっと三人一緒ならどれほど楽しかったことか。


『なにを言っているんですか、これからずっと一緒じゃないですか』

『そうよ、これから毎晩ルークの手料理を三人で食べられるのよ』


ああ、それは楽しみだ。今日はシチューだぞ?ルーク


『もう、父上まで』

『明日は肉料理でお願いしますよ?』


明日は肉か、じゃあ明後日は……


どこにでもいる。そんな家族のように冗談を言いながら三人で晩餐を食べる。

きっと私はずっとこれを望んでいた。


速く追いかけないと。ルークの作ったシチューが冷めてしまう。


ああ、今、今行くよ。

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